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悲しいかな、この異様な儀式の場で最初に我に返ったのは、私の異母妹――ブレラ=コンセンティだった。
「な、なななな、なんでその女と契約を結ぼうとしているのよ!!?軍神アーサー、主人は私よ!!?!」
声は裏返り、真っ赤に染まった顔で、彼女は地団太を踏むようにその場で跳ねる。祝詞を詠んでいた時の気品などどこへやら、癇癪を起こした幼子のようだった。
軍神アーサーは、ブレラが立つ壇上へと、まるで空気を滑るようにふわりと舞い上がった。その動きには風切りの音すらない。ただ一瞬で、目の前に現れたというだけだった。
「主人?」
「そ、そうよ!」
彼女は自信満々に胸を張り、意味もなく髪をかきあげてみせた。きっと自分が一番魅力的に見えると思っている行動なのだろう。
「ふふ、貴方を召喚したのは私よ。だったら当然、主人は私。ねえ……伴侶にもして、あげても……いいのよ?」
その口調には甘えるような、媚びるような響きが含まれていた。うっとりと彼の顔を見上げ、細く笑みを浮かべる。紅の唇を艶かしく舐め、肩を見せるように衣をずらしかけ――
「……凡人風情が?」
その瞬間、空気が一変した。軍神の声音は、氷の刃のように冷たかった。甘やかだった声色とは打って変わり、殺意すら帯びているようにすら感じた。
「え……?」
ブレラは目を丸くして言葉を詰まらせる。あれほど自信満々だった態度が一気に崩れ去り、背筋を硬直させたまま、ただ呆然と軍神の紅い瞳を見上げている。
「僕、凡人……いえ、それ以下の、退屈で取るに足らない雑魚に仕える趣味なんてありませんよ。それに、伴侶? うーん……」
アーサーは片手で顎を撫でながら、しばし彼女を上から下まで眺めた。そして――まるで皿の欠片を見るように鼻で笑った。
「魅力、ゼロですね。どこをどう見れば惹かれると?」
「わ、私は凡人なんかじゃないわ!!!」
ブレラは涙目になりながら、必死に叫んだ。
この軍神にこっぴどい評価をされたことがよほど気に食わなく、プライドが傷ついたのだろう。
「私はこの国、ヴィッシュレーヴェンの王女よ!? ここにいる誰よりも地位があって、顔だって美しくて、血筋だって王族で!それに……そ、それに、一応魔法も、使えるし……っ!」
最初こそ堂々と胸を張っていた彼女だったが、言葉を重ねるごとに声が弱くなっていき、肩も震え始める。その姿はまるで、張りぼての栄光を抱きしめたまま、現実に打ちのめされていく小娘そのものだった。
軍神はただ一言、呆れたように問い返す。
「……で?」
「だ、だから私は偉いの! 貴方が仕えるべき、価値ある存在なの! ……その、貴方の伴侶にされてやっても、いいって……っ」
「うん。それはもう飽きました」
彼がパチンと指を鳴らすと、直後、爆風のような衝撃が生まれた。
「え、あがっ」
ブレラの身体が空中を弧を描いて吹き飛び、魔法陣の中心に落ちる。高所から叩きつけられた彼女は仰向けに倒れ、伸ばした手が痙攣のようにピクピクと動く。美貌を自称していた自慢の顔面からは血が滴っていた。きっとぐちゃぐちゃになってしまっているのだろう。衣も髪も泥と土にまみれている。
幸いにして、こちらに顔は向いていなかった。だってそんなもの見たくなどなかったから。
アーサーはそんなブレラを一瞥もせず、今はただ、私を見つめていた。淡く微笑む、その顔はひどく優しげで……けれど、先ほどの冷酷な拒絶が示すように、この存在は『人間』ではない。
彼はきっと、本気を出せばこの場にいる全員を、一瞬で消し去ることができるのだ。
私はまだ生きている。なぜ生かされているのかは分からない。
今はただ、この恐ろしい存在の興味が向かないように、息を殺して、そっと祈るように、気配を消していた――。
「な、なななな、なんでその女と契約を結ぼうとしているのよ!!?軍神アーサー、主人は私よ!!?!」
声は裏返り、真っ赤に染まった顔で、彼女は地団太を踏むようにその場で跳ねる。祝詞を詠んでいた時の気品などどこへやら、癇癪を起こした幼子のようだった。
軍神アーサーは、ブレラが立つ壇上へと、まるで空気を滑るようにふわりと舞い上がった。その動きには風切りの音すらない。ただ一瞬で、目の前に現れたというだけだった。
「主人?」
「そ、そうよ!」
彼女は自信満々に胸を張り、意味もなく髪をかきあげてみせた。きっと自分が一番魅力的に見えると思っている行動なのだろう。
「ふふ、貴方を召喚したのは私よ。だったら当然、主人は私。ねえ……伴侶にもして、あげても……いいのよ?」
その口調には甘えるような、媚びるような響きが含まれていた。うっとりと彼の顔を見上げ、細く笑みを浮かべる。紅の唇を艶かしく舐め、肩を見せるように衣をずらしかけ――
「……凡人風情が?」
その瞬間、空気が一変した。軍神の声音は、氷の刃のように冷たかった。甘やかだった声色とは打って変わり、殺意すら帯びているようにすら感じた。
「え……?」
ブレラは目を丸くして言葉を詰まらせる。あれほど自信満々だった態度が一気に崩れ去り、背筋を硬直させたまま、ただ呆然と軍神の紅い瞳を見上げている。
「僕、凡人……いえ、それ以下の、退屈で取るに足らない雑魚に仕える趣味なんてありませんよ。それに、伴侶? うーん……」
アーサーは片手で顎を撫でながら、しばし彼女を上から下まで眺めた。そして――まるで皿の欠片を見るように鼻で笑った。
「魅力、ゼロですね。どこをどう見れば惹かれると?」
「わ、私は凡人なんかじゃないわ!!!」
ブレラは涙目になりながら、必死に叫んだ。
この軍神にこっぴどい評価をされたことがよほど気に食わなく、プライドが傷ついたのだろう。
「私はこの国、ヴィッシュレーヴェンの王女よ!? ここにいる誰よりも地位があって、顔だって美しくて、血筋だって王族で!それに……そ、それに、一応魔法も、使えるし……っ!」
最初こそ堂々と胸を張っていた彼女だったが、言葉を重ねるごとに声が弱くなっていき、肩も震え始める。その姿はまるで、張りぼての栄光を抱きしめたまま、現実に打ちのめされていく小娘そのものだった。
軍神はただ一言、呆れたように問い返す。
「……で?」
「だ、だから私は偉いの! 貴方が仕えるべき、価値ある存在なの! ……その、貴方の伴侶にされてやっても、いいって……っ」
「うん。それはもう飽きました」
彼がパチンと指を鳴らすと、直後、爆風のような衝撃が生まれた。
「え、あがっ」
ブレラの身体が空中を弧を描いて吹き飛び、魔法陣の中心に落ちる。高所から叩きつけられた彼女は仰向けに倒れ、伸ばした手が痙攣のようにピクピクと動く。美貌を自称していた自慢の顔面からは血が滴っていた。きっとぐちゃぐちゃになってしまっているのだろう。衣も髪も泥と土にまみれている。
幸いにして、こちらに顔は向いていなかった。だってそんなもの見たくなどなかったから。
アーサーはそんなブレラを一瞥もせず、今はただ、私を見つめていた。淡く微笑む、その顔はひどく優しげで……けれど、先ほどの冷酷な拒絶が示すように、この存在は『人間』ではない。
彼はきっと、本気を出せばこの場にいる全員を、一瞬で消し去ることができるのだ。
私はまだ生きている。なぜ生かされているのかは分からない。
今はただ、この恐ろしい存在の興味が向かないように、息を殺して、そっと祈るように、気配を消していた――。
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