愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼

文字の大きさ
17 / 31

15.施術②

しおりを挟む
祈るような感情と共にマルタが編み込んでいた魔術式を展開しなおしていく。
解析魔法と魔力の親和、そして解除の工程が綺麗に規則正しい位置に構成された繊細な術式。完璧主義なマルタらしい欠点が何一つ見当たらない術式だった。だからこそ余計に原因が分からなくて、ルーネストの中の恐怖が増す。

しかしここで諦めて、やめるわけにはいかない。なんとか自分を奮い立たせて立ち向かう勇気を出す。
改めて術式を使って解析魔法をかけて、エストの魔力にルーネスト自身の魔力を同化させていく。結論から言うと、解析魔法、そしてエストの魔力と自身の魔力の親和は上手くいった。
しかしいざ『魔力変換』を解除しようとしたら、ルーネストの全身に痛みが走ったのだ。

「っぐ、う――」

エストの攻撃的な魔力が無防備な流れ込んでくる。魔力の親和は完璧な筈なのに拒否反応を起こしていた。元々エストはあまり他人を自分の内側にいれるタイプではない。兄が死んでからは周りに対する警戒心からそれが更に酷くなっていた。
分かっていた事なのに、クレアとしての心は自分自身はやはり姿を変えたとしても、彼を救うためにやっていることだとしても彼の中に入れてもらえないのかという事実を酷く再認識させられ、無意識の内に傷ついていた。

流れ込んで来た部分を内側から焼かれているような、壮絶な痛みが走る。ルーネスト自身元々の魔力、そしてそれに対する耐性が強いせいかマルタの様に吹き飛ばされる様な事は避けることが出来たが、今まで味わったことのない程の痛みをその身に受けていた。
しかし魔力の放出のせいだろう、エストの表情も苦しそうだ。それを見たら自分の痛みなどいつの間にか意識の外に追いやられていた。

「エスト、私は――貴方を傷つけない。絶対に守って見せるから……お願い、私に力を――」

今エストの意識はない。けれどエストの左手を握って、希った。『エストを守りたい』それは彼から離れる前から変わらない願い、そして望み。後半はエストに向けたものというよりは決意に近い思いだった。
しかしどうしたことだろう。その行動を起こした直後、エストの先程までの荒い呼吸は収まり、魔力の拒否反応がぴたりと止んだのだ。

「このまま解除します!あとは頼みました、ケントさん」

その瞬間を好機と見て、術式を最後の解除の工程まで一気に進める。声を掛けるのとほぼ同時にケントの魔力がエストの魔力生成器官を包み込むのを感じた――。

***

「マルタ様、大丈夫ですか?」
「ケン、ト……さん――ッエスト様は!?」
「大丈夫なので、落ち着いてください。先程ルネがやり遂げてくれました」
「よ、良かった――本当に良かった。ありがとう……本当にありがとうございます」

少し遠くの部屋の壁の辺りでケントとマルタが会話しているのが聞こえる。マルタはボロボロと涙を零し、ケントにハンカチを差し出されていた。そして今回はその厚意を素直に受け取り、それで瞳の雫を拭い取る。

ルーネストはそんな二人をなんとなく見つめながら、エストの体調不良の大元を絶てて安心したやら、緊張のしっぱなしで疲れたやらで動くことが出来ず、まだ寝息を立てるエストの隣で呆然と佇んでいた。

「ん――」
「……!」

エストの口から呻くような声が漏れ、瞬間的に彼の方に向き直る。苦しそうな声に何かあったのかと心配して彼の顔を覗き込むが、その心配は杞憂に終わった。見慣れた金色の瞳が久しぶりにその姿を見せる。昔からお月様のようだと思っていたその瞳。クレア自身が好んで、会話で目を合わせる時は必ず眺めていたそれを見ることが出来て、どことなく安心している自分がいた。

長く眠っていたせいだろう。未だにその瞳は焦点が合わないのか瞼をぎゅっと閉じたり、少し開けてみたりをシバシバと繰り返している。そんな傍から見ると少し間抜けな様子を声を掛けるか否かで迷いながらも眺めてしまう。

(可愛い……)

異性を可愛いと思ったらもう既に落ちている証拠だと言われるが、その自覚はとっくの昔にあったので特に気にすることもなくエストのその様子を眺め続けた。
借物とはいえ婚約者として隣に居た時は彼も気を張っていたのか見ることのなかった姿だ。

頭の中のどこか冷静な自分が『今はクレアではなく、ルーネストだ。知らない人間にこんなに見つめられてたらエストも怖いだろう』と諭すが、目を逸らすことは出来なかった。それに急に――こんなにも早く彼が意識を醒ますとは思っていなかったのもあり、内心かなり動揺していたのもある。

しかしそんな一方的に穏やかな時間はやっと瞳の焦点が合ったらしいエストの口から発された言葉によって、終わりを告げた。

「クレ、ア……?」

背中に冷や汗が伝った嫌な感触がした――。

******

あとがき:
久しぶりにアップ出来た気がします。遅くなって申し訳ないです。私事ですが最近寒さで指がかじかんで、PCのタイピングが……orz

それと関係ないですが、新連載一個始めました。タイトルは『妹に罪を着せられて追放を言い渡されましたが、大人しく従いたいと思います~連載版~』です。此方の作品も新連載もちゃんと完結させる気はあります!
あと応援してもらえたら作者は咽び泣いて喜びます(´;ω;`)

2021.01.10 PC上で一部文字化けしてたので修正しました
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

・めぐめぐ・
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑) ※第18回恋愛小説大賞で奨励賞頂きました! 応援いただいた皆さま、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました♪

妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。 民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。 しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。 第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。 婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。 そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。 その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。 半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。 二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。 その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。

処理中です...