『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました

皇 翼

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25.

リューガス=エルバート。
クレイヴ先生を陥れた張本人。

私とマーカスは、集めた証拠の複製を握りしめながら、彼の元へと足を運んでいた。場所は彼の研究室。きっと資料を持ち出されたことにはとっくに気が付いているだろう。

「突撃って言いますが、本当にこんな堂々と行くつもりですか?誰か教師を伴っては――」

隣を歩くマーカスがぼそりと呟く。

「証拠は揃ってるわ。これを学院に提出すれば、クレイヴ先生の疑いは晴れる。それに教師はこんな夜中に出歩くことを許してくれず、彼らだけで問い詰めようとするでしょう。対教師への対策は向こうも既にしてきているはずよ。だから絶対に逃がしたりしない意思を持つ私達だけで行くのよ」
「いや、それはわかりましたが……あの人、相当やばい人間でしょう?あの怪しい研究も全てあの人がしていたもののようですし。なんかこう……逆に罠を張られてたりしませんか?」
「……可能性はあるわね。でも、それを警戒して何もしないわけにはいかないでしょう?」

マーカスが小さく舌打ちする。

「ったく、面倒なことになりましたね……仕方がないこととはいえ」

そう文句を言いながらも、彼は歩みを止めることなく、私の隣を歩き続けていた。それにきちんと何人か信用できそうな教師と大人に今回の件の証拠が届くように仕掛けもしている。だからこその強行突破だ。

目的地は、昨日と同じ場所。学院の中央棟にある用務員用の備品室。
リューガスの研究室。昨日、見つけたスペアキーらしきものはそのまま棚に置いてきたので、きっとここにいるだろう。
扉の前に立つと、私は拳を握りしめ、一度深く息を吸い込んだ。

「行くわよ」
「はい。これでクレイヴ先生にまた……!!」

ノックもせず、私は勢いよく扉を押し開けた。
――そこには、昨日とはまた違う光景が広がっていた。魔法陣の描かれた羊皮紙が大量に散らばり、床には黒くてドロドロした液が巻き散らかされてあまり踏み出したくない状態になっている。まさに闇の魔術師の研究室らしい光景が広がっていた。

そして、その中心にいるのは、青みがかった灰色の髪を後ろで一つに束ね、冷たい瞳を持つリューガス=エルバートだった。

「……おや、何の用かな? 君たち」

リューガスは、まるで事態をすべて把握しているかのような冷静な口調で私たちを迎えた。否、全て分かっているのだ。私達の目的、昨日やっていたこと、彼のことやその周辺について事前に調べていることも。

マーカスが私の肩越しに睨みつける。

「よくもまぁ、しらばっくれられますね……リューガス先生?」

私も、机の上に証拠の書類を叩きつけた。

「もう言い逃れはできないですよ。クレイヴ先生を陥れたのは、あなたですね?」

リューガスは書類にちらりと目を向けると、ふっと鼻で笑った。

「証拠がある、と言いたいのか?」
「そうよ。あなたが学院に虚偽の報告をした記録、さらには、クレイヴ先生を監視していた形跡まで」
「……ふむ」

リューガスは、腕を組み、少しの間沈黙した後、低く笑った。

「なるほど……そこまで調べていたとはね」

その態度に、マーカスの苛立ちが頂点に達した。

「そこのおっさん!認めたのであれば、さっさとクレイヴ先生の無実を全生徒と全教師に証明しなさい!」
「オッサン……? いや、私はまだ三十代なのだが……」
「どうでもいいですよ、そんなこと!」

私も声を荒げる。教師をおっさん扱いするマーカスの口調は荒れていたが、何も突っ込む暇もないくらいに私は緊張していた。

「なぜ、クレイヴ先生を陥れたの?何が目的なの?」

リューガスは、しばし静かに私たちを見つめていたが、やがて薄く笑みを浮かべた。

「目的?そんなもの決まっている」

彼の瞳が僅かに細められる。

「私はこの学院で最も優秀な魔術師だった。誰もが私を『天才』と呼び、私の研究に期待を寄せていた」

拳をぎゅっと握る。ブルブルと震えだす彼の手が不気味だった。

「……魔術師、だった?」
「そう、『だった』のだ」

リューガスは椅子からゆっくりと立ち上がり、私たちを見下ろすように言った。

「クレイヴが現れるまでは、私が最年少の天才と称えられていた。私こそがこの学院の未来を担う存在だった……だが、それがすべて奪われた」

事前に調べていた通りの理由に、内心はくだらない理由だと溜息を吐く。マーカスは真面目に聞いていたが、私は正直さっさと自分語りは終わってほしいと失礼なことを思っていた。

「クレイヴは私のすべてを台無しにした。私の立場も、名誉も、研究の権威も……だから私は、彼を学院から追い出すべきだと考えた。そして、私は、この研究で私が一番だと証明するのだ。あの男に止められない、この場所で……!!」

その言葉に、マーカスが鼻で笑う。仕方がない反応だろう。あまりにも矮小で小悪党じみている理由だ。

「……しょーもない理由ですねえ」
「何?」
「結局のところ、あなたのやったことは雑魚の嫉妬じゃないですか。正々堂々と戦えないだなんて、情けない。恥を知りなさい!おじさん!!」

他人の痛いところをわざわざ抉り出していくマーカスの発言に、リューガスの表情が、一瞬歪む。

「お前たちに……私の気持ちが分かるものか!」
「いや、分かりますよ?少なくとも、僕にはね」

マーカスが薄く笑う。

「僕も、クレイヴ先生に認められたくて必死だった。リーシャを邪魔だと思っていました。けど、アあなたみたいに卑怯な真似はしませんでしたよ?僕は貴女のように震えて不意打ちをせずに、正面から堂々とぶつかっていた!!あの土地だって、彼女との戦いで消し去ったものだ!!」

この人、消し去ったって認めてしまった。今まで壊したくらいの表現で私がとどめていたのに。でも確かに彼はコバエのようにうざったかったが、他人を陥れたりなどといった卑怯なことはしてこなかった。
マーカスの言葉にリューガスは、ぎりっと奥歯を噛み締める。

「……もういい」

その言葉ともに次の瞬間、リューガスの手が魔法をまとった。

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