『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました

皇 翼

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26.

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――攻撃魔法!?

「くるわよ!」

私は咄嗟にマーカスを引っ張り、後方へ飛び退る。魔法のお陰で軽く飛ぶだけで簡単に下がれたが、マーカスは普通に重かった。

リューガスの手元から放たれた炎の槍が、私たちのいた場所を灼いた。地面が溶けてしまっていることから、通常の威力ではない。きっとこの部屋に何か――リューガスの魔法威力増大といった魔方式が組み込まれているのだろう。

「認めない……私は、お前たちなどに負けるわけにはいかない!」
「……はぁ、やっぱりこうなるのね」

私は静かに息を整え、魔力を込めた。

「仕方ないわね、マーカス。今度は戦いで、共闘しましょうか?」
「ええ、当然。ここで負けたら、クレイヴ先生を取り戻せない……そんなの冗談じゃない!最後の正念場ですよ!!」

二人並んで構えを取る。決着をつける時が来た。
目の前に立ちはだかるリューガス=エルバート。
クレイヴ先生を陥れた張本人であり、嫉妬に駆られて罪なき人を貶めた卑怯者。
彼の背後で燻る炎が、歪んだ感情の顕れのように揺らめいていた。

「……お前たちごときに、私の計画を台無しにされるわけにはいかない」

彼の手が宙を走る。魔力が奔り、周囲の空気が熱を帯びる。炎系の魔法はきっと彼の得意魔法なのだろう。無詠唱で放ってきているから、タイミングがつかみづらい。
――巨大な火炎魔法が形成されているのが見える。

「くるわよ!」

私が叫ぶと同時に、リューガスの手から放たれた紅蓮の炎が、私とマーカスを飲み込もうと迫ってきた。

「これでも僕たち、生徒なのですが。容赦ないですねえ」

マーカスが素早く手をかざし、炎の進路を逸らすように風魔法を発動する。だが、リューガスの魔法はただの火炎魔法ではなかった。

「無駄だ」

炎はただの熱ではなく、リューガスの意志に従い、まるで生き物のように軌道を変えて私たちを追ってくる。
――これは、追尾魔法との複合魔法だ!最初の攻撃の時だろうか、きっと私かマーカスがマーキングされている。

「風だけじゃ捌ききれないですよ!」

私はすぐさま反撃に出る。

「少し逸らしていて!!氷槍の矢!」

空間を凍てつかせるような冷気と共に、鋭利な氷の槍が無数に生まれ、紅蓮の炎へと放たれた。
――しかし、リューガスは微動だにせず、手をひと振りしただけで炎の軌道を変えることなく、マーカスの魔法でも軌道が変わることもなく、氷槍は簡単に炎の中に飲み込まれていった。
魔法が当たったのに、火球は全く衰えたようには見えなかった。

「まったく……子供の戯れのような魔法だな」
「っ子供に対して本気を出しているように見える貴方は貴方で情けない大人ですよ」

私の攻撃はあっさりといなされた。
だけど、すぐに次の手を考える間もなく、リューガスの魔法はさらに強大なものへと変わっていった。

「あの男の弟子らしく、減らない口だ。まあ、いい。見せてやろう……本当の魔法というものを!」

リューガスの周囲に展開される魔法陣。通常の魔法陣とは違う……まるで複数の術式を重ねたような構造になっている。なんだか気のせいかもしれないが、リューガスの容姿が変わり始めているような気がした。頭の米神から角が生えている……?
それに魔力が黒ずみ、禍々しいものに変化していた。これが彼の研究の結果なのだろうか。

「マズいですね、アレは……!」

マーカスが焦った声を上げた直後――

「黒煙よ、全てを無に帰せ――熾炎の獄!」

リューガスの足元から、一瞬で周囲数メートルが業火の牢獄と化した。
炎の柱が立ち上り、私とマーカスを閉じ込める。研究室の中にあったものが一瞬で溶けて消えている。見るからに凄まじい温度だった。

「っ……くぅ!」

逃げ場がない!とっさに私とマーカスを包み込むように氷の魔法を周囲に張ったが、長くは持たないだろう。すでに皮膚にじりじりとした熱さが伝わり始めている。火傷しそうだ。

「甘いなぁ。本当に、弱い。――これで終わりだ」

リューガスは、確信したように腕を組んだ。
だけど、私たちだってただやられるつもりはない。複合魔法においてはこんな男に負けてたまるかという気持ちがあった。

「……本当にそうかしら?」

私は、リューガスをまっすぐ見据えた。

「ほう?」

彼の眉がわずかに動く。やってみろと言った様子だ。その油断と慢心に付け込んでやる。
――今だ。

「マーカス!」
「はい!」

マーカスが一気に駆け出し、炎の壁に向かって風魔法を全開にする。

「切り開け!烈風の翼!」

暴風が渦を巻き、炎をかき消すように巻き上げる。威力ではどうせ勝てない。だからこそ。
狙うは、一点突破。その瞬間、私は一気に魔力を込め、氷の魔法を発動させた。

「――氷嵐の舞!」

炎の牢獄が、氷と風の力で吹き飛ばされていく。そうして私とマーカスの周囲以外は全て焼き尽くされた研究室が残った。
リューガスの目が、ほんの僅かに見開かれる。

「……ほう、面白いな」
「まだ終わりじゃないわ!」

私は地面を蹴り、一気に距離を詰める。
リューガスもすぐに魔法陣を描き、迎撃の構えを取った。

「愚か者め……!」

放たれる私の身体程の大きな火球。
だけど、その瞬間――

「遅すぎる!」

マーカスがリューガスの横へと回り込み、彼の足元に向けて風の刃を叩き込んだ。そしてそれと同時に彼を包み込むように水が満たされる。マーカスの魔法だ。
リューガスのバランスが崩れた。
狙い通り。

「これで……終わりよ!」

私は、全魔力を込めた魔法を放つ。
私たちは何も用意せずにここに突っ込んできたんじゃない。きちんといざという時に使える触媒を持ってきているのだ。それ……魔力の封印札を熱をまとうリューガスに張り付ける。

「凍てつきなさい――氷結封印!」

凍てつく氷がリューガスの身体を包み、瞬く間に顔を除いた全身を凍りつかせた。
――勝った。この魔法は氷魔法と水魔法、そして更に強力な氷魔法で3重にした上に、内側からも外側からも防壁魔法を張ったものだ。だから、どんな魔法でも溶けはしない。
魔法を一時的に使えなくなったリューガスは氷の中で暫くもがいた後に動けなくなり、ついに沈黙した。
マーカスが大きく息を吐く。

「……死ぬかと思いましたよ、今回は……」
「……ええ、私も」

二人して、膝に手をついて息を整える。強力な魔法を撃ちまくったせいで、魔力がかつかつだ。
リューガスを倒したことで、私たちはようやく一歩、クレイヴ先生を取り戻すための道を切り開いたのだ。
リューガスを氷魔法で拘束したまま、私とマーカスは肩で息をしながら彼を睨みつけた。
これで全部終わった。
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