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沈黙が、重くのしかかっていた。
母の「……そう、分かったわ」というひとことが、私の心に突き刺さったまま抜けない。
せっかく勇気を出して打ち明けたのに。ようやく見つけた「好きになれること」を、ただ受け入れてほしかっただけなのに。そんな自己中心的な考えが過ってしまうことが辛かった。
しかし、母の表情は悲しみに沈み、私の言葉は、まるで届いていないようだった。
「……随分と冷たい反応ですね、スプライント夫人」
沈黙を破ったのは、意外なことにクレイヴ先生だった。
「娘さんがようやく心から夢中になれるものを見つけたというのに、それを素直に喜ぶこともできないのですか?」
先生の声には珍しく棘があった。誰かを責めるような冷たい声。母はその言葉に僅かに肩を震わせるが、すぐに静かに目を伏せる。
「……違います」
母の声はかすかに震えていた。
「私はただ、怖いのです」
「怖い?」
私は思わず問い返す。意味が分からなかった。母様も応援して共に頑張ってきたことだろう。なのに全く予想していなかった『恐怖』という感情が出てきた。
母様は顔を上げ、私をまっすぐに見つめた。その瞳には、哀しみと躊躇い、そして――強い覚悟があるように見えた。
「……まずは、あなたの父親のことを話さなければなりません」
私の父親。
侯爵家の当主だったはずの人。けれど、私が幼い頃に亡くなっていて、顔も声も、ほとんど記憶にない。どんな人間だったのかすら知らない。それは少し異常なことなのかもしれないが、私には母様がいればそれでよかったから、気にしたことがなかった。
「あなたは、父方の血――スプライント家について知っていますか?」
母の問いに、私は首を横に振る。
「いいえ……。お母様も、誰も、その話はしなかったから」
興味がなかったから、調べることはなかった。母は小さく息を吐くと、ゆっくりと話し始める。
「あなたの父の家系――フレイムハルト侯爵家は、代々優れた魔術研究者を輩出してきた家です。この国の魔法技術の発展に、大きく貢献してきた家系……それは誇るべきことのように聞こえるでしょう」
そこで母は少し言葉を区切る。
「けれど、それは同時に呪いでもあったのです」
呪い――?
不穏な言葉に思わず息をのむ。
「スプライント家の者は、皆あまりにも魔法に囚われすぎる。魔法に触れられなければ、まるで空っぽの人形のようになってしまう。逆に魔法に触れれば、のめりこみすぎて、自らの命を削るほどに執着してしまう――」
「命を、削る?」
私は震える声で聞き返す。欠片だが、覚えがあったから。
母は目を伏せ、寂しげに微笑んだ。
「あなたの父も、そうでした」
「……」
「彼は優秀な魔術師でした。歴代のスプライントの中でも、特に優れた才能を持っていた。けれど、その才能の代償に……彼は、魔法以外のことにはほとんど興味を持てなかったのです。貴女と同じように」
母の言葉が、まるで霧が晴れていくように、私の中に落ちていく。
――ずっと感じていた。複合魔法だけが特別に感じられて、それ以外のことに興味が湧かなかったこと。
それなのに、母は私にさまざまなことを学ばせようとした。舞踏、音楽、刺繍、詩作……。
もしかして、それは――。
「貴女を、父と同じ道に行かせたくなかったのです」
母の声が、言葉が胸に刺さる。
「あなたには、魔法以外の生き方を見つけてほしかった。魔法に呪われる人生ではなく、もっと自由で、幸せな道を選んでほしかった」
その言葉を聞いた瞬間、私の目から涙がこぼれた。
「お母様……」
母様は、ずっと私のために。
私が「魔法しかない」人間にならないように、他の好きなものを探し続けてくれていた。
私はずっと、それが束縛だと思っていた。でも、違った。
それは、私を守ろうとする愛だった。
涙が止まらなかった。
母の「……そう、分かったわ」というひとことが、私の心に突き刺さったまま抜けない。
せっかく勇気を出して打ち明けたのに。ようやく見つけた「好きになれること」を、ただ受け入れてほしかっただけなのに。そんな自己中心的な考えが過ってしまうことが辛かった。
しかし、母の表情は悲しみに沈み、私の言葉は、まるで届いていないようだった。
「……随分と冷たい反応ですね、スプライント夫人」
沈黙を破ったのは、意外なことにクレイヴ先生だった。
「娘さんがようやく心から夢中になれるものを見つけたというのに、それを素直に喜ぶこともできないのですか?」
先生の声には珍しく棘があった。誰かを責めるような冷たい声。母はその言葉に僅かに肩を震わせるが、すぐに静かに目を伏せる。
「……違います」
母の声はかすかに震えていた。
「私はただ、怖いのです」
「怖い?」
私は思わず問い返す。意味が分からなかった。母様も応援して共に頑張ってきたことだろう。なのに全く予想していなかった『恐怖』という感情が出てきた。
母様は顔を上げ、私をまっすぐに見つめた。その瞳には、哀しみと躊躇い、そして――強い覚悟があるように見えた。
「……まずは、あなたの父親のことを話さなければなりません」
私の父親。
侯爵家の当主だったはずの人。けれど、私が幼い頃に亡くなっていて、顔も声も、ほとんど記憶にない。どんな人間だったのかすら知らない。それは少し異常なことなのかもしれないが、私には母様がいればそれでよかったから、気にしたことがなかった。
「あなたは、父方の血――スプライント家について知っていますか?」
母の問いに、私は首を横に振る。
「いいえ……。お母様も、誰も、その話はしなかったから」
興味がなかったから、調べることはなかった。母は小さく息を吐くと、ゆっくりと話し始める。
「あなたの父の家系――フレイムハルト侯爵家は、代々優れた魔術研究者を輩出してきた家です。この国の魔法技術の発展に、大きく貢献してきた家系……それは誇るべきことのように聞こえるでしょう」
そこで母は少し言葉を区切る。
「けれど、それは同時に呪いでもあったのです」
呪い――?
不穏な言葉に思わず息をのむ。
「スプライント家の者は、皆あまりにも魔法に囚われすぎる。魔法に触れられなければ、まるで空っぽの人形のようになってしまう。逆に魔法に触れれば、のめりこみすぎて、自らの命を削るほどに執着してしまう――」
「命を、削る?」
私は震える声で聞き返す。欠片だが、覚えがあったから。
母は目を伏せ、寂しげに微笑んだ。
「あなたの父も、そうでした」
「……」
「彼は優秀な魔術師でした。歴代のスプライントの中でも、特に優れた才能を持っていた。けれど、その才能の代償に……彼は、魔法以外のことにはほとんど興味を持てなかったのです。貴女と同じように」
母の言葉が、まるで霧が晴れていくように、私の中に落ちていく。
――ずっと感じていた。複合魔法だけが特別に感じられて、それ以外のことに興味が湧かなかったこと。
それなのに、母は私にさまざまなことを学ばせようとした。舞踏、音楽、刺繍、詩作……。
もしかして、それは――。
「貴女を、父と同じ道に行かせたくなかったのです」
母の声が、言葉が胸に刺さる。
「あなたには、魔法以外の生き方を見つけてほしかった。魔法に呪われる人生ではなく、もっと自由で、幸せな道を選んでほしかった」
その言葉を聞いた瞬間、私の目から涙がこぼれた。
「お母様……」
母様は、ずっと私のために。
私が「魔法しかない」人間にならないように、他の好きなものを探し続けてくれていた。
私はずっと、それが束縛だと思っていた。でも、違った。
それは、私を守ろうとする愛だった。
涙が止まらなかった。
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