奇人街狂想曲

かなぶん

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第三節 珍客万来

第7話 雨の日

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 史歩が暴挙に及んでから三日後。 

 つぅ……と落ちる雫は窓の外。
 これを眺めていた泉は欠伸を一つ。
 先日の朝飯後、史歩は奇人街について、必要と思われる箇所を宣言通り教えてくれた。敵であるからには、イーブンが望ましいというのが、彼女のポリシーらしい。
 ――猫が絡むと容易く投げ出されるポリシーではあったが。
 それによると、奇人街では雨自体が珍しいという。
 蛇口を捻れば水が出てくるのは、泉にとって当たり前のことだったが、雨水からもたらされる恩恵だと理解していた。だというのに、降水量の少なさに比例しない、元居た場所のと同じ水道の造り。不思議に思って尋ねた泉だが、史歩の返答は「それは暮らす上で重要か?」というものだった。どうやら史歩が教えてくれるのは、あくまで”必要”なところだけらしい。加え、刃のような瞳で怪訝に射られたなら、変な汗が背中を流れた。
 かといって、不要な話でもない。要は、水が途切れないのか、という疑問にも直結しており、これをそのまま伝えたなら、史歩はただ一言、「問題ない」とだけ告げてきた。
 かくして水の話はそこで終わり、迎えた雨の時。
 瓦屋根を打つ雨音は、不規則であるにも関わらず一定の音階を保ち、いつもの霞む大気とは違う、どんよりした曇空が眠気を誘ってくる。
 ワーズ曰く「雨降ってるから、今日は史歩嬢来ないよ」という、どこかで聞いた唄の歌詞そのままをなぞった行動は、調理以外することのない泉へ暇を与えていた。
 他の家事を行う気もあったのだが、悉くワーズに止められた。否、奪われた。
 人間好きを豪語する店主は、従業員の職を強要した割に過保護で、家事をすることにより手荒れ等を引き起こしては大変だからと、何もさせてくれない。
「退屈過ぎると人間、死んじゃいます!」
 などと言ってみたのだが、慌てたワーズの側にはスエの丸まった背があり、「ダメにはなるが死にはせんヨ」と余計なことを口走る。これに安堵し胸を撫で下ろしたワーズは、へらり笑って「ダメ人間ってのも良いよね」と言ってきた。どういう意味か問えば、「んー、ダメの範囲は分からないけど、泉嬢のお世話は全部するよ」と、とんでもない話が返ってくる。
 普通なら冗談で済むような話だが、ワーズが言うと洒落にならない。ふざけて乗ったが最後、本気でやりそうなところが怖い。
 思い出して頭を抱える手前で、窓越しに扉が開いたのを見た。
 ひょっこり顔を出すのは、件の店主。
「泉嬢、昼飯を――どうしたんだい、怖い顔して?」
 へらり、ワーズは相も変わらず銃口でこめかみを掻く。
 無神経を通り越した呑気さに、こちらは指でこめかみを押さえつつ、
「お願いですから、ノックして、良いって返事してから開けてください」
 いくら性別に疎いワーズでも、男は男。家主とはいえ、曲がりなりにも女である泉の部屋へ、ノックもなしに入ってくるのは礼儀に反するだろう。
 ただし、注意するのはコレが始めてではない。
 この部屋を提供されてから、一日一回は必ず無遠慮に開けるワーズ。
 タイミングが悪ければ碌でもない場面で遭遇しそうだが、幸運にも今のところ危惧する状況に陥ったことはない。それが逆に行動が筒抜けなのでは? という想像に繋がれば、赤らむべきか青褪めるべきか。
「んー、うん。分かった。今度から気をつけるね。で、昼飯なんだけど」
 幾度かの注意をモノともせず、己の望みだけ突きつける店主に、そういえば用事は決まって食事であったと思い出す。
「はいはい、分かってます!」
 勢いよく立ち上がり、ワーズの背を押して部屋を出る。
 本当はもう少し文句を言いたかったが、ぐっと呑み込み、後ろ手で扉を閉めた。

* * *

 史歩から最初に教わったのは、奇人街では姓名の在り方が違うということ。
 きっかけは史歩を最初「神代」と呼んだのに、カンゲが姓であるスエの名を呼んだのが気に入らなかった彼女の言による。あろうことか、得体が知れない、同じ場所から来たんじゃなくてほっとした、等々思っていた泉に対し、スエと仲が良い、と評したのである。
 勘違いも甚だしい。
 困惑すれば、スエ、ひいては奇人街での姓名の順が、泉や史歩の居た場所と違うという話が聞けた。
 これを踏まえ、泉は彼の学者へ尋ねる。
「…………スエさん、今度は何をしてるんですか?」
 順序を知ってなお名を呼ぶのは、明日は路地で冷たい骸と化しているのが常の、奇人街においての礼儀。例外は、地位を種それぞれに持つ、人狼と鳥人だという。
 人狼については今更聞きたくなく、鳥人に関しては目測りキフが誘っていた鳥頭の種族だと知った。
 泉から名を呼ばれたスエは左手にメスを持ち、ソファで寝そべる猫へ近づいている真っ最中。
「見て分からんかネ。無防備な猫なぞ滅多にお目にかかれん。今こそあの強さの秘密を解剖にて解明するが、学者としての我が使命!」
 三白眼を陶酔で揺らし、じりじり猫へにじり寄る。猫は猫で気づいているだろうに、そ知らぬ風体を装い、身体を舐めたり尻尾を揺らしたり、小さな牙を剥き出し欠伸をしたり。
 スエの方は真剣なのかもしれないが、傍目からはどちらも遊んでいるようにしか見えない。
 泉は小さく息をつくと、磨りガラス向こうの店側を振り返る。入り口は灰色の雨景色に褪せており、淀んだ空気よりも強い霞が外に立ち込めていた。
 そこから視線を右にずらせば、野菜の類が置かれている棚で、ふらふら揺れながら食材を選ぶ黒一色の男。
「麺が食べたいなぁ」
 楽しそうに呟いたワーズはチンゲン菜らしき葉物を掲げ、腕にぶら下げた籠へ放る。彼が献立を決め、着々と具材を集めていくのは、偏に泉が調理を行うための条件だったりする。
 人間以外の者に対する許容範囲の狭さは、決して人間に適用されないわけではなく、二日前、彼は言ったのだ。
「つまらない」と。
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