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第四節 三人+α寄れば
第5話 学者の親切
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泉の手首を引いたのは、白衣の男スエだった。
突然のことに当事者である泉はもちろん、店側で切り落とした幽鬼の腕を拾い、悦に入っていた史歩も目を剥いた。
「学者! お前!?」
「あとはよろしく頼むヨ!」
「あとって――くっ」
スエを追うべくこちらへ向きかけた身体は、別の幽鬼の攻撃によって阻まれる。眼前の敵を捨ててまでスエを止めようとした行動に、泉も抵抗を試みるが、狂喜に駆られた学者の力は強く、引きずられるまま階段を駆け上がってしまう。
どこまで引きずられていくのかなど、考えるまでもない。
階段突き当たりを左に折れた先の、補強を無残に破られた壁向こうの薄暗い通路。出来れば入りたくないスエの住処だ。
右側の一部屋で繰り返される赤い明滅と、左側に並ぶ窓の、ブラインド越しから漏れる光しかない不気味な廊下。これに加わる無数の粒子は、短時間の滞在でスエに纏わりついた埃とカビそのものであり、常であれば全力で抵抗しただろう。
だが混乱が先立つ泉は、声を荒げて叫ぶ。
「あの、スエさんっ、ワーズさんたちは!?」
「平気ネ! 殺したって死なない連中だ!」
酷い言いようだが、史歩と猫の手並みならば十二分に納得できる。
――しかし、それならば。
(じゃあ、どうして私は、この人に手を引かれているんだろう? 皆と一緒にいた方が安全なんじゃ?)
スエからもたらされる軽快な応えは、泉の困惑を強めるばかりだ。
血走った眼に剥き出しの歯、生白い身体。嫌でも印象に残る姿形は、この学者と二人だけで太刀打ちなど到底できはしまい。
疑問だけが募る中、踏み入れたスエの住処は、その瞬間から泉の鼻に埃とカビと、その他、不快が入り乱れる異様な臭いをもたらした。
思わず口元を覆う。
幽鬼から漂ってきた、甘ったるくも濃密な腐臭といい勝負になりそうだ。
踏みしめた足裏の感触も然るもので、靴下越しでも明確な違和感が気持ち悪い。
当のスエは、やはり自分の住処であるためか、肺を潰すような臭気に塞ぐ鼻もなく、明滅する部屋に泉を引きずり込んだ。
そこでようやく立ち止まると、三白眼が振り向く。
「見たまえ、娘御。これがワシの発明した、幽鬼予報機ネ!」
じゃーん、と言わんばかりにポーズを決めたスエが指し示したのは、暗い室内を赤の明滅で照らす物体。泉が寝泊まりする部屋より広い面積の、約三分の一を占拠するソレは陰影しか分からず、また歪に折り重なっているようで、泉の目にはゴミの集合体にしか見えなかった。
だがスエにとっては宝物に等しいらしい。いやそもそも、誇らしげに紹介したくせに、反応には興味がないらしく、やりきった顔でコレを愛おしそうに抱きしめる。
ついて行けない世界に、泉の足がちょっと引いた。
そんな様子など、やはり一ミリも気にしないスエは、頬ずりまで披露すると物体をガチャガチャ動かした。終えれば、それまで警戒を促すように明滅していた赤い照明が鎮まる。
夕陽で更に鈍くなったブラインド越しの光を受け、赤に紛れていた空気の淀みがより一層鮮明になった。
「そして、もう一つ。これこそ、我が一大発明!」
薄暗くとも滑らかな足取りで部屋中央へ向かったスエは、埃やらゴミやらに隠れていた布を取っ払った。尋常ならざる量の埃が舞うと同時に、姿を現したのは、大きな長方形の箱。
泉は喘息を引き起こしそうな埃に咽つつ、一言で表した。
「……棺桶?」
「失敬な娘だネ。まあよい、見たまえ。これはあの猫ですら壊せない、画期的な防壁ヨ!」
宣言と共に一気に開けられたその音は、聞くに堪えない錆び付いたもの。泉が防臭を捨ててまで両耳を塞ぐのとは対照的に、スエはけろりとした顔でおどろおどろしい悲鳴を上げた棺桶、もとい防壁をひと撫でする。
「つまりこれで、クイフン……を回避する、と?」
「うむ。なかなか察しの良い。では、さらばだ」
「へ?」
言うなり、いそいそ防壁内へすっぽり納まる白衣。呆気に取られた泉は、さっさと蓋を閉めようとする姿に慌てて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はどうして連れて来られたんですか!?」
狭そうな防壁に一緒に入りたい訳ではないが、ここまで連れて来られたのは何のためだったのか。泉の問いかけに何故かきょとんと目を丸くしたスエは、当然と言わんばかりの口調で告げる。
わざわざ史歩や猫から引き離してまで、泉を連れてきたその考えを。
「どうしてって、それはもちろん、生き残る確率の低い娘御に、ワシの素晴らしい発明を一目見せてあげようという――親切心?」
絶句。
目を剥くばかりの泉の前で、無情の防壁はゆっくりと閉じられた。
突然のことに当事者である泉はもちろん、店側で切り落とした幽鬼の腕を拾い、悦に入っていた史歩も目を剥いた。
「学者! お前!?」
「あとはよろしく頼むヨ!」
「あとって――くっ」
スエを追うべくこちらへ向きかけた身体は、別の幽鬼の攻撃によって阻まれる。眼前の敵を捨ててまでスエを止めようとした行動に、泉も抵抗を試みるが、狂喜に駆られた学者の力は強く、引きずられるまま階段を駆け上がってしまう。
どこまで引きずられていくのかなど、考えるまでもない。
階段突き当たりを左に折れた先の、補強を無残に破られた壁向こうの薄暗い通路。出来れば入りたくないスエの住処だ。
右側の一部屋で繰り返される赤い明滅と、左側に並ぶ窓の、ブラインド越しから漏れる光しかない不気味な廊下。これに加わる無数の粒子は、短時間の滞在でスエに纏わりついた埃とカビそのものであり、常であれば全力で抵抗しただろう。
だが混乱が先立つ泉は、声を荒げて叫ぶ。
「あの、スエさんっ、ワーズさんたちは!?」
「平気ネ! 殺したって死なない連中だ!」
酷い言いようだが、史歩と猫の手並みならば十二分に納得できる。
――しかし、それならば。
(じゃあ、どうして私は、この人に手を引かれているんだろう? 皆と一緒にいた方が安全なんじゃ?)
スエからもたらされる軽快な応えは、泉の困惑を強めるばかりだ。
血走った眼に剥き出しの歯、生白い身体。嫌でも印象に残る姿形は、この学者と二人だけで太刀打ちなど到底できはしまい。
疑問だけが募る中、踏み入れたスエの住処は、その瞬間から泉の鼻に埃とカビと、その他、不快が入り乱れる異様な臭いをもたらした。
思わず口元を覆う。
幽鬼から漂ってきた、甘ったるくも濃密な腐臭といい勝負になりそうだ。
踏みしめた足裏の感触も然るもので、靴下越しでも明確な違和感が気持ち悪い。
当のスエは、やはり自分の住処であるためか、肺を潰すような臭気に塞ぐ鼻もなく、明滅する部屋に泉を引きずり込んだ。
そこでようやく立ち止まると、三白眼が振り向く。
「見たまえ、娘御。これがワシの発明した、幽鬼予報機ネ!」
じゃーん、と言わんばかりにポーズを決めたスエが指し示したのは、暗い室内を赤の明滅で照らす物体。泉が寝泊まりする部屋より広い面積の、約三分の一を占拠するソレは陰影しか分からず、また歪に折り重なっているようで、泉の目にはゴミの集合体にしか見えなかった。
だがスエにとっては宝物に等しいらしい。いやそもそも、誇らしげに紹介したくせに、反応には興味がないらしく、やりきった顔でコレを愛おしそうに抱きしめる。
ついて行けない世界に、泉の足がちょっと引いた。
そんな様子など、やはり一ミリも気にしないスエは、頬ずりまで披露すると物体をガチャガチャ動かした。終えれば、それまで警戒を促すように明滅していた赤い照明が鎮まる。
夕陽で更に鈍くなったブラインド越しの光を受け、赤に紛れていた空気の淀みがより一層鮮明になった。
「そして、もう一つ。これこそ、我が一大発明!」
薄暗くとも滑らかな足取りで部屋中央へ向かったスエは、埃やらゴミやらに隠れていた布を取っ払った。尋常ならざる量の埃が舞うと同時に、姿を現したのは、大きな長方形の箱。
泉は喘息を引き起こしそうな埃に咽つつ、一言で表した。
「……棺桶?」
「失敬な娘だネ。まあよい、見たまえ。これはあの猫ですら壊せない、画期的な防壁ヨ!」
宣言と共に一気に開けられたその音は、聞くに堪えない錆び付いたもの。泉が防臭を捨ててまで両耳を塞ぐのとは対照的に、スエはけろりとした顔でおどろおどろしい悲鳴を上げた棺桶、もとい防壁をひと撫でする。
「つまりこれで、クイフン……を回避する、と?」
「うむ。なかなか察しの良い。では、さらばだ」
「へ?」
言うなり、いそいそ防壁内へすっぽり納まる白衣。呆気に取られた泉は、さっさと蓋を閉めようとする姿に慌てて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はどうして連れて来られたんですか!?」
狭そうな防壁に一緒に入りたい訳ではないが、ここまで連れて来られたのは何のためだったのか。泉の問いかけに何故かきょとんと目を丸くしたスエは、当然と言わんばかりの口調で告げる。
わざわざ史歩や猫から引き離してまで、泉を連れてきたその考えを。
「どうしてって、それはもちろん、生き残る確率の低い娘御に、ワシの素晴らしい発明を一目見せてあげようという――親切心?」
絶句。
目を剥くばかりの泉の前で、無情の防壁はゆっくりと閉じられた。
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