奇人街狂想曲

かなぶん

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第六節 夢と現実

第4話 美味しいおいしいオカシイおかゆ

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 布団越し、膝上を跨いで小さなテーブルが置かれ、鍋敷きごと土鍋が納まる。
 取り分け用の小鉢はなく、蓋には厚めの布巾が被せられている。
 泉が自分で開けることを前提とする、見えない中身に嫌な予感がした。
「……ワーズさん? これってワーズさんが?」
 だとしたら絶対、意地でも食べないつもりでいたが、
「いいや。史歩嬢が作ってくれたんだよ。泉嬢がいつ目覚めてもいいようにって、何回か運んで。でもずっと起きないから、ボクがその分食べちゃったけど」
 とても美味しく出来てるよと笑う。
 否定されて嘘ではないと察し、安堵して蓋を取ろうとした泉。
 しかし直前で手が止まった。
 未だ笑うワーズが「どうかしたのかい?」と尋ねるのへ、
「あの……私の看病って、ワーズさん……が?」
「ん? ああ、服の交換とかは史歩嬢とシイだよ。時々クァンも来てたっけ。本当はボクが全部やりたかったんだけど、泉嬢が嫌がるからって史歩嬢に言われてさ」
(ありがとう、史歩さん! ありがとう!)
 すでに去ってしまった袴姿へ、手をすり合わせる勢いの感謝の念を抱く――が。
「ボクがやったのは、そこの薬と洗髪と、あとは看てることくらいかな?」
(あ、全部しなかった訳じゃないんですね。それも程ほどに大丈夫じゃない気が……)
 相も変わらずさらりと吐かれる過ぎ去った出来事に、泉は熱っぽいため息をついた。これをヘタに突けば藪蛇は免れないと諦め、蓋を開けようとし、
「そういえばあの時、どうして幽鬼は私たちに気づかなかったんですか?」
 思い出された疑問にワーズは少し残念そうな顔を浮かべた。
 プレゼントの感想を聞きたい、子どものような表情を不思議に思っていると、
「ボクは幽鬼に嫌われてるからね。ほら、見るからに不味そうでしょう?」
 ワーズが肩を竦める。
 はぐらかされたような回答に反応もできず、泉はようやく土鍋の蓋を開けた。

 躊躇数秒。

 極々自然な動きで蓋を閉じようとした手首が、がっしり掴まれた。
「ダメだよ。わざわざボクじゃなくて、史歩嬢が作ってくれた雑炊なんだから。ボクじゃなくて、ね?」
「ぞ、雑炊……? 雑炊って…………………………こんなに赤いモノですか?」
 蓋を取り上げられ、レンゲが突っ込まれた土鍋の中身は、幽鬼がばら撒いた血によく似た赤いドロドロの米。数回掻き混ぜれば、出てくる出てくる、赤い葱と玉子の他に、見るからに柔らかそうな肉。
 骨付きもあり、まあなんて美味しそうな香り……。
 と、ぷかり物体が一つ浮かんできた。

 濁った色合いの黄色いソレは紛れもなく――。

 ぴしっと固まる泉の脳裏をもう一つの情景が過ぎる。
 思い出したくもない植木鉢、の後の衝撃。
 精肉用の箱の中にあった視線の持ち主。
 芥屋の店主を恐れる何よりの切っ掛けとなった、首。
 幽鬼の姿に恐怖とは別に、怖気を感じたのは、臭いと行動のせいだけではなかったようだ。
 視線の主によく似た、黄色く褪せた丸い物体をカタカタ掬う。
 それを見たワーズが告げた。
「ああ、ごめんね。これは煎じて呑むと良い薬になるんだけど、料理に使うものじゃないんだ。困るよね。史歩嬢、ちゃんと教えた通りに作ってくれなくて」
 聞き捨てならない言葉だった。
 慄いて眼を剥く泉へ向け、一層優しげに、しかし不気味に歪む赤い口。
「確かに作ったのは史歩嬢だよ。でもね、監修はボクだったりする」
「け、結構です!」
 必死に首を振れば、膝上からそっと除けられる土鍋。
 ほっとしたのも束の間、
「泉嬢? これはとても栄養価が高いんだ。それにこの裂肝鬼キィカンフンはちゃんと史歩嬢の手作りだし」
 レンゲで数度掻き混ぜ、一掬い。上質と分かる肉に赤い米が便乗する。
「キィ……?」
「うん。奇人街の三大珍味の一つでね。新鮮な内に臓物を血と共に酢でしめて、蜜につけて置いておくんだ。今回は特にいい出汁が取れてて、いつもよりもっと美味しいんだよ?」
「…………ええと、そ、その肉ってもしかして?」
「うん。もしかしなくても、だね。ちなみに酢以外は全部その”もしかして”が材料」
「し、史歩さんが?」
「うん。史歩嬢って捌くのが得意でねぇ。それに臓物は痛みやすいからさ。解体と同時進行で手早く作んなきゃならないんだ」
 言って、突き返された事実を忘れたように「はい」と具入りのレンゲを、泉の口へ運ぼうとしてくる。
 これを左手で押さえて拒絶し、
「……あの、すみません。もう一度尋ねますけど、コレ……幽鬼、ですよね?」
 不服そうに眉を顰めたワーズが頷いた。
「そうだけど……泉嬢、好き嫌いはいけないよ?」
「住人食べる姿を見て、それを糧にしてるって思うだけで食欲減退してしまいます! なんだか間接的に食べてる感じがして嫌じゃないですか!」
「何を?」
 抜け抜けと尋ねる声音は、打って変わって呑気そのもの。
 分かってて聞いていると察しては、つい大声で言ってしまう。
「何って住人をでうっ!?」
 大きく開いた口に、赤くなったレンゲが容赦なく突っ込まれた。
 やけどするような熱さはない。
 しかし、あまりの突拍子のなさから、泉は噛むことも出来ず、大物をそのままごっくり呑み込んでしまった。
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