白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

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第29話 朝の光

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マルセラは、一つ大きく息を吐いた。

「……さて。それじゃ、これから治療に入るわけだけど」

 その口元が、ふっと笑みを含む。

「ごめんなさいね? この子の身体、ちょっと繊細なの。余計な気配があると、治療に集中できないのよ」

 リサが眉をひそめる。

「つまり……出てけってことか?」

「ええ。……皆さん、外で待ってて」

 軽く手を振るマルセラに、しぶしぶ皆が退出していく。扉が閉まる寸前、アヤメがしずくに向かって不安げに言った。

「な、なにかあったらすぐ呼んでくださいね! 副官として、全力で駆けつけますから!」

 扉が閉まり、病室に静寂が戻る。

「……さて」

 マルセラが一歩近づく。

「じゃあ、脱いでちょうだい」

「ふ、服を……ですか!?」

 思わず身をすくませるしずく。

「当然でしょう? 皮膚の状態、魔素の通り道、筋肉のこわばり。全部見ないと、正確な治療ができないの」

「で、でも……!」

「ふふ、何をそんなに恥ずかしがってるの。私は医者よ? さ、うつ伏せになって」

 しずくは顔を真っ赤にしながら、ぎこちなく上着を脱ぎ、ベッドにうつ伏せになる。

 マルセラの手が、そっと背中に触れた。

「ちょっと冷たいわよ。我慢してね」

 指先から微かに魔素がにじみ出し、熱と冷たさが交錯する不思議な感触が背中を伝っていく。

「ん……っ」

 背中のこわばった筋肉が、ふわりと緩む。マルセラの手は、
しずくの体を丁寧にほぐしていった。

「こことか……随分、力入ってたのね。無理しすぎよ」

「う……っ」

 絶妙な強さで押され、息が漏れる。だがそれは痛みではなく、安心の吐息だった。

「どう? 気持ちいい?」

「き、気持ち……って、あ、あの、なんか変な感じが……」

「ふふ……魔素を流しながらの施術って、けっこう“来る”のよね。慣れてない子ほど、敏感に出るから」

「そ、そんな言い方しないでくださいっ!」

 しずくが顔を真っ赤にして身をよじると、マルセラはいたずらっぽく微笑んだ。

「じゃあ……ここからが本番よ」

 マルセラが舌なめずりをしながら、魔素のこもった手のひらを背中に滑らせる。

「……っっあ……っ!!」

 その声が、扉の外にも漏れた。



 一方その頃、病室の外――

 扉の前で、アヤメはそわそわと足踏みしていた。

「な、中で……何が行われてるんでしょうか……!」

「副官として、様子を見に行くべきでは……!?」

 その瞬間、ミカがアヤメの頭をぺしんと叩いた。

「アンタ、よだれ垂らして何言ってんのよ」

「な、なにを言う! これは緊張の汗だ!」

「汗が口から出てるやつがあるかっ!」

 ミカとアヤメのやり取りを、エレナは額を押さえながら見ていた。

「ほんと……何してんのよ、あの二人……」



 マルセラの指先が、しずくの背を滑る。

「ふふ……あらあら、背骨の際に魔素が詰まってるわね……これは念入りにほぐしてあげなきゃ」

「え、ちょ、くすぐっ……ひゃっ……!」

「力を抜いて。そうしないと、魔素がうまく流れないのよ」

 くすぐったさと妙な緊張感で、しずくの顔がますます熱くなる。

「ここが一番、厄介ね……魔素の滞留と神経の緊張が複雑に絡んで……あら、反応がいいわね」

「や、やめてください、変なところに手が……っ!」

「変じゃないわ。むしろ、この辺りが一番素直に反応してるもの」

「む、無理ですっ!! あっ、そこ……ダメ……っ!」

「ふふっ……素直じゃない子ほど、治し甲斐があるのよねぇ」

 またしても、ひときわ大きな声が――

「っあああっ!!」

病室の外――

「もう我慢できないっ!! アヤメ、突入しますッ!!」

 アヤメがついにドアノブを握る。

「おい副官!! 理性どこ行った副官!!」

 ミカとソラが全力で止めに入る。

「は、放せミカ!ソラ! 中でしずく様が、しずく様があああああ!!」

「アンタがいちばん危ないわよ!!」

 病室の外に、再び騒がしい空気が戻る。



 扉が音もなく開き、マルセラの落ち着いた声が響く。

 

「終わったわよ」

 

 アヤメたちが勢いよく中へ駆け込むと、そこにはベッドに腰かけたしずくの姿があった。

 

 顔色は良く、表情も明るい。明らかに、さっきまでとは違っていた。

 

「しずく様……!」

 

 アヤメが駆け寄ろうとしたところで、マルセラが手を上げて制する。

 

「まだ完全じゃないわ。無理に触っちゃダメよ」

 

「は、はいっ!」

 

 マルセラがしずくの前に立ち、優しく声をかける。

 

「腕を上げてみて」

 

 しずくが恐る恐る、右腕を持ち上げる――

 

 ぐ、と肩が少しきしむ音がしたが、それでも腕はするすると持ち上がった。

 

「……っ! あ……あがる……!」

 

 驚いたように見上げるしずくに、マルセラが微笑む。

 

「ふふ、当たり前でしょ。誰が治したと思ってるの?」

 

「す、すごい……! 本当に、ありがとうございます!」

 

 リサが肩をすくめながら言う。

 

「さすが魔女だな……」

 

 マルセラは、ふっと表情を引き締めた。

 

「でも、勘違いしちゃダメ。治ったように見えても、あなたの体にはまだ負荷が残ってるのよ。もう、無茶はしちゃだめ」

 

「……はいっ!」

 

 しずくが真っ直ぐに頷くと、マルセラはようやく満足そうに笑った。

 

「これなら、あと三日もすれば退院できるわね。今日はしっかり休みなさい」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 そのやりとりを見ていたエレナが、しずくに向かって微笑みかける。

 

「じゃあ、私たちも行くわね。しずくちゃん、ちゃんと寝るのよ?」

 

 アヤメは慌てて頭を下げながら、

 

「しずく様! 明日も必ず来ますから! 副官として身の回りのお世話は――」

 

「はいはい。まずは落ち着きなさい、アヤメ」

 

 ミカがアヤメの背中を軽く叩きながら笑い、三人は順番に病室をあとにしていった。

 

 扉が閉まったあと、しずくは小さく息を吐いた。



三日後――


病室のカーテンが、朝の光をやさしく透かしていた。
しずくは、ゆっくりとベッドから体を起こす。右腕に巻かれていたギプスはすでに取り外され、代わりに薄く簡素な包帯が残っているだけだった。


「しずく様! 行きましょう!」

アヤメが勢いよく扉を開けて駆け込んできた。

しずくは軽く笑い、小さく頷く。

「うん。ありがとう、アヤメちゃん」

廊下に出ると、白衣を纏ったマルセラが静かに立っていた。

「ふふ、元気そうね。よかった」

「マルセラさん、本当にありがとうございました!」

しずくは頭を深く下げる。マルセラはにこりと微笑んだ。

――だがその直後。マルセラの手が、すっと伸び、
しずくの頬に軽く口づけを落とした。

「えっ……!?」

しずくは目を見開く。マルセラは艶やかな笑みを浮かべて言った。

「また、ベッドの上でね」

「な、なんですか、その意味深な言い方はっ!」

その言葉に、アヤメが悔しそうに歯ぎしりをする。

「……しずく様に気安く触れるなんて、魔女といえど許しがたい……!」


そんな空気を抱えながら、ふたりは病院の玄関へと向かった。朝の空気が澄み渡り、建物群を包む光は穏やかだった。


病院の出口の前に、ひとりの人物が立っていた。制服を整え、真っ直ぐに立つその姿。その瞳には静かな覚悟が宿っていた。


「……カレンさん!」


しずくが声を上げる。カレンはゆっくりと頷く。


「無事だったんですね……!」


「あぁ。君も……元気そうで何よりだ」


カレンの声には、どこか安堵の色が含まれていた。


「改めて礼を言う。君が来てくれなければ、私たちは……全滅していた。
本当にありがとう」


「そ、そんな……私はただ、できることをしただけで……」


視線を落とすしずく。だがカレンの表情が、少しだけ柔らぎを見せた。


 そして――その瞳に、明確な決意が宿る。


 「しずく。今日の午後、今回の掃討戦の報告を行う“十星会議”が開かれる」

 「十星会議……。」

 「ああ。リサには話を通してある。……できれば、君にも参加してほしい」

 「えっ、私が……!? ど、どうして……」

 突然の言葉に、しずくの思考が追いつかない。

 カレンが、静かに頭を下げた。

(カレンさんが……頭を下げるなんて……)

 しずくの胸に、言葉では言い表せない感情がこみ上げてくる。

 信頼、重責、そして、何か強い「意志」のようなもの。

 しずくは唇をきゅっと結び、やがて頷いた。

 「……わかりました。私でよければ、参加させていただきます」

 カレンの顔に、わずかに安心の色が浮かぶ。

 「そうか……ありがとう、しずく」

 その声は、静かで、どこまでも真摯だった。

 彼女は小さく礼をしてから、まだ完全には癒えていない足をかばうようにして歩き出す。片足を軽く引きずりながら、それでも背筋は真っ直ぐだった。


 しずくとアヤメは、その後ろ姿をしばらく無言で見送っていた。


 「……しずく様が必要って、どういう意味なんでしょうね」


 アヤメがぽつりと呟く。


 「うん……私にも、わからない」


 しずくは、視線をカレンの背に残しながら小さく呟いた。


 そして二人は、朝の光に包まれた通路を、ユナイトアークの庁舎へと歩き出した。
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