白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

文字の大きさ
52 / 109

第52話 聖女の微笑み

しおりを挟む


「ひ、ひぃぃぃ……ッ!」

世界を統べる者のよう振る舞っていたゼノン・レイブンが、

無様に尻餅をついて後ずさる。


迫りくる純白の聖女は、彼にとって死神そのものだった。


「ま、待ってくれ! 待て! 話を聞け!」

ゼノンが必死に手を伸ばす。


「エンドゼロがいれば……そう、あいつの核さえあれば、
世界中の全マガツを支配下に置けるんだ!
 人類にとって、これ以上の利益はないだろう!?
 だから殺さないでくれ! 私はまだ役に立つ!」


そのあまりに自分勝手な言い分に、


背後で聞いていたナンバーズたちの表情が冷たくなる。


「……今さら、何言ってんの」


ライラが軽蔑を隠そうともせず、冷たく言い放つ。


「散々仲間を実験台にして、殺しておいて……自分の命だけは助けてほしい?
 ふざけるのもいい加減にしろ」


リサも大剣を地面に突き立て、呆れたようにため息をついた。


「見苦しいぜ、総統閣下。悪党なら悪党らしく、最後くらい潔くしたらどうだ?」


その視線に、憐れみすら感じたのか。


追い詰められたゼノンの顔が、恐怖から逆ギレに近い憤怒へと歪んだ。


「ふ、ふざけるな……ッ! 貴様らごときが!」


ゼノンが懐に手を伸ばしながら叫ぶ。


「だいたい、お前ら魔法少女同士が殺し合い、共食いをしているのが真実じゃないか!それを有効活用してやった私に、感謝こそすれ――」


バシュッ。

乾いた音が、彼の言葉を遮った。

「――え?」


ゼノンが呆然と自分の右肩を見る。


そこにあるはずの腕が、ない。


ただ、断面から鮮血が噴き出しているだけだった。


「ぎ、ぎゃあああああああッ!!?」


遅れてやってきた激痛に、ゼノンがのたうち回る。


セラフィナは、指先から放った光の余韻を払うように、


優雅に手を振っただけだった。


「お黙りなさい。耳が汚れますわ」


「ぐ、うぅ……! ち、違……っ! ちょっと待ってくれ……!」


ゼノンが脂汗を流しながら、血走った目でセラフィナを見上げる。


「話が違うじゃないか……!約束では、私は……!」


「さようなら」


セラフィナの冷徹な一言。


再び、光が閃く。


「がっ――」


ゼノンの首が、ボールのように宙を舞った。


胴体がどう、と音を立てて崩れ落ちる。


あまりにあっけない、独裁者の最期だった。


「…………」


しずくは、その光景を息を呑んで見つめていた。


敵討ちは終わった。


けれど、胸に残るこのざらついた感覚は何だろう。


セラフィナの容赦のなさ。そして、ゼノンが最後に言いかけた言葉。


(話が違う……? 約束……?)


「ふぅ。これで一件落着ですわね」


セラフィナが何事もなかったかのように微笑み、振り返る。

「これから上層部の掃除やら事後処理やらで、大変なことになりますけれど……。
 まあ、それは生きて帰れた私たちの特権ということで」


リサが肩をすくめ、張り詰めていた空気が緩みかけた、その時だった。

「……あら?」

セラフィナの足が止まる。

彼女の足元。

何もないはずの空間に、ひとつだけ、転がっているものがあった。

カツン、と小さな音が響く。

それは、拳大ほどの大きさの結晶。

あれほど巨大だったエンドゼロの肉体が消滅したにもかかわらず、

その中枢にあった核だけが、傷ひとつなく残されていたのだ。

だが、それは以前のような禍々しい赤黒さではない。

極限まで圧縮された魔素は、まるで最高純度のルビーのように透き通り、

妖艶な紅色の輝きを放ちながら、ドクン……ドクン……と静かに脈打っている。

あまりに高密度な魔力の結晶。

見ているだけで吸い込まれそうなほどの、純粋な力の塊。

「……」

セラフィナはゆっくりと、その核に歩み寄る。

彼女は優雅に腰をかがめ、

落ちている核を、そっと手で拾い上げた。

「……温かい」

セラフィナの唇が、音もなく動く。

本来なら、即座に砕いて完全に消滅させるべきもの。

諸悪の根源。

けれど、彼女の瞳には、嫌悪感とは違う色が宿っていた。

まるで、長年探し求めていた宝石を見つけた少女のように。

あるいは、禁断の果実を手にした者のように。

彼女はうっとりと、その核を指先で愛おしそうになぞった。

「セラフィナ、さん……?」

しずくが戸惑いの声を上げる。

セラフィナはハッとしたように顔を上げ、

いつもの聖女の笑みを貼り付けた。

「ああ、すみません。
 これは危険ですので、ひとまず本部で厳重に保管・解析することにしましょう。
 わたくしの方で預かりますわ」

そう言って、彼女は核を懐へとしまい込んだ。

「……そうだな。それが一番安全か」

ギルベルトが納得したように頷く。

「皆さん、本当にお疲れ様でした。さあ、地上へ戻りましょうか」

セラフィナが歩き出す。

ナンバーズたちも、安堵の表情でそれに続こうとする。

だが。

(……おかしい)

しずくだけが、動けなかった。

今のセラフィナの表情。そして、核を見る目。

胸騒ぎが抑えきれない。

しずくは無意識に、右目に魔力を集中させた。

(視せて……真実を)

視界が色を変える。

物質の輪郭が消え、魔素の流れだけが浮かび上がる世界。

しずくの視線の先には、セラフィナ・クレストの背中。

そこには、№1の名に恥じぬ、太陽のように莫大な光の魔素が渦巻いていた。

しかし。

(……え?)

その圧倒的な光の奔流の中に。

わずかに、「色が違う」魔素が混じっている。

ほんの小さな、けれど決して見間違えることのない、独特な波長。

懐かしく、そして悲しい色。

しずくの記憶にある、あの人の色。


「――待ってください、セラフィナさん」


しずくの声が、静まり返った通路に響いた。


ピタリ、とセラフィナの足が止まる。

他のメンバーも驚いて振り返る。


「……どうかしたかしら? しずくさん」


セラフィナは背中を向けたまま、静かに問いかけた。


しずくは拳を握りしめ、震える声で告げた。


「どうして……」


「はい?」


「どうして……イザベラさんの魔素が、あなたの体内に流れているんですか?」


凍りつくような沈黙。


「……は?」


リサが呆気にとられた声を出す。


「おいおい、何言ってんだしずく。疲れすぎて幻覚でも見てるのか?」


ライラも心配そうに覗き込む。


「そうだよ、しずくちゃん。イザベラはもう……」


「見間違いじゃありません!」


しずくは叫んだ。右目を開き、セラフィナを射抜くように見つめる。


「私の目は誤魔化せない。
 あなたの魔素の中に、確かに混じっている……。
 死んだはずのイザベラさんの魔素が、まるで取り込んだかのように!」

その言葉に、

セラフィナ・クレストが、ゆっくりと振り向いた。

その顔から――聖女の微笑みは、消えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ

takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。 遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。 人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。 人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。 吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。 ======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは…… ======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

婚約破棄は構いませんが、私が管理していたものは全て引き上げます 〜成金伯爵家令嬢は、もう都合のいい婚約者ではありません〜

藤原遊
ファンタジー
成金と揶揄される伯爵家の令嬢である私は、 名門だが実情はジリ貧な公爵家の令息と婚約していた。 公爵家の財政管理、契約、商会との折衝―― そのすべてを私が担っていたにもかかわらず、 彼は隣国の王女と結ばれることになったと言い出す。 「まあ素敵。では、私たちは円満に婚約解消ですね」 そう思っていたのに、返ってきたのは 「婚約破棄だ。君の不出来が原因だ」という言葉だった。 ……はぁ? 有責で婚約破棄されるのなら、 私が“善意で管理していたもの”を引き上げるのは当然でしょう。 資金も、契約も、人脈も――すべて。 成金伯爵家令嬢は、 もう都合のいい婚約者ではありません。

処理中です...