51 / 109
第51話 天上断罪
しおりを挟む「セラフィナ、さん……?」
しずくの声が震えた。
リサも、カレンも、呆然とその背中を見つめている。
「セラフィナ……!」
絶望の淵に差した光。
人類最強の魔法少女、セラフィナ・クレストが、そこに立っていた。
彼女はふわりと微笑み、まるで茶会に遅れたことを詫びるかのように優雅に言った。
「間に合いましたわね」
「ど、どうしてここへ……?」
しずくの問いに、セラフィナは静かに目を細める。
「イザベラさんの死……あの一件以来、わたくしもずっと胸に引っかかるものを感じておりましたの。内部に、何か腐敗した動きがあるのではないかと」
彼女は視線を横へ流す。
「そんな折、ミラさんの隊のシズさんが決死の覚悟で現れ、救援を求められましたの。それで、全ての合点がいきましたわ」
セラフィナが傍らのエリスに同意を求める。
「そうですよね? エリス」
「ええ。……すべては、シズの功績です」
エリスが短く、しかし力強く肯定した。
その名前が出た瞬間、
エリスの影から飛び出すようにして、一人のメイドが駆け出した。
「ミラ様ッ!!」
いつも影のように無表情なシズが、
今は顔を歪め、なりふり構わず瓦礫の中へ滑り込む。
「ミラ様! ご無事ですか!? ミラ様!」
倒れ伏すミラの体を抱き起こすその手は、小刻みに震えていた。
いつもの冷静沈着なシズの姿はそこにはない。
ただの、主を案じる一人の少女だった。
薄く目を開けたミラが、苦しげに、けれど優しく口端を緩める。
「……シズ。……うるさいわよ」
「ミラ様……!」
「このくらい……大丈夫よ。……シズのおかげで、助かったわ」
ミラのその一言に、シズの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
その美しい主従の光景を背に、セラフィナがエリスへ命じる。
「エリス。皆さんをお願いします」
「はい」
エリスが片膝をつき、祈るように両手を組む。
「天使涙雨《エンジェル・ティアーズ》」
静謐な詠唱と共に、天井から光の粒子が降り注ぐ。
それは雨のように優しく、傷ついたナンバーズたちの体を包み込んでいく。
骨が繋がり、血が止まり、命の灯火が再び強く燃え上がる。
「……ここからは、わたくしがやりましょう」
セラフィナがゆっくりと前へ出る。
その一歩一歩が、戦場の空気を清めていくようだ。
対峙するゼノン・レイブンの顔が引きつった。
「な、なぜお前がここにいる……! 貴様は中央での会議中のはず……!」
予想外の事態に、総統の声に焦りの色が滲む。
だが、すぐに狂気じみた笑みを浮かべ、叫んだ。
「だが……もう遅い!
このエンドゼロの力は本物だ!いくら貴様でも、神のごとき力を持つこの怪物に勝てる道理はない!」
ゼノンが腕を振り上げる。
「やれ! エンドゼロ!! その女を塵に還せ!!」
「アアアアアアッ!!」
エンドゼロが咆哮する。
空間そのものを歪めるほどの魔素の奔流。
質量だけでビル一棟を粉砕するような、
絶望的な一撃をセラフィナへと振り下ろした。
空が割れるような轟音。
死そのものが、頭上から迫る。
だが――セラフィナは歩みを止めない。
避ける素振りすら見せない。
ただ、怜悧な瞳でそれを見上げ、吐き捨てた。
「――汚らわしい」
彼女が冷ややかに呟き、視線を上げた瞬間。
カッ!!
セラフィナの目が開き、まばゆい閃光が走った。
振り下ろされた巨大な腕が、空中で静止した。
いや、止まったのではない。
消失したのだ。
セラフィナの頭上に展開された、幾重もの幾何学的な魔法陣。
そこから放たれた極光が、接触した物質を原子レベルで分解・消滅させていた。
再生する隙すら与えない、完全なる消滅。
「な……ッ!?」
ゼノンの喉が引きつり、言葉が出ない。
「怯むな! 再生しろ! 物量で押し潰せ!!」
ゼノンの悲鳴じみた命令に、エンドゼロが反応する。
消滅した腕の断面から、爆発的に黒い泥が噴き出した。
それは瞬時に無数の巨大な槍となり、雨のようにセラフィナへと降り注ぐ。
全方位からの、回避不能の飽和攻撃。
「……芸がありませんこと」
セラフィナは、まるで舞踏会でダンスを踊るように、くるりと優雅にターンした。
そのドレスの裾が翻ると同時に、彼女の周囲に光の渦が巻き起こる。
迫りくる黒い槍は、セラフィナの体に触れることすらできない。
セラフィナに近づいた瞬間、光の渦に触れて蒸発していく。
彼女は涼しい顔で、黒い雨の中を歩き続ける。
「ば、馬鹿な……!」
「ただの魔素放出だけで、エンドゼロの全力攻撃を相殺しているというのか……!?」
ゼノンが後ずさる。
自分の作り出した最強の怪物が、
ただの子供扱いされている現実に、思考が追いつかない。
「グゥ、オォォォォッ!」
焦れたエンドゼロが、さらに形態を変化させる。
全身の口という口から、ドス黒い魔力砲をチャージし始めた。
セラフィナは純白の右手を、
まるでオーケストラの指揮者のように優雅に振るう。
「地に伏せなさい」
ヒュン、ヒュン、ヒュン――
彼女の意思に応えるように、天空より降り注ぐのは、無数の光の羽。
だがそれは儚い羽ではない。
鋼鉄をも貫く、断罪の楔。
それらは正確無比にエンドゼロの残された四肢を貫き、床へと縫い止めた。
「ギャガアアアアッ!!」
怪物の絶叫が響くが、身動き一つ取れない。
重力そのものを支配下に置いたかのような、
圧倒的なプレッシャーが空間を圧殺する。
しずくたちは息を呑み、ただその光景を見上げることしかできない。
これは戦闘ではない。
一方的な浄化だ。
セラフィナは縫い止められ、身動きの取れないエンドゼロの眼前にまで歩み寄る。
汚泥にまみれた怪物と、一点の曇りもない聖女。
彼女は慈愛に満ちた、けれど凍りつくほど冷たい瞳で怪物を見下ろした。
「哀れな魂の集合体……。
無理やり繋ぎ合わされ、苦痛に喘ぐその姿。
わたくし、胸が痛みます」
彼女がそっと手を掲げる。
その手元に、膨大な魔素が渦を巻いて収束していく。
それは剣でも槍でもなく、
天まで届くほどの、巨大な光の十字架となって顕現した。
その輝きはあまりに神々しく、直視することすらためらわれる。
「ですから、解放して差し上げます。」
セラフィナが、十字架を静かに振り下ろす。
「聖術式・天上断罪」
放たれた光の奔流。
音はなかった。
衝撃もなかった。
ただ、世界が白一色に塗り替えられた。
エンドゼロの巨体が、触手が、
光の粒子となって溶けていく。
断末魔すら上げることは許されない。
ただ静かに、そして完全に、この世から消し去られていく。
やがて、光が収束し――
再び、地下施設に静寂が戻った。
怪物の残骸も、飛び散った汚泥も、全てが浄化され、
塵ひとつない綺麗な床だけが広がっている。
そして、凍りついているゼノンの方を向き、にっこりと微笑んだ。
「……次は、あなたの番ですわね?」
迫りくる純白の聖女は、ゼノンにとって死神そのものだった。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです
天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。
その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。
元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。
代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ
takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。
遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。
人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。
人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。
吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。
======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは……
======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました
ふわふわ
恋愛
「芋女に王妃の座は似合わぬ」
王都の舞踏会でそう告げられ、婚約破棄された公爵令嬢シュガー・ビート。
甘味は南国からの超高級輸入品。蜂蜜も高価。生乳は腐り、硬いパンしかない世界。
王都で“スイーツの出せるカフェ”など不可能――それが常識だった。
傷心のまま北の領地へ戻った彼女は、そこで気づく。
寒冷で乾燥した気候。天然冷蔵庫のような環境。
そして、てんさいという「甘くなる根菜」の可能性。
転生前の化学知識を武器に、てんさい糖の精製に挑むシュガー。
やがて白砂糖の製造に成功し、さらに自作の膨張剤で“ふわふわのパンケーキ”を生み出す。
硬いパンしかなかった世界に、ふわふわ革命。
安価で安定供給できる北糖は王国経済を塗り替え、
かつて彼女を追放した王都は、今やその甘味なしでは立ち行かなくなる。
「王妃にはなりませんわ。私は甘味の設計者ですもの」
王冠よりも自由を選び、
“北のお菓子の国”を築き上げた令嬢の、爽快経済ざまぁ恋愛譚。
甘さは、諦めなかった者の味。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる