白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

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第57話 引き金を引く覚悟

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「シズ! アメリー!」

ミラの鋭い声が響く。

その呼びかけに応じるように、

二人のメイドが音もなく姿を現した。

「はっ!」

「聞いたわね! 」

ミラは早口で、しかし冷静に指示を飛ばす。

夜幻楼ナイトベールのメンバーに情報伝達!
 あの子たちは潜伏と逃走のプロよ。放っておいても勝手に逃げ切るはずだわ」

ミラは一瞬、視線をライラが残った地下の方角へと向け、すぐに戻した。

「それより……ライラの蒼炎拳団《ブルーフレア》よ。
 あそこの連中は、ライラがいないとただの猪突猛進な馬鹿ばかりだわ。
 そちらをサポートしてあげなさい!
 必ず、彼女たちも忘れずに連れて行くのよ!」

「承知いたしました」

シズが短く頷く。アメリーもスカートの裾を掴み、美しく礼をする。

「もし、邪魔をするエクリプスがいるなら……」

ミラの瞳が、冷酷な光を帯びて細められた。

「――殺しなさい。容赦する必要はないわ」

「御心のままに」

二人のメイドが声を揃える。

「私は他に行くところがある! シズ! アメリー! 頼んだわよ!」

ミラはそれだけ言い残すと、踵を返して走り出した。

「はっ! ミラ様、必ず後で会いましょう!」

シズとアメリーは、再び影の中に溶けるようにして消えていった。

一方、その近くでは。

「エレナ様! これはいったい、何が起きているのですか!」

ギルベルト隊と、エレナ隊の魔法少女たちが、混乱した様子で駆け寄ってきた。

彼女たちはまだ、放送の内容を信じきれていない様子だった。

「話はあと! エクリプスたちが襲ってくるわ!
 今はとにかく、みんなを連れて脱出よ! 急いで!」

エレナが必死に叫ぶ。

その切迫した様子に、彼女たちは事態の深刻さを悟ったようだった。

その中の一人、ギルベルト隊の副官を務める少女が、厳しい表情で進み出た。

「……ギルベルト様」

彼女は敬礼し、震える声ながらも力強く告げた。

「現状、理解いたしました。
 世界がどうなろうと、私たちはギルベルト様の部下です。
 私たちは命に代えても、ギルベルト様をお守りいたします!」


その悲壮な覚悟に、他の隊員たちも頷く。

だが、ギルベルトは彼女の肩を強く掴んだ。

「……馬鹿者」

「え?」

「私の命だけではない。……お前の命もだ」

ギルベルトの瞳が、彼女を射抜く。

「誰一人として死なせるな。ひとつも取りこぼすな。
 それが私の命令だ」

「っ……! は、はいッ!!」


「行くぞ! 総員、全速力で駆け抜けろ!!
クラウディアは私の隊が責任をもって守る!」


ギルベルトとエレナが先頭に立ち、魔法少女たちの集団が動き出す。


「しずく! お前らも自分の隊の所に行け!」

リサが走りながら怒鳴る。


「俺は手の空いている連中を集めて、クラウディアの隊も拾って脱出する!
 あいつが戻ってくるまで、部下を死なせるわけにはいかねぇからな!」


「リサさん……!」

「絶対死ぬなよ!! あとで合流だ!」


リサはそう言い捨てると、別の通路へと姿を消した。


「カレンさん! 行きましょう!」


「ああ、もちろんだ!」


しずくとカレンは、
自分たちの隊である白光隊《ルミナスホワイト》の部屋を目指し、
長い廊下を全力で駆ける。

その最中、前を走るカレンが、背中越しに静かに声をかけた。

「……しずく。覚悟をしておけ」

「え?……なんのですか?」

カレンの声は、冷たく沈んでいた。

「味方を、殺す覚悟だ」

「ッ……!?」

しずくの足がもつれそうになる。

「カレンさん、何を……」

「おそらく、エクリプスたちは襲ってくる。彼らは軍人であり、命令は絶対だ。
 かつての仲間だろうと、容赦なく銃口を向けてくるだろう」

カレンが走りながら、腰の双剣に手をかける。

「しかし、私たちはこんなところで死ぬわけにはいかない。
 セラフィナの野望を知り、止められるのは私たちだけだ。
 私たちが生きて届かなければ、世界は終わる。……わかるな?」


「それは……わかります、けど……!」

しずくの中に、激しい葛藤が渦巻く。

昨日まで背中を預け合い、笑い合った仲間たちだ。それを、自分の手で?

「私は、できているぞ」

カレンの声には、迷いがなかった。

「多くの恨みを買おうとも、地獄に落ちようとも。
 人類を救う元ナンバーズとして……私は覚悟を決めた! 
しずく、お前も決めろ!」

「っ……!」

その時だった。

曲がり角から、数人の兵士――エクリプスたちが飛び出してきた。

「――いたぞ! 反乱分子だ!!」

しずくたちの姿を認めるなり、即座にアサルトライフルを構えた。

「撃てッ! 射殺許可が出ている!!」

ためらいなど、微塵もない。

その殺意に、しずくが身を竦ませた瞬間。

ザシュッ!!

「――え?」

風のような速さで踏み込んだカレンが、先頭の兵士をすれ違いざまに斬り裂いていた。

「ぐ、あ……あぁ……」

兵士が血飛沫を上げて崩れ落ちる。

「ひっ、こいつ……!」

残りの兵士たちが恐怖に狼狽する。

「行くぞ、しずく!!」

カレンは返り血を払おうともせず、駆け抜ける。

殺した相手の顔など見ない。ただ前だけを見据えて。

「は、はいッ!」

しずくは震える足を叱咤し、カレンの背中を追った。

(これが……覚悟……)

そして、ようやくたどり着いた白光隊の部屋の前。

「みんな! 無事か!?」

カレンが勢いよく扉を開け放つ。

しずくも続く。

「みなさん、逃げま……」

言葉は、喉の奥で凍りついた。

「あ……」

鼻をつく、強烈な鉄の臭い。

そこに広がっていたのは、鮮血の海だった。

「う、そ……」

床に折り重なるように倒れているのは、

白い制服の魔法少女たちと、黒い軍服のエクリプスたち。

見慣れた顔。昨日まで一緒に訓練し、食堂で笑い合ったメンバーたちが、

虚ろな目で天井を見上げ、冷たくなっていた。

「ウプッ……! オェッ……!」

あまりの惨状に、しずくはその場に膝をつき、胃の中身をぶちまけた。

「しずく! 大丈夫か!」

カレンが駆け寄り、背中をさする。

「は、はい……だい、じょうぶ、です……」

口元を拭い、顔を上げる。

すると、部屋の奥から静かに歩み寄る集団がいた。

十数名の生存者たち。その先頭に立つ少女が、音もなく前に出る。

緑の髪を軽く揺らし、片目を長い前髪で隠した、忍者のような軽装の少女。

表情にはほとんど変化がないが、その瞳は澄み、そして強かった。

「……隊長。カレン様。ご無事でしたか」

いつもと変わらない、平坦だが芯のある声。リリアだった。

「リリア! 無事だったか!」

カレンが安堵の声を上げる。

「一体何があった! なぜこんなことに……!」

「状況を報告します」

リリアは、足元に転がるエクリプスの死体に冷ややかな視線を落とした。

「あの放送が入った直後、外にいた警備担当のエクリプスたちが錯乱し、
銃口を向けられました。
説得を試みましたが……彼女らは恐怖に支配されていたようです」

彼女は淡々と、事務的に続ける。

「小銃による無差別発砲が開始されたため、自衛戦闘に移行しました。
 元味方ゆえに躊躇いが生まれ、数名の犠牲が出ました」

リリアは悔やむでもなく、ただ事実として報告した。

その冷静さは、極限状態においては頼もしく、同時に恐ろしくもあった。

「生き残ったエクリプスたちは逃亡しました。
おそらく、重装備を整えて戻ってくるはずです」


「そうか……よく守り抜いてくれた」


カレンが頷く。


「リリアちゃん……」


しずくが声をかけると、リリアは片目だけでしずくを見つめ、深々と頭を下げた。

「隊長。無様な姿をお見せしました。
 ですが、我々の戦力はまだ残っています」


彼女の後ろには、血に濡れながらも武器を構える十数名の魔法少女達が控えていた。

誰もが、戦う目をしている。

「今すぐ脱出するぞ! ついてこい!」

カレンが号令をかける。

「了解」

リリアが短く応じ、隊員たちに手信号を送る。

全員が動き出そうとしたその時、しずくはハッとして周囲を見渡した。

いない。一番仲の良かった、あの友人の姿が。


「リリアちゃん!!」

しずくがリリアに詰め寄る。

「あのアヤメちゃん! アヤメちゃんは無事ですか!? 姿が見当たりません!」

その問いに、リリアはわずかに目を伏せた。

「……アヤメは」

リリアの淡々とした口調に、少しだけ苦いものが混じる。

「彼女は真っ先にこの場の混乱を収めようと、
武器を持たずにエクリプスの前に立ちました。
 ですが……言葉が通じる相手ではなかった」

「そ、それで……!?」


「標的にされる前に、私が裏口から強制的に逃がしました。
 脱出した時点では、怪我もなく無事です」

リリアは拳を握りしめ、しずくを見た。

「ですが……今はどうなっているか分かりません。
 通信も途絶えています。」

「そんな……アヤメちゃん……」

しずくの顔が歪む。

(一人で逃げたの? こんな地獄の中で、たった一人で?)

アヤメの心細さを想像し、しずくの足がすくむ。

不安で胸が押しつぶされそうになった、その時。

ポン、と頭に手が置かれた。

「しずく。動揺するな」

カレンだった。彼女は力強い瞳でしずくを見下ろした。

「彼女は優秀だ。お前も知っているだろう?
 そう簡単にくたばるようなヤワな訓練はしていない。大丈夫だ」

「カレンさん……」

「今は、彼女を信じろ。
 私たちがここで立ち止まれば、それこそ彼女と再会できなくなる。
 まずは私たちが生き残るんだ! 行くぞ!」

「……っ、はい!」

しずくは涙をぬぐい、前を向いた。

「総員、脱出!!」

カレンの号令と共に、

白光隊ルミナスホワイトの生き残りたちは部屋を飛び出した。

目指すは、ギルベルトが指定した「マガツ領域側」の出口。

そこへ向かう道中が、さらなる地獄であることを、まだ彼女たちは知らなかった。


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