白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

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第60話 犠牲の背中

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階下へ進むにつれ、空気は灼熱を帯びていく。

壁は溶け、手すりは飴細工のように曲がっていた。

どれほどの激戦だったのか、想像を絶する光景。

そして。

「……あそこ!」

アヤメが指差す。

炭化したように黒く焼け焦げた広間の中心。

瓦礫の上に、

ボロ雑巾のように倒れている人影があった。

「ライラさん!!」

しずくが足の痛みを忘れて駆け寄る。

「……っ」

近くで見て、息を呑んだ。

全身が大火傷でただれ、

制服は皮膚に焼き付いている。

動いている様子がない。

「ミカちゃん! ソラちゃん!」

「はい! 今すぐ診ます!」

ミカとソラが、すぐにライラの体に触れる。

だが、二人の表情が曇る。

「……脈が、ほとんどありません」

ソラが悲痛な声を出す。

「呼吸も止まってる……。
心臓のマッサージをするけど、これは……」

ミカの手が震える。

もう、手遅れなのか。

命の炎は、燃え尽きてしまったのか。

「……諦めないで」

しずくはライラの胸に手を当てた。

「視せて……」

右目に魔力を集中させる。

世界が、魔素の流れだけの視界へと切り替わる。

真っ黒に焼け焦げたライラの肉体。

その奥深く。心臓の、さらに芯の部分。

(……あった)

風前の灯火のように頼りないけれど。

消え入りそうなほど小さいけれど。

まだ、確かに輝く蒼い光があった。

「生きてる……!」

しずくが叫ぶ。

「体内の奥底に、かすかに魔素が光ってる!
 まだ魂は燃え尽きてない! 助かる!」

「本当ですか!?」

「ミカちゃん、蘇生措置を続けて!
 アヤメちゃん、ソラちゃん、移動の準備!
 絶対に連れて帰る!!」

「了解ッ!!」

絶望の淵で、か細い希望の光を掴み取るため、

四人は動き出した。






四人は、ライラを担ぎながら通路を慎重に進み、

ついに「マガツ領域側」のゲート手前までたどり着いた。


物陰から様子を窺う。


ゲート周辺には、激しい戦闘の痕跡があった。

転がっているのは、

先に脱出したギルベルトたちが倒したと思われる中央軍兵士の死体たち。

だが、まだ敵は残っている。

増援部隊がゲート前を固め、

厳重な警戒態勢を敷いている。

「おい、どうする。強行突破か?」

ミカが小声で囁く。

「待って。正面からは分が悪いです。
こっちには瀕死のライラさんがいますし、
流れ弾一発でも当たれば終わりです」

アヤメが冷静に制する。

「……私たちが、やるしかないですね」

ソラが足元に転がっていたエクリプスのヘルメットを拾い上げた。


「なりすまして、ゲートの開閉レバーまで近づきます。そこまで行けば、あとは強引に開けて走り出せる」

「わかった。……行くぞ」

アヤメ、ミカ、ソラの三人はヘルメットを被り、顔を隠した。


しずくは捕虜のように見せかけ、後ろに従う。


カツ、カツ、カツ……。


四人は堂々と通路を歩き、ゲート前の兵士たちへと近づいていく。


「――止まれ! 何者だ!」


ゲートを守る指揮官らしき男が、

鋭く銃口を向けてくる。


「特務第三小隊です」


アヤメがヘルメット越しのくぐもった声で答える。


「反乱分子の魔法少女を捕縛しました。
これより廃棄するため、ゲートを開放してください」

「廃棄? そんな命令は聞いていないぞ。ここで射殺すればいいだろう」

男がいぶかしげに近づいてくる。


「上層部より、見せしめとしてマガツに喰わせろとの内密の指示です。
速やかにゲートを開けてください」

アヤメが一歩も引かずに嘘を重ねる。

その堂々とした態度に、
男が少し迷う素振りを見せた。

「……ふむ。IDを見せろ」

「……はい」

アヤメがポケットに手を入れるフリをして、

距離を詰める。

あと数メートル。レバーは目の前だ。

男が、しずくの方をチラリと見た。

「……待て。その女、手錠もしていないようだが……」

男の目が光った。

「それに貴様ら、装備の汚れ方が不自然だ。
……所属コードを言え」

バレた。

「――ちっ、今しかない!!」

ミカが叫ぶと同時に、
懐から閃光弾を投げつけた。


「うわぁっ!?」

「走れぇッ!!」

目くらましを食らって怯む兵士たちの脇を、
四人は猛ダッシュで駆け抜ける。

ミカがレバーに飛びつき、力任せに下ろした。


重厚なゲートが、鈍い音を立てて開き始める。

外から吹き込む、腐敗した風。

マガツ領域の空気だ。

視力を奪われた兵士たちが、

滅茶苦茶に発砲を始める。


銃弾が床や壁を削り、火花が散る。


「くっ……!」

ゲートはまだ半開き。這って出るしかない。

しずくたちがライラを押し出そうとした、
その時。

「反乱分子め!!」

一人の兵士が、正確にしずくの背中を捉えた。

殺意に満ちた銃口が火を噴く。

避けられない。


しずくが目を瞑り、衝撃に備えた、その瞬間。


何かが、しずくたちの背後――

射線上の間に飛び込んできた。

「――え?」

銃声。そして、肉が弾ける鈍い音。

しずくは恐る恐る振り返った。

そこに立っていたのは、

片腕を失い、ボロボロになった小柄な影。

「わ、わかなちゃん……!?」

白光隊ルミナスホワイトのエクリプス、

わかなだった。

彼女の背中には、

何発もの銃弾が突き刺さっている。

口から大量の血を吐き出しながら、

それでも彼女は両手を広げ、

壁となって立っていた。


「わかなちゃん! どうして!」


しずくが悲鳴を上げる。


わかなは、焦点の合わない瞳でしずくを見て、

泣きながら、けれど穏やかに微笑んだ。


「……わたし……しずく隊長に、銃を向けたのに……」

彼女の声は、

泡立つ血の音と共に途切れ途切れに響く。


「シリーさんは……笑ってくれたんです……。
仲間だもんって……」


彼女の脳裏に、あの瞬間のシリーの笑顔が蘇る。


自分が裏切ったのに、

許してくれた。信じてくれた。


「あの笑顔が……怖くて震えていた私に、勇気をくれたから……っ」



新たな銃弾がわかなの肩を貫く。

それでも彼女は倒れない。


「だから……もう、裏切りたくない……!」


わかなは血反吐を吐きながら叫んだ。


「私にも……守らせてください!
大切な、仲間を……ッ!!」


「っ……!!」


アヤメがしずくの腕を強引に引く。


「行きますよ! しずく様!」


「でも、わかなちゃんが!」


「彼女の願いです! 無駄にしないで!!」


しずくは涙を流しながら、わかなに背を向けた。


「ありがとう……わかなちゃん!!」


四人は半開きのゲートをくぐり、

外の世界へと転がり出た。


背後で、わかなの体が崩れ落ちる音がした。


そして、重厚なゲートがゆっくりと閉まり、

銃声と悲劇を遮断した。


広がるのは、荒涼とした灰色の荒野。


マガツが徘徊する、死の世界。


けれど今は、

そこだけが彼女たちの生きる場所だった。
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