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第62話 №7ライラ・ブレイズ
しおりを挟む(……それは、遠い日の記憶)
意識の底へ沈んでいくライラ・ブレイズの脳裏に、懐かしい景色が浮かび上がった。
幼い頃のライラは、太陽のように元気な子供だった。
貧しくとも、優しい父と明るい母に囲まれ、笑い声の絶えない幸せな毎日。
あの日までは。
「金を出せ! 隠しているのは分かってるんだ!」
深夜、怒号と共に押し入ってきた強盗たち。
父はとっさにライラを抱き上げ、押し入れの奥へと隠した。
「ライラ、静かにしているのよ。……愛してるわ」
震える母の声が最後だった。
隙間から見えたのは、鈍い光を放つナイフと、飛び散る赤い飛沫。
鉄の臭いが充満し、やがて動かなくなった両親。
それ以来、ライラは笑わなくなった。
心を閉ざし、世界から色を失った少女は、
遠い親戚のおばあちゃんに引き取られた。
「ライラ、ほら見てごらん。面白い顔だろう?」
おばあちゃんは、必死だった。
両親を失い、心を殺した孫娘をどうにかして救おうと、毎日毎日、
おどけて見せた。 腰が痛いのに変なダンスを踊り、下手くそな冗談を言い続けた。
ライラは無反応だった。それでも、おばあちゃんは諦めなかった。
ある日、おばあちゃんが庭で派手に転んで泥だらけになったのを見て、
ライラは小さく吹き出した。
「……ふふっ」
たったそれだけのことで、おばあちゃんはボロボロと涙を流して喜んだ。
泥だらけの手で、ライラを強く抱きしめた。
「ああ、よかった……! ライラが笑った。ライラが笑えば、
世界がパッと明るくなるねぇ。 ライラの笑顔は、太陽みたいだ」
その温もりだけが、凍りついた心を溶かしてくれた。
おばあちゃんとの穏やかな日々。
少しずつ、ライラの心に光が戻り始めた頃――悲劇は繰り返された。
今度は、人間ではなかった。
マガツの襲撃。
「逃げるんだよ、ライラ!」
二人で住む町が襲われ、命からがら逃げ出した。
だが、過酷な逃避行は、高齢の体を蝕んだ。
持病が悪化しても、薬はなく、医者もいない。
冷たい雨の降る廃屋で、おばあちゃんは最期の時を迎えた。
「……ライラ。約束しておくれ」
痩せ細った手で、ライラの頬を撫でる。
「笑顔を、絶やしちゃいけないよ」
「おばあちゃん……」
「笑顔はね、周りに伝播するんだ。
辛い時こそ笑うんだ。あなたが太陽になって、
みんなの心に笑顔の花を咲かせなさい……」
手が、力を失って滑り落ちる。
ひとりぼっちになったライラは、泣きながら、それでも無理やり口角を上げた。
大切な約束を守るために。
そして、もう二度と大切な人を奪われないために。
彼女は涙を拭い、拳を握りしめた。
(あたしが、守るんだ。……笑顔で、全部ぶっ飛ばしてやる)
…………
……
意識が、ゆっくりと現実に戻ってくる。
「……っ、う……」
もう、何も見えない。
でも、聞こえる。仲間たちの泣き声が。湿っぽい空気。
(あーあ……みんな、泣かせちまったな……)
ライラは最期の力を振り絞り、口元を緩めようとするが、頬の筋肉さえ動かない。
その時。
「……総員、顔を上げなさいッ!!」
アイリスの、気合いが響いた。
「蒼炎拳団・スローガン斉唱!!」
その命令に、泣き崩れていた隊員たちがハッとする。
アイリスは涙をボロボロと流しながら、それでも仁王立ちになり、叫んだ。
「隊長はいつも言っていました! 『湿っぽいのは嫌いだ』と!
ならば私たちが送るべきは、涙ではありません!!」
アイリスが拳を突き上げる。
「いきます! 蒼炎拳団、心得ェッ!!」
ためらっていた隊員たちが、一人、また一人と立ち上がる。
涙をぬぐい、必死に顔を歪めて、声を張り上げる。
「一つッ! 熱き血潮で仲間を守れ!!」
「一つッ! 不屈の闘志で悪を砕け!!」
野太い声、震える声、金切声。
それらが合わさり、廃墟を揺るがす合唱となる。
そして、最後の一つ。
「そして何より――いかなる時も、常在笑顔!!!」
「「「笑顔を絶やすなぁぁぁぁッ!!!!」」」
全員が、くしゃくしゃの泣き顔で、それでも精一杯の「笑顔」を作った。
「ライラ隊長!! ありがとうございました!!」
「大好きです!! 隊長!!」
「ゆっくり休んでください!!」
その声の輝きは、闇の中に消えゆくライラの魂に、確かに届いた。
(……ははっ。……みんな……)
ライラの目の前に、満開の花畑が広がった。
みんなの笑顔が、色とりどりの花となって咲き乱れている。
ライラの唇が、奇跡的に動いた。
それは、生涯で一番美しい、ニカッとした笑顔だった。
(……おばあちゃん。……あたしは、幸せだったよ)
だって、見てよ。
こんなにも、笑顔の花が咲いたんだから。
ピーーーーーーーーーーーーー……。
無機質な電子音が、長く、長く響き渡る。
英雄、№7.ライラ・ブレイズ。
その生涯をかけて仲間を守り抜いた炎の少女は、
最期まで笑顔のまま、静かに息を引き取った。
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