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第72話 影の巨人(シャドウ・コロッサス)
しおりを挟む「目標、超大型個体! 全砲門、照準!!」
「距離500! 撃てェェェッ!!」
ギルベルトの号令の下、
城壁に配備された全ての火力がアトミック・イーター一点に集中した。
ドゴォォォォォン!!
数百発の魔導砲弾、エクリプス隊の徹甲弾、
そして翠弓結社の風の矢。
それらが一塊の光の雨となって、巨獣の身体に降り注ぐ。
直撃。 爆煙が巨体を包み込み、衝撃波が荒野を揺らした。
「やったか!?」
兵士の一人が身を乗り出す。
だが、煙が風に流された瞬間、戦場に絶望的な沈黙が落ちた。
無傷。 いや、傷どころか、その歩みすら止まっていなかった。
不気味な光を放つ皮膚は、あらゆる攻撃を無効化し、
あるいは吸収してしまっているようだった。
「効いていない……だと……」
「化け物め……!」
翠弓結社の矢は皮膚に刺さる前に溶け、
徹甲弾は弾かれ、魔導砲の熱量さえも餌にされた。
蟻が象に噛み付くような、絶対的な質量差。
ズシィィィン……!!
アトミック・イーターが一歩踏み出す。
このまま進めば、数分で障壁に到達し、その巨大な質量で踏み潰される。
「くっ……!」
ギルベルトは歯噛みした。 絶対秩序で兵士の恐怖を取り除き、
完璧な統率で攻撃しても、物理的に通じないのでは意味がない。
指揮官としての演算が、無慈悲な結論を弾き出そうとしていた。
ギルベルトが拳を握りしめ、冷や汗を流した、その時だった。
「――私がやるわ」
絶望の戦場に、場違いなほど優雅な声が響いた。
ギルベルトがハッとして横を見る。
「ミラ……?」
そこには、強風にドレスの裾をなびかせ、静かに巨獣を見上げるミラの姿があった。
「正気か。あれは、規格外だぞ」
「ええ、分かっているわ。 ……だからこそ、今この場で、
あいつと渡り合えるのは私だけよ」
ミラは自身の足元――どこまでも深く広がる影を見つめた。
「それに……ここが突破されたら終わりだもの」
ミラはギルベルトの方を向き、悪戯っぽく、けれど信頼を込めて微笑んだ。
「指揮官がいなくなれば、手足は動かない。
あなたはここで、雑魚どもの相手をしてなさい。
……大物は、私が引き受けるわ」
「ミラ、お前……」
ギルベルトが何かを言いかけた時、二つの影が音もなくミラの背後に現れた。
「ミラ様! お待ちください!」
「無茶です! お供します!」
夜幻楼の副官、シズとアメリーだ。
常に冷静沈着な彼女たちが、必死に主に縋り付こうとしていた。
「ありがとう、シズ、アメリー。 ……でも、大丈夫。私一人でいくわ」
「そのようなわけにはいきません!」
シズが悲鳴のように叫ぶ。
「あの怪物は……死の塊です!
ミラ様お一人を死地に行かせるなど……影としての誇りが許しません!
どうか、私共を盾にお使いください!」
「いけません、ミラ様! 私も行きます!」
アメリーも一歩も引かない。
だが、ミラは静かに首を横に振り、冷徹な声色を作った。
「――いいえ。これは命令よ」
「ッ……!?」
ミラは障壁の下を指差した。
「見てなさい。敵はあの図体だけじゃない。
まだ無数のマガツが押し寄せてきているのよ。
ここの防衛線には、あなたたちの戦力が必要不可欠なの」
ミラは二人の肩に手を置き、諭すように言った。
「あなたたちが抜けたら、それこそ終わりよ。
私が命を懸けて守ろうとしている場所を……あなたたちが守りなさい」
「ミラ様……」
「それに」
ミラはふふっと、艶やかに笑った。
「勘違いしないでちょうだい。 私は、負けるつもりなんてないわ」
その瞳に宿る、絶対的な自信。
シズとアメリーは、言葉を失った。
主の決意が、揺るがないことを悟ってしまったからだ。
「……以上よ。会話は終わり」
ミラは踵を返し、城壁の縁へと歩き出した。
風が強くなる。 眼下には、地獄のような光景と、迫りくる山のような絶望。
ミラは、城壁の端で一度だけ立ち止まった。
背中を向けたまま、少しだけ間を置いて、静かに名を呼んだ。
「……シズ」
「……は、はい」
震える声で答える忠臣。
「あとは……頼んだわよ」
それだけ言い残し、ミラは虚空へと身を投げた。
「ミラ様ァァァァッ!!!」
シズの絶叫が響く中、ミラの体は重力に従って落下していく。
迫りくる地面。群がるマガツたち。
だが、彼女の表情に恐怖はない。
(さあ……舞踏会の時間よ)
ミラが瞳を見開く。
「――影展開」
ドロリ。 彼女の影が、爆発的に膨れ上がった。
それはインクをぶちまけたように空間を浸食し、
落下するミラの体を包み込んでいく。
「影の巨人!!」
ズゥゥゥゥン……!!
ミラの体が地面に激突する寸前、
影が実体化し、巨大な質量となって大地を踏み砕いた。
舞い上がる土煙。 その中から立ち上がったのは、
漆黒巨人のシルエット。
その大きさは、アトミック・イーターに匹敵する。
『……さあ、お相手願おうかしら』
巨大な影の顔に、二つの金色の瞳が灯る。
ミラの声が、空間を震わせて響き渡った。
人類最後の砦を背に、二体の怪獣が対峙する。
伝説に残る、大激戦の幕開け。
『……ぐ、うぅ……ッ!!』
影の巨人の中にいるミラの脳髄を、焼けるような激痛が貫いた。
頭が割れるようだ。 視界がチカチカと明滅し、耳鳴りが止まらない。
(……だから、この技は使いたくなかったのよ)
影の巨人。
自身の影を極限まで拡張し、実体化させて纏う奥義。
だが、その代償は計り知れない。
数万トンの質量を精神力だけで制御する負荷は、
ミラの脳と神経をヤスリで削るように蝕んでいく。
(でも……今はこれしかない!)
ミラは悲鳴を上げる神経を意志の力でねじ伏せ、
巨人の中で深く身を沈めた。
陸上選手のクラウチングスタートのような、低い姿勢。
それに合わせて、影の巨人もまた、大地に手をつき、脚に力を溜める。
狙うは一点。あの光る大型の化け物の顔面のみ。
『――ッ!!』
ドンッ!!!!
地面を蹴ると同時、大地が爆ぜた。 巨体が砲弾のように射出される。
その圧倒的な質量の突進により、
足元に群がっていた数百体のマガツたちが、
まるで砂粒のように吹き飛ばされ、宙を舞った。
雑魚になど目もくれない。 ただ一直線に、王との距離を詰める。
『オオオオオオオオオオッ!!!』
ミラは走りながら、巨大な右腕を大きく振りかぶった。
影の拳が凝縮され、鋼鉄以上の硬度へと変化する。
対するアトミック・イーターもまた、突進してくる黒い影に気づいた。
感情のない巨大な口を開き、丸太のような太い右腕を振り上げる。
真正面からの殴り合い。 サイズは互角。
だが、質量と出力は向こうが上。 ならば、気迫で上回るのみ。
『舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』
ミラの絶叫と共に、影の拳が放たれた。
ドォォォォォォォォォォン!!!!!
二つの巨拳が空中で激突した。
その瞬間、世界から音が消えたかのような衝撃波が発生する。
大気が歪み、周囲にいたマガツたちが衝撃だけで挽き肉となって四散した。
『ぐ、ぅぅぅぅッ!?』
競り合いは、一瞬だった。 ミシィッ、と影の腕に亀裂が走る。
アトミック・イーターの圧倒的な力が、ミラの拳を押し返し、弾き飛ばした。
『きゃああっ!?』
圧倒的な質量の暴力。 ミラの巨体は紙切れのように吹き飛ばされ、宙を舞った。
ズガァァァァァァン!!!!!
背後の障壁――ユナイトアークの防衛壁に、背中から激突する。
要塞全体が激震し、壁に取り付いていた無数のマガツたちが、
その衝撃でボロボロと地面に振り落とされた。
「ミラ!!」
「ミラ様!!」
ギルベルトとシズの悲痛な叫びが聞こえる。
障壁の石材がガラガラと崩れ落ち、土煙が舞う。
『……っ、ぁ……』
影の装甲が剥がれ落ち、中枢にいるミラも口から血を吐いた。
全身の骨が軋んでいる。
正面からぶつかって、力負けした。
伝説の怪物は、伊達ではなかった。
『……なんなの、あの強さ……』
ミラは霞む視界で、悠然と立ち尽くす巨人を睨みつけた。
『反則じゃない……ふざけんじゃないわよ……』
恐怖よりも先に、怒りが湧き上がってくる。
女王としてのプライドが、敗北を拒絶する。
『ふざけんじゃないわよぉぉぉッ!!!』
ミラは瓦礫を跳ね除け、再び立ち上がった。
影の巨人が再生し、咆哮を上げる。
勝てないかもしれない。 だが、一秒でも長く、この身が砕けるまで食らいつく。
『死んでも……通さないんだからッ!!』
ミラは血の混じった叫びと共に、再び絶望的な巨体へと突っ込んでいった。
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