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第94話 断ち切られた言葉
しおりを挟む「……っ、ぁ……」
しずくは、その場に崩れ落ちそうになった。
知らなかった。
お姉ちゃんが、あんな……あんなにも悔しい、惨めな最期を迎えていたなんて。
仲間を守るために。 その優しさにつけ込まれて、殺されたなんて。
「どう? 傑作でしょう?」
セラフィナが拍手をする。
「あの子はね、弱かったから死んだんじゃないの。 優しかったから死んだのよ。 正義だの愛だの……。そんなくだらない足枷をはめていたから、私に負けたの」
セラフィナは、目の前の瑠璃に視線を送る。
「だから私は、あの子を作り直してあげたの。
余計な感情を取り除き、ただ命令に従うだけの、完璧な殺戮兵器としてね。
ほら、今のあの子を見てごらんなさい。迷いがないでしょう?
これこそが、瑠璃がなりたかった最強の姿よ!」
「……違う」
しずくが呻く。 涙で視界が歪む。
「お姉ちゃんは……そんなものになりたくなかった……」
「あら、そうかしら? でも現実はこうよ。さあ、続きを始めましょうか」
セラフィナが指を鳴らす。
「殺しなさい、瑠璃。
その鎌で、妹の心臓を貫いて……あなたの強さを見せて頂戴」
「……対象……排除……」
瑠璃が動く。 先ほどの映像で見た、生前の瑠璃と同じ……
それより鋭く、冷徹な動き。
「う、あぁ……ッ!」
しずくは盾を構えるが、腕に力が入らない。
脳裏に焼き付いた映像が、フラッシュバックする。
血を流して倒れる姉。 ごめんねと呟く最期の顔。
(だめだ……)
目の前の敵は、私の大好きなお姉ちゃんだ。
私を愛して、私を想って死んでいった、優しいお姉ちゃんだ。
その体を、どうして傷つけられる?
「しまッ――」
ドゴォォォォン!!
瑠璃の鎌が、しずくの盾を吹き飛ばした。
「きゃああああッ!?」
しずくが無防備に宙を舞う。
受け身を取ることもできず、背中から床に叩きつけられる。
激痛。 だが、それ以上に絶望が重い。
「ハァ、ハァ……ッ」
しずくが見上げると、瑠璃が冷たい瞳で見下ろしていた。
その鎌の切っ先が、しずくの喉元に向けられる。
「終わりよ、しずくちゃん」
セラフィナの声が、死刑宣告のように響く。
「お姉ちゃんと同じように、無様に死になさい。
そして地獄で仲良く、その無力な正義を嘆き合うといいわ」
瑠璃が振り上げる。
「……お姉、ちゃん……」
しずくは瞳を閉じた。 抵抗する気力が、もう残っていなかった。
姉の愛を知れば知るほど、姉への殺意が消えていく。
姉に殺されるなら、それでもいいとすら思えてしまう。
振り下ろされる。 死の風切り音が迫る。
その瞬間。
カチン。
しずくの胸元で、銀のネックレスが鳴った。
『諦めるな、しずく』
脳裏に響く、厳しくも温かい声。
『しずくさん。貴女は……立派な魔法少女です』
優しく頭を撫でてくれる感覚。
「……ッ!?」
しずくの目が見開かれる。 そうだ。 私は一人じゃない。
セレスさんが、カレンさんが、命を繋いでくれた。
ここで私が死んだら、お姉ちゃんの無念は誰が晴らす?
このままじゃ、お姉ちゃんはずっとセラフィナの人形のままだ。
「……違う」
しずくの手が、床を掴む。
「死んで……たまるか……ッ!」
「お姉ちゃんを……返せェェェェェェッ!!!」
「生意気ねぇ……!」
セラフィナが不快そうに顔を歪める。
「壊しなさい、瑠璃!
そんな出来損ないの妹なんて、肉塊に変えてしまいなさい!」
ドガァァァン!!
背中から床に叩きつけられる。 呼吸ができない。
視界が揺れる中、土煙の向こうから、瑠璃がゆらりと歩み寄ってくる。
その動きに、先ほどまでの精密さはなかった。
どこかぎこちなく、まるで錆びついた機械が無理やり動いているかのような違和感。
(動きが……鈍ってる?)
しずくは痛む右目を開いた。
世界の色が反転する。 瑠璃の体を蝕むドス黒いマガツの泥。
その奥底で、小さな碧い光が、必死に藻掻いているのが見えた。
『……やめ、て……』
『しずくを……傷つけたく……ない……』
(お姉ちゃん……!)
光が明滅している。 苦しんでいる。
自分の意志とは裏腹に、最愛の妹を殺そうとする肉体を、
魂が必死に食い止めようとしているのだ。
「対象……排除……」
瑠璃が大鎌を振り上げる。 だが、その腕は細かく震えていた。
「トドメよ、瑠璃! 何をしているの! さっさと刺しなさい!」
セラフィナの苛立ち混じりの命令が飛ぶ。
「……う、あ……ぁ……」
瑠璃が呻く。 命令と抵抗の狭間で、思考回路が焼き切れそうだ。
ドサッ。
瑠璃がしずくの上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
馬乗りの状態。
逃げ場はない。 瑠璃の両手が、しずくの首へと伸びる。
「……ぐッ!」
首が絞まる。 強い力。 だが、殺すための力ではない。
まるで、何かにすがりつくような、震える手。
ポタリ。
しずくの頬に、熱い雫が落ちた。
「……え?」
しずくが見上げる。
そこには、虚ろなガラス玉のようだった瞳に、
生気が戻りつつある姉の顔があった。
「……し、ず……く……」
「……ッ!?」
しずくの目が見開かれる。 ノイズ交じりの機械音声ではない。
優しくて、少し泣き虫だった、あの日のお姉ちゃんの声。
「お姉……ちゃん……?」
瑠璃の表情が歪む。
能面のように張り付いていた殺意が剥がれ落ち、
人間らしい、悲痛な表情が浮かび上がる。
「あ……あぁ……」
瑠璃の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
彼女は自分の手が妹の首を絞めていることに気づき、パッと手を離した。
そして、自分の汚れた手を呆然と見つめる。
「わたし……なにを……」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
しずくが叫ぶ。 間違いなく、そこにいるのは姉だ。
セラフィナの呪いを、姉の想いが凌駕したのだ。
「……しずく……。 おおきく……なったね……」
瑠璃が、震える手でしずくの頬に触れる。
冷たい指先。でも、そこには確かな愛があった。
「ばかな……」
玉座から、セラフィナの狼狽した声が響く。
「ありえない……!魔素のみで!? 記憶も、人格も、無いはずなのに!!
なぜ……なぜ人形が泣くのよッ!?」
セラフィナが爪を噛む。 彼女の完璧な計算が、狂い始めていた。
「お姉ちゃん……よかった……! 戻ってきてくれたんだね……!」
しずくが瑠璃の手を握りしめる。
だが。
「……しずく。わたしを……殺して」
「……え?」
しずくの言葉が詰まる。
瑠璃は、悲しげに微笑んでいた。
「もう……じかんが、ないの……。
わたしは……もうすぐ、完全にのっとられる……」
瑠璃の首筋に、黒い紋様が浮かび上がってくる。
マガツの浸食が、抵抗する魂を塗りつぶそうと再起動を始めている。
「このままだと……わたしは、本当にあなたを殺してしまう……。
それだけは……いや……」
「そんな……! 嫌だよ! やっと会えたのに!助けるって決めたのに!」
しずくが首を振る。 嫌だ。絶対に嫌だ。
「おねがい……しずく……」
瑠璃がしずくの手を取り、自分の心臓――核がある胸へと導く。
「あなたの手で……おわらせて……。 大好きな……あなたの手で……」
「お姉ちゃん……ッ!」
「ふざけるなッ!!!」
セラフィナの金切り声が、姉妹の時間を切り裂いた。
「私の人形が……所有者に逆らうなんて! ありえない!
許さない! そんな不良品は認めないッ!!」
セラフィナが玉座から立ち上がり、右手を突き出した。
「強制執行!! 私の命令に従え、瑠璃ッ!!」
ドス黒い波動が、セラフィナの手から放たれ、瑠璃の背中に突き刺さる。
「ガ、アアアアアアアアアアアッ!!!!」
瑠璃が背中を反らせて絶叫した。 まるで全身に電流を流されたような激痛。
浮かび上がっていた黒い紋様が、生き物のように脈打ち、
瑠璃の全身を侵食していく。
「やめて!!」
しずくが叫ぶが、瑠璃の体は痙攣し、白目を剥いている。
「あ……が……あ、あ……」
瑠璃の視線が、しずくを捉える。
最後の理性。 消えゆく意識の中で、彼女は必死に言葉を紡ごうとした。
「……あ……い……」
「お姉ちゃん!」
「……しずく……。 わたしは……あなたを……」
瑠璃の口元が動く。 愛してる。 そう言おうとした、その瞬間。
バチィッ!!
黒い閃光が、瑠璃の脳髄を焼き切った。
「――あい……し……」
瑠璃の瞳から、光が消えた。 涙で濡れていた優しい瞳が、一瞬にして赤黒く濁り、無機質な殺意に塗り替えられる。
「……あなたを――」
カッ!
瑠璃が武器を振り上げた。 その表情は、もう姉のものではなかった。
「――殺ス」
「ッ!?」
ズドォォォォォン!!
振り下ろされた鎌が、しずくの顔の横の床を粉砕する。
ギリギリで首を捻って回避したが、石の破片が頬を切り裂く。
「殺ス……殺ス……殺ス……」
瑠璃が壊れたレコードのように繰り返す。
その目には、妹への愛など微塵も残っていない。
あるのは、セラフィナへの絶対服従と、破壊衝動だけ。
「あはははは! そうよ! それでいいのよ!」
セラフィナが高笑いする。
「愛? 絆? そんな不確定なもので、私の支配が揺らぐとでも思った?
さあ、続きを始めましょう! 愛する妹を、その手で殺しなさい!!」
瑠璃がしずくの首を鷲掴みにし、そのまま放り投げた。
ドガッ!
しずくが床を転がる。 起き上がろうとして、顔を上げる。
そこには、無慈悲な殺戮マシーンへと戻ってしまった姉の姿があった。
「お姉……ちゃん……」
もう、声は届かない。 涙も届かない。
(もう……ダメなの?)
しずくの胸で、銀のネックレスが冷たく光った。
瑠璃が地を蹴った。
先ほどまでとは比較にならない、限界を超えた魔力暴走状態。
愛を塗りつぶされた姉が、死神となって迫ってきた。
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