白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

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第104話 空へ還る声

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ユナイトアーク障壁、正面防衛ライン。


「ぐううぅぅ……ッ!!」

結界を一手に任されていた翠弓結社ヴェルデントアローの魔法少女たちが、
苦悶の声を漏らす。

 過剰な魔力行使により、彼女たちの目や鼻からは血が流れ、
意識は飛びかけている。


「耐えろ! みんな頑張れ!!」 

「ここで我々が引いたら、後ろが全滅するぞ!」 

「我々しかいないんだ! 翠弓の意地を見せろォォォッ!!」


互いに声を張り上げ、震える足で踏ん張る。 

だが、精神論ではどうにもならない限界が無慈悲に訪れる。

 プツン、プツンと、魔力切れを起こした者が、
糸が切れた操り人形のように次々と倒れていく。

「くそっ……もう、だめか……ッ」


防ぐ手立ては、もうない。


「すまない……。 指揮官である私が、不甲斐ないばかりに……」



ギルベルトは愛用の拳銃を握りしめ、苦渋の表情で唇を噛んだ。


 守り抜くはずが、最後は部下たちを道連れにする形になってしまった。


その時、鋼律連盟アイアンコード副官エリオットが静かに歩み寄り、
ギルベルトの隣に立った。



「そんなことはありません、ギルベルト様」 

「エリオット……?」 


「貴女の指揮でなければ、我々はとうの昔に全滅していました。
……最後まで、お供いたします」


エリオットだけではない。
 周囲の兵士たちが、ギルベルトを見て頷いていた。

 全員が分かっている。

 これから突撃すれば、間違いなく死ぬ運命だと。

 それでも、彼女らの瞳に恐怖による敗走の色はなかった。


「……そうか」


ギルベルトは涙をこらえ、前を向いた。




「アヤメ……今まで、ありがとうね」


ミカが震える手で武器を構え、隣のアヤメに微笑みかけた。


「こちらこそ……。 ミカと会えて、楽しかったです……」

アヤメは弾を込め、ギュッと目を閉じた。

 迫りくる黒い波。 飲み込まれるのは時間の問題だった。


「アヤメ!ミカ!私の後ろに隠れていろ!!」


リリアが二人の前に飛び出し、クナイを構える。


「リリアさん!?」 

「無駄です! もう防げません!」


「諦めるな! 最後まで!」

リリアは吼えた。その脳裏に浮かぶのは、大切な仲間たちの顔。

リリアが歯が砕けんばかりに食いしばる。 しかし、現実は非情だ。

「そ、総司令……ッ! 翠弓結社ヴェルデントアローが、もう限界です!!」

結界の最前線を支えていた魔法少女の一人が、目から血の涙を流しながら絶叫する。 魔力回路が焼き切れ、全身から煙を上げながら、それでも彼女たちは手を離さない。

「くそおおおおッ!! 保ってくれぇぇぇッ!!」

だが、祈りは届かなかった。

パリーンッ……!!

無情にも、最後の結界が砕け散った。 ガラス細工のように儚く散った光の破片の向こうから、絶望が雪崩込んでくる。

防御壁が消滅し、堰を切ったように無数のマガツが押し寄せてくる。 黒い津波。 飲み込まれれば、骨一つ残らない。

もはや、躊躇している暇はない。

「怯むなァッ!!」

ギルベルトが、誰よりも早く最前線へと飛び出した。

 彼女は愛用の拳銃を構え、部下たちに背中を見せて吼えた。

「私の背を見て戦え!前を向け! 
散っていった仲間たちの為に!!我らの誇りを刻み込めェッ!!」


その背中は、震える兵士たちを鼓舞する最後の希望。


「突撃ィィィィィッ!!!」


ギルベルトが先陣を切って飛び出した。 死兵と化した人類の、最後の特攻。


「ウオオオオオオオオオオオオッ!!!」


全員が続く。 涙を捨て、恐怖を怒りに変えて。


黒い波が目の前まで迫る。

 鋭利な爪が、牙が、兵士たちの喉元に届こうとした、その刹那。


シュゥゥゥゥ……。


「……え?」


誰かの声が漏れた。

目の前にいたマガツが、陽炎のように揺らぎ、光となって消滅したのだ。

 一体だけではない。 

戦場を埋め尽くしていた数万の敵が、

次々と光の粒子となって空へ還っていく。


戦場に、痛いほどの静寂が落ちる。

 風の音だけが響く。

 誰一人として動かない。いや、動けないのだ。

 これは夢ではないか。動けばまた、あの地獄が再開するのではないか。


 そんな恐怖と疑念が、少女たちの足を縫い止めていた。


「ギ、ギルベルト様……」


副官のエリオットが、よろめきながら近づいてきた。

 その顔は泥と涙でぐちゃぐちゃで、縋るようにギルベルトの袖を掴んだ。


「私たちは……生きているんでしょうか……? 
もう……終わったと……そう思っていいのでしょうか……?」


その問いかけは、その場にいる全員の心の声だった。

 皆が、ギルベルトを見ている。

 指揮官の言葉で、この信じられない光景を現実にしてほしいのだ。

「……あぁ」


ギルベルトは、エリオットの震える手に自分の手を重ねた。

 温かい。生きている人間の体温だ。


「……エリオット。 夢ではない。……我々は、ここにいる」


ギルベルトは一つ大きく息を吸い込み、涙をこらえて振り返った。

 ここで自分が泣き崩れてはいけない。

 生き残った娘たちに、夜明けを告げるのが、指揮官の最後の義務だ。


「総員、聞け!!」


その声が、静寂を破った。 かすれているが、戦場を支配する凛とした響き。

 少女たちの肩がビクリと震え、全員が指揮官を凝視する。


ギルベルトは空を指差した。


「空を見ろ!敵影はない!……悪夢は去ったのだ!!」


どよめきが広がる。 隣の仲間の顔を見る。自分の手を見る。


「我々は……生き延びた! 人類の……我々の勝利だァァァッ!!!」


「「「…………ッ!!」」」


一瞬の空白。 指揮官の言葉が脳に染み渡り、
それが絶対的な現実だと理解した瞬間。

 張り詰めていた糸が切れ、堰を切ったように感情が爆発した。


「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」」」


割れんばかりの大歓声。

 少女たちが銃を放り出し、隣の仲間と抱き合う。

 地面に突っ伏して泣く者、空に向かって吠える者。


生きてる。勝った。終わったんだ。


その歓喜の輪の中心で。


ギルベルトは、ゆっくりと銃をホルスターに納めた。

 そして、そのまま動かなくなった。

 背筋は伸びている。表情も崩していない。

 だが、その碧い瞳から、一筋、また一筋と、静かな涙がこぼれ落ちていた。


「……すまない」


誰に聞かせるでもなく、彼女は唇を震わせた。


「私のせいで……多くの命を……無くしてしまった。 
未来ある娘たちを……私の采配で死なせてしまった……」

脳裏に浮かぶのは、戻らなかった部下たちの顔。

いつも笑っていたあどけない少女達。 

恐怖に震えながらも、
最後まで引き金を引くのをやめなかったエクリプスと魔法少女。

 彼女たちの屍の上に、今の自分は立っている。

 その罪悪感が、勝利の喜びよりも重く、

ギルベルトの心を締め付けた。

「ギルベルト様……」

生き残った鋼律連盟アイアンコードたちが、
涙ながらにギルベルトを囲む。 

顔に傷を負った魔法少女が、泥だらけの手で胸を押さえた。


「謝らないでください……! 
貴女のせいじゃない。私たちは、貴女だから付いてきたんです!」


「そうです! ギルベルト様が最前線に立ってくれたから! 
誰よりも苦しんで、私たちを守ろうとしてくれたから! 
だから私たちは……最後まで誇りを持って戦えたんです!」


「死んだあの子たちだって、貴女に謝られることなんて望んでません! 
 『守りきったぞ』って……そう胸を張ってくれることを望んでるはずです!」


「みんな……」


ギルベルトが顔を上げる。 

そこには、生きて帰れたことを喜ぶ顔ではなく、
指揮官への信頼と敬愛に満ちた、勇敢な戦乙女たちの顔があった。


部下たちが、示し合わせたように直立不動の姿勢をとる。

 ザッ! 


一糸乱れぬ音と共に、全員が一斉に敬礼した。 


それは、共に地獄を歩んだ指揮官へ、
そして散っていった姉妹たちへの、最大級の敬意。


「……感謝する」


ギルベルトは袖で静かに涙を拭うと、軍靴の踵を鳴らした。


 背筋を伸ばす。 軍人として、彼女らの想いに応えるために。



彼女は震える手で、ビシッと敬礼を返した。 

その視線は、青く澄み渡り始めた空へと向けられている。


(今は叫ぼう――)


ギルベルトは心の中で、空へ語りかけた。


(この歓声が……空へ還った仲間たちに届くように。
我々は守り抜いたと。君たちの死は、決して無駄ではなかったと。 
この魂の限り……勝利を叫ぶのだ)


「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」」」


生き残った者が死者へ捧げる、悲しくも力強い歓声。
 万人の想いが込められた歓声は、
いつまでも、いつまでも戦場の空に響き渡った。


そんな中、歓声に混じって三つの影が走り出した。


「行くぞ、アヤメ、ミカ!」 

「はいッ!」 

「リリアさん、待ってください!」

アヤメ、ミカ、リリアの三人は、涙を拭い、城内へと駆け出した。


 目指すは最上階。 世界を救った、たった一人の英雄――しずくの元へ。
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