白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

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第105話 涙の救護室

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ユナイトアーク内部、救護室。

分厚い壁の向こうから、仲間たちのどよめきと、

爆発的な歓声が微かに聞こえてくる。


 それは、長い戦いの終わりを告げる凱歌だった。

「……勝った」

静かな部屋の中で、シズがポツリと呟いた。

 彼女は、ベッドの横に置かれた椅子に座り、ミラの手をそっと握りしめた。


「ミラ様……。勝ちましたよ。 人類が……生き残りました。
ミラ様が、皆を導いてくださったお陰です」


「……違うわ、シズ」


ミラは、壁を向いた。 その顔は蒼白で、目元は赤く腫れている。

「私のお陰なんかじゃない。……アメリー、みんなのお陰よ……」


ミラは唇を噛み締め、震える声で紡ぐ。


「アメリーが……盾になってくれたから。
みんなが……命を捨てて戦ってくれたから……」


「……はい。そうですね」


シズもまた、涙をこらえることができなかった。

 アメリー。夜幻楼《ナイトベール》のみんなが命を懸けてつないだ未来。


「……シズ、アンナは?」


ミラが、すがるような目で問う。


シズは隣のベッドを見る。



 アンナは静かに目を閉じ、寝息を立てているように見えた。 


「アンナさんは……寝ていますよ。薬が効いているみたいです。
今は大丈夫ですよ、ミラ様」


「そう……」


ミラは、糸が切れたように起き上がった。 そして、アンナに背を向けた。


「……こんな顔、妹には見せられないから」


「ミラ様……」

「……う、ぅ……」

ミラはシズの胸に飛び込み、子供のようにしがみついた。

№8という重い肩書も、姉としての気丈さも、今はもう保てない。

 彼女はただの、心に深い傷を負った一人の無力な少女だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!! ごめんなさい……ッ!ごめんなさいアメリー……ッ!  みんな……みんな死んじゃった……! 私のせいで……私が弱いから……ッ!!」


「違います……ッ! 違います、ミラ様……ッ!」


シズはミラを強く抱きしめ、共にボロボロと涙を流した。

 嗚咽で言葉が詰まる。 それでも、主の背中をさすりながら、必死に声を絞り出す。


「貴女のせいでは……ありません……!
 アメリーも……ヴァネッサも、ヘルガも……! 
みんな……ミラ様を守るために……正義のために戦って……ッ! 
彼女らは……誇りを持って逝ったのです……!」


「でもぉ……!でもぉ……ッ!! 辛いよぉ……!寂しいよぉ……ッ!!」


ミラは泣きじゃくった。 勝利の喜びなどない。 

あるのは、失ったもののあまりの大きさと、生き残ってしまった罪悪感。

 その叫びは、救護室の冷たい空気を震わせた。


震えるミラの背中を、シズは片腕で折れそうなほど強く抱きしめた。 

そして、濡れた頬をミラの髪に押し付け、誓うように囁いた。


「私が……私が、そばにおります……」


「……シズ……ぅ……」


「アメリーたちの分まで……私が……ッ。
これからも……ずっと、ずっとです……ッ! だから……ミラ様ぁ……ッ!」


最後はシズも言葉にならず、主と共に泣き崩れた。


「シズぅぅぅぅぅぅッ……!!」


二人は抱き合い、互いの体温だけを頼りに、枯れることのない涙を流し続けた。


そのすぐ横で。


死んだように眠っていたはずのアンナの瞼が、ピクリと動いた。

アンナは歯を食いしばり、声を殺して耐えていた。

ツゥー……。

アンナの閉じた瞳の端から、一粒の涙が流れ落ちた。 

それは頬を伝い、枕へと静かに吸い込まれていく。

 彼女の体は、シーツの下で小さく、小刻みに震えていた。





同時刻。


 ユナイトアーク、――生命の間、前。


「ハァ……ハァ……ッ!」

絶対零度の空間。 

しかし、クラウディアの呼吸は乱れ、立っていることすら限界だった。


右袖が、だらりと垂れ下がっている。

 常時展開していたはずの「氷の義手」は、敵の猛攻によって根元から粉砕され、


もう再生する魔力すら残っていなかった。



「グルルルルル……ッ!!」


目の前には、破壊の権化、涯骸ガカイ

再生能力と破壊衝動は留まることを知らない。


(魔力切れか……。 だが、ここを退くわけにはいかん……!)


クラウディアは覚悟を決める。

 残った左手に氷の剣を生成し、扉の前に仁王立ちする。 

たとえ肉弾戦になってでも、この命を壁にしてでも。


我壊が咆哮し、トドメの爪を振り上げた。


「一歩も……通さんッ!!」


クラウディアが吼える。


だが、その爪が振り下ろされることはなかった。

パァァァァン……。


涯骸《ガカイ》の体が、突如として内側から光り輝き出したのだ。

 それはガラス細工が砕けるように、美しい光の粒子となって崩壊していく。


「な……?」


クラウディアが目を見開く。

 本体であるセラフィナからの魔力供給が断たれたのだ。

 召喚維持ができなくなり、怪物は強制的に送還されていく。


粒子が雪のように舞い散る中、静寂が戻る。


「……そうか」


クラウディアの手から、氷の剣がカランと落ちて砕けた。

 張り詰めていた糸が、プツリと切れる。


「やったのだな……しずく、リサ……」


ドサッ。


氷の女帝は、優雅さをかなぐり捨てて、その場に座り込んだ。

 背中の冷たい扉に、ずりと体重を預ける。


虚空を見上げ、ふと、亡き戦友たちの顔が浮かんだ。


「ライラ……ガレス……」


散っていった仲間たち。


「君たちが……命を懸けて繋いだもの……守ったぞ」


その口元に、微かな、けれど誇らしげな笑みが浮かぶ。

 守りきった。 未来へ繋げた。 その事実だけで、もう十分だった。


「ふぅ……」


鉛のような脱力感が彼女を襲う。

「流石に……疲れたな……」


クラウディアは静かに瞳を閉じ、そのまま深い闇の中へと沈んでいった。
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