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第106話 絶望の置き土産
しおりを挟むズドォォォォォォォォォォォン!!!!!
聖槍がセラフィナの胸を貫通した。
衝撃で吹き飛ばされることもなく、
糸が切れた操り人形のように、彼女の体はその場に崩れ落ちた。
ドサッ……。
冷たい床に、赤黒い血が広がっていく。
即死ではない。だが、助かる見込みなどない致命傷だ。
胸に空いた風穴からは、生命力と共にドス黒い魔力が煙のように漏れ出している。
「あ……が……っ、は……」
セラフィナは床に這いつくばったまま、ピクリと痙攣した。
焦点の合わない瞳が、虚ろに天井を見上げている。
「そ、んな……馬鹿な……」
口の端から血泡が溢れる。
「この私が……神になる、はずの……私が……こんな……」
指先が床を掻くが、起き上がる力すら残っていない。
ただ死を待つだけの肉塊。 それが、傲慢な魔女の末路だった。
「……はぁ、はぁ……ッ」
しずくは槍から手を離し、その場に膝をついた。 もう、指一本動かせない。
全身の痛みと、魂を削りきった反動が、一気に押し寄せてくる。
(勝った……。本当に……?)
まだ実感が湧かない。 けれど、もう殺気は感じない。
しずくは胸元で光を失ったネックレスを握りしめ、天を仰いだ。
「お姉ちゃん……。みんな……ありがとう」
虚空に向かって、震える声で感謝を告げる。
散っていった多くの仲間たち。
みんなが支えてくれたから、ここまで来られた。
「そうだ!リサさん、マルセラさん!」
しずくはハッとして、瓦礫の方へ振り返った。
そこには、ボロボロになりながらも互いに支え合う二人の姿があった。
リサが、傷ついたマルセラの肩を貸し、
足を引きずりながらこちらへ歩み寄ってきていた。
「へへっ……。すげぇよ、しずく……。お前……マジでやりやがったな……」
リサが顔中を血と泥で汚しながら、最高の笑顔を見せる。
「しずくちゃん。よくやってくれたわね」
マルセラもまた、黒いドレスを破かれ、満身創痍の状態ながら、
優しく微笑んでいた。
それが何よりも、しずくの胸を熱くした。
「……みなさんのお陰です」
しずくは首を横に振り、涙をこらえて答えた。
「ここまで来るのに……本当にたくさんの人が犠牲になりました。
カレンさんが道を拓いてくれて、
セレスさんが希望を繋いでくれて……お姉ちゃんが力を貸してくれて。
私一人の力じゃ、絶対にできませんでした」
「ああ、そうだな……。あいつらも、きっと見てるさ」
リサが空を見上げる。
勝利の余韻。 誰もが、これで終わったと信じていた。
悪夢は去ったのだと。
だが。
「くそおおおおおおおおおおッ!!!!!」
耳をつんざくような絶叫が、玉座の間に響き渡った。
「ッ!?」
三人が弾かれたように振り返る。
床に転がっていたはずのセラフィナが、
血反吐をまき散らしながら、怨念だけで上半身を起こしていた。
「セラフィナ……!」
「まだ息があったのか!?」
「このまま……このまま終わってたまるかああああああッ!!」
セラフィナの全身から、どす黒く、禍々しいオーラが爆発的に噴出した。
それは瀕死の人間が出せる魔力量ではない。
自らの魂すら燃料にくべた、最後の悪あがき。
「くっ!!」
しずくがとっさに盾を構える。
「野郎!まだ動けるのか!!」
リサが大剣を構えようとするが、体のダメージが深く、膝が笑って力が入らない。
「そんなはずは……コアは貫かれているはずよ!?」
マルセラが驚愕に目を見開く。
肉体的にはすでに死んでいるはずだ。
今の彼女を動かしているのは、純粋な悪意と執着のみ。
ズズズズズズズッ……!!
突如、玉座の間全体が、いや、ユナイトアーク全体が激しく揺れ始めた。
それと同時に、体の奥底から這い上がってくる、
吐き気を催すような濃密な気配。
「!! この気配……」
しずくの背筋に、冷たいものが走る。 知っている。
何度も戦い、何度も仲間を奪われてきた、あの気配。
「マガツの気配……!一匹や二匹じゃない……!」
右目の魔眼が、床下のエネルギー流動を捉える。
生命の間から、膨大な数の黒い点が湧き上がってくるのが見えた。
それらがだんだんと強くなり、膨れ上がっていく。
「間違いない……生命の間だ!」
「てめぇ、何しやがった!!」
リサが怒号を浴びせる。
セラフィナは、口から血を垂れ流しながら、狂ったように笑った。
「アハハ……ハハハハハッ!! バカね……気づかなかったの?」
彼女は自身の胸を貫通した傷口に指を突き刺し、強引に魔力を練り上げる。
「私と核《コア》のリンクは、まだ繋がっているのよ。
私は今、そのリンクを通じて……私の中に蓄積していた
『全てのマガツの汚染魔素』を、生命の間の核《コア》に逆流させてやったわ!!」
「な……ッ!?」
しずくの顔色が蒼白になる。
セラフィナは、自身を強化するために取り込んでいた膨大なマガツの力を、
制御装置である核《コア》に流し込んだ。
「容量を超えた核は、全てを吸い込めなくなり、決壊する……。
その瞬間、ダムが決壊するように、
コアに封じ込められていた何千、何万というマガツが一斉に溢れ出すわ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
地鳴りが大きくなる。 それは、コアから這い上がってくる数万の軍勢の足音だ。
「あなたたちは終わりよ!
私という神のいない世界なんて……存在する価値はないのよォッ!!」
セラフィナの体が、端からボロボロと崩れ始める。
魔力の暴走と、肉体の崩壊。 彼女の時間は、もう残されていない。
「う、ふふふ……アハハハハッ!!」
セラフィナは笑っていた。 けれど、その目からは大粒の涙が流れていた。
「寂しいわぁ……悔しいわぁ……。
一人は嫌……みんな道連れよ……。
せいぜい、絶望の中で最後を楽しみなさい……!」
「セラフィナ……ッ」
「さようなら……愚かな人間ども……」
言い残すと同時に、
セラフィナの体は完全に灰色の塵となり、崩れ去った。
風もないのに、塵は空へと舞い上がり、跡形もなく消滅した。
残されたのは、不気味に振動する床と、迫りくる破滅の予感だけ。
「……ッ、くそっ!」
リサが床を殴る。
倒したのに。 勝ったはずなのに。
最期に最悪の置き土産を残していきやがった。
「リサさん!マルセラさん!」
しずくが叫ぶ。 その瞳に、絶望の色はない。
まだ、終わらせない。
みんなが守ってくれたこの世界を、こんな理不尽で終わらせるわけにはいかない。
「生命の間に向かいましょう!!
核が暴走する前に……私たちが止めるんです!!」
「……ああ、そうだな!」
「ええ、行きましょう!」
三人は痛む体に鞭を打ち、走り出した。
暴走する核を鎮め、
世界に明日を取り戻すために。
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