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「あ……ごめんなさい。いつの間にか寝ちゃってたみたい。愛ちゃんはどうしてる?」
「ちょっと見てくるよ」
僕はそう言うと立ち上がり、隣の部屋へ愛の様子を見に行った。しかし、愛ちゃんはぐっすりと眠り続けていた。
「大丈夫。寝ていたよ」
僕はそう報告した。
「そう……。スマホの充電は終わってる?」
明日奈にそう訊かれ、僕は充電中に点いていたランプが消えているのを確認した。
「どっちも終わってるよ」
「じゃあ、スマホを貸して……」
「いいけど、何に使うんだ?」
僕はそう訊きながら、明日奈にスマホを握らせた。
「私……昨日から、愛ちゃんのためにしてあげられることを考え続けていたの」
「え?」
「今からスマホでビデオ撮影をするから、毎年、愛ちゃんの誕生日の3月26日に、愛ちゃんに聞かせてあげて……。お母さんからの誕生日プレゼントだよ、って言って」
「おい。待てよ。明日奈、何言ってるんだよ」
僕は、信じられない思いで明日奈を見つめた。明日奈の目には、涙が滲んでいた。
「お願い……。今から撮影するから、それを大きくなった愛ちゃんに聞かせてあげる、って、そう約束して?」
こんなときなのに、明日奈は微笑んでいた。絵画の中の聖女のような微笑だった。
「何言ってるんだよ! それじゃあ――それじゃあまるで、これから明日奈が死んじゃうみたいじゃないか。縁起でもない。やめてくれよ」
僕は聞き分けのない子供のように駄々をこねた。
「きっと……私はもう、助からない。せめて、声が出るうちに、愛ちゃんにメッセージを遺したいの……」
「やめてくれよ! お願いだから……。頼むから、そんなこと言わないでくれよ」
僕はとうとう、泣き出してしまった。格好悪いなあ、と頭の片隅で思いながら、床に膝をつき、明日奈の寝ているベッドに突っ伏すような形で泣いた。僕はそのまま大声を出しながら10分くらい泣き続け、疲れて泣き止んだ。
それを待っていたようなタイミングで、明日奈はこう言った。
「正道……。正道にしか頼めないの。愛ちゃんのために、約束して……」
「分かったよ。約束する。これから毎年、愛ちゃんの誕生日には、愛ちゃんに明日奈のメッセージを見せる。――でも、きっとこれは無駄になるよ。数日後には明日奈は元気になっていて、今のこの状況は笑い話になってるよ。きっとそうだよ。そうなるに決まっている」
僕は浴衣の袖で涙を拭い、必死の思いで笑顔を作り、明日奈を励ました。
「うん……。そうなるといいね。じゃあ、撮影を始めるよ……」
「僕もここにいていいのか?」
「うん。正道が傍にいると思わないと、明るい声を出せそうにないから……」
「分かった。スマホ、僕が持とうか?」
「大丈夫」
明日奈はそう言い、スマホを持っていないもう片方の手で、録画のアイコンを押し、僕の手を握った。
「――愛ちゃん。聞こえる? 1歳の誕生日、おめでとう。そろそろ言葉を喋れるようになったかな? 私はママだよ。ママ。ママって言ってみて? ……ありがとう。ハイハイはできるようになった? 掴まり立ちはできる? もしかして、もう一人で歩き始めているのかな? 転ばないように気を付けてね。あまり泣いてばかりいて、パパを困らせないであげてね。じゃあ、元気で」
「愛ちゃん。2歳の誕生日、おめでとう。愛ちゃんがスクスクと大きくなっていてくれて、私も嬉しいよ。いっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝て、大きくなってね。嫌いな食べ物もあるだろうけど、少ない食事の中でパパが一生懸命に栄養のバランスを考えて作ってくれたんだから、あまり好き嫌いを言って困らせないでね。ママは天国でずっと愛ちゃんのことを見守っているから、元気でね」
「愛ちゃん。3歳の誕生日、おめでとう。愛ちゃんはどんな子に育ったのかな? お絵かきは好き? 歌を歌うのは好き? ラジオ体操は? ママは、愛ちゃんのことが大好きだよ。一緒に絵を描いたり、歌を歌ったり、体操を教えてあげられなくてごめんね。でも、それは愛ちゃんのことが嫌いだからじゃないんだよ。ママは凄く遠いところにいるけど、いつでも愛ちゃんのことを考えて、愛ちゃんの幸せを祈っているからね」
「愛ちゃん。4歳の誕生日、おめでとう。元気にしてる? 未来のことは分からないけど、そろそろ核シェルターの外に出られるようになってるのかな。もし出られなくても、焦らないでね。焦って、あなたが怪我をしたり病気になったりしたら、私も辛いから。色々と失敗して、落ち込むこともあるかもしれない。でも、小さな失敗は気にしないでね。次から失敗しないように気を付ければいいんだから。じゃあ、元気でね」
「愛ちゃん。5歳の誕生日、おめでとう。あなたが生きていてくれたら、それ以上のことは望まないわ。でも、もしも余裕があったら、お父さんのお手伝いをしたり、本を読んだり、映画を観たりして、この世界のことを知ってね。この世界は、一生かかっても全部見ることができないくらい、凄く広いんだよ。あなたが今生きているのは、この世界のおかげなの。そのことを忘れないで。じゃあ、元気でね」
「愛ちゃん。6歳の誕生日、おめでとう。そろそろ字の読み書きとか、足し算引き算ができるようになってきたかな? きっと、パパに色々と教えてもらっているよね。今のうちに、いっぱい勉強しておいてね。いつかきっと、今やっていることが役に立つ日が来るから。昨日できなかったことが、今日できるようになっていたとしたら、それは愛が頑張ったからなんだよ。だから、自信を持ってね。ママもパパも、愛ちゃんのことが大好きだよ」
「ちょっと見てくるよ」
僕はそう言うと立ち上がり、隣の部屋へ愛の様子を見に行った。しかし、愛ちゃんはぐっすりと眠り続けていた。
「大丈夫。寝ていたよ」
僕はそう報告した。
「そう……。スマホの充電は終わってる?」
明日奈にそう訊かれ、僕は充電中に点いていたランプが消えているのを確認した。
「どっちも終わってるよ」
「じゃあ、スマホを貸して……」
「いいけど、何に使うんだ?」
僕はそう訊きながら、明日奈にスマホを握らせた。
「私……昨日から、愛ちゃんのためにしてあげられることを考え続けていたの」
「え?」
「今からスマホでビデオ撮影をするから、毎年、愛ちゃんの誕生日の3月26日に、愛ちゃんに聞かせてあげて……。お母さんからの誕生日プレゼントだよ、って言って」
「おい。待てよ。明日奈、何言ってるんだよ」
僕は、信じられない思いで明日奈を見つめた。明日奈の目には、涙が滲んでいた。
「お願い……。今から撮影するから、それを大きくなった愛ちゃんに聞かせてあげる、って、そう約束して?」
こんなときなのに、明日奈は微笑んでいた。絵画の中の聖女のような微笑だった。
「何言ってるんだよ! それじゃあ――それじゃあまるで、これから明日奈が死んじゃうみたいじゃないか。縁起でもない。やめてくれよ」
僕は聞き分けのない子供のように駄々をこねた。
「きっと……私はもう、助からない。せめて、声が出るうちに、愛ちゃんにメッセージを遺したいの……」
「やめてくれよ! お願いだから……。頼むから、そんなこと言わないでくれよ」
僕はとうとう、泣き出してしまった。格好悪いなあ、と頭の片隅で思いながら、床に膝をつき、明日奈の寝ているベッドに突っ伏すような形で泣いた。僕はそのまま大声を出しながら10分くらい泣き続け、疲れて泣き止んだ。
それを待っていたようなタイミングで、明日奈はこう言った。
「正道……。正道にしか頼めないの。愛ちゃんのために、約束して……」
「分かったよ。約束する。これから毎年、愛ちゃんの誕生日には、愛ちゃんに明日奈のメッセージを見せる。――でも、きっとこれは無駄になるよ。数日後には明日奈は元気になっていて、今のこの状況は笑い話になってるよ。きっとそうだよ。そうなるに決まっている」
僕は浴衣の袖で涙を拭い、必死の思いで笑顔を作り、明日奈を励ました。
「うん……。そうなるといいね。じゃあ、撮影を始めるよ……」
「僕もここにいていいのか?」
「うん。正道が傍にいると思わないと、明るい声を出せそうにないから……」
「分かった。スマホ、僕が持とうか?」
「大丈夫」
明日奈はそう言い、スマホを持っていないもう片方の手で、録画のアイコンを押し、僕の手を握った。
「――愛ちゃん。聞こえる? 1歳の誕生日、おめでとう。そろそろ言葉を喋れるようになったかな? 私はママだよ。ママ。ママって言ってみて? ……ありがとう。ハイハイはできるようになった? 掴まり立ちはできる? もしかして、もう一人で歩き始めているのかな? 転ばないように気を付けてね。あまり泣いてばかりいて、パパを困らせないであげてね。じゃあ、元気で」
「愛ちゃん。2歳の誕生日、おめでとう。愛ちゃんがスクスクと大きくなっていてくれて、私も嬉しいよ。いっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝て、大きくなってね。嫌いな食べ物もあるだろうけど、少ない食事の中でパパが一生懸命に栄養のバランスを考えて作ってくれたんだから、あまり好き嫌いを言って困らせないでね。ママは天国でずっと愛ちゃんのことを見守っているから、元気でね」
「愛ちゃん。3歳の誕生日、おめでとう。愛ちゃんはどんな子に育ったのかな? お絵かきは好き? 歌を歌うのは好き? ラジオ体操は? ママは、愛ちゃんのことが大好きだよ。一緒に絵を描いたり、歌を歌ったり、体操を教えてあげられなくてごめんね。でも、それは愛ちゃんのことが嫌いだからじゃないんだよ。ママは凄く遠いところにいるけど、いつでも愛ちゃんのことを考えて、愛ちゃんの幸せを祈っているからね」
「愛ちゃん。4歳の誕生日、おめでとう。元気にしてる? 未来のことは分からないけど、そろそろ核シェルターの外に出られるようになってるのかな。もし出られなくても、焦らないでね。焦って、あなたが怪我をしたり病気になったりしたら、私も辛いから。色々と失敗して、落ち込むこともあるかもしれない。でも、小さな失敗は気にしないでね。次から失敗しないように気を付ければいいんだから。じゃあ、元気でね」
「愛ちゃん。5歳の誕生日、おめでとう。あなたが生きていてくれたら、それ以上のことは望まないわ。でも、もしも余裕があったら、お父さんのお手伝いをしたり、本を読んだり、映画を観たりして、この世界のことを知ってね。この世界は、一生かかっても全部見ることができないくらい、凄く広いんだよ。あなたが今生きているのは、この世界のおかげなの。そのことを忘れないで。じゃあ、元気でね」
「愛ちゃん。6歳の誕生日、おめでとう。そろそろ字の読み書きとか、足し算引き算ができるようになってきたかな? きっと、パパに色々と教えてもらっているよね。今のうちに、いっぱい勉強しておいてね。いつかきっと、今やっていることが役に立つ日が来るから。昨日できなかったことが、今日できるようになっていたとしたら、それは愛が頑張ったからなんだよ。だから、自信を持ってね。ママもパパも、愛ちゃんのことが大好きだよ」
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