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【13】
「明日奈? 何を言っているんだ? さっきまであんなに苦しそうだったのに、元気になったのか?」
僕は混乱しながらそう訊ねた。
明日奈の足元には、金槌、胡椒が入っていた容器、ガムテープ、コップなどが落ちていた。明日奈は金槌で僕の肩を殴った後、僕の目に胡椒を振りかけ、ガムテープで拘束し、コップに入っていた水で僕の目に入った胡椒を洗い流したらしい。
「ごめんなさい。あれは演技だったの。いつだったか、小学校高学年の頃、両親の注意を惹きたくて仮病を使ったことがあるって話をしたでしょ? それ以来、仮病は私の得意技なのよ」
「仮病のはずがない。だって、体温計で熱を測ったら、いつも38度か39度くらいあったじゃないか」
僕は手足を拘束され床の上に転がったままそう言った。
「あれはトリックよ。物凄く簡単なトリック。以前、正道の頭の怪我の手当てをしたときに救急箱の中を見て、体温計が2本あることに気付いたの。1本失くしても困らないように、予備として2本目が用意してあったんでしょうね。そして私は、病気になった演技をすると決めたとき、救急箱から体温計を1本拝借した。ポットで沸かした熱いお湯と、普通の冷たい水を混ぜて、平熱より少し高いくらいの温度のお湯を作った。そのお湯の中に体温計を入れておけば、思い通りの温度を表示させることができる、ってわけ。その体温計は予め浴衣の内側に作った隠しポケットに入れておく。そして、あなたから渡された体温計を脇に挟んで、アラームが鳴ったら、アラームが鳴った体温計の代わりに高熱を表示した体温計を取り出せば、本当に熱を出しているように見えるという寸法よ」
「なるほどね……。まさか、そんな簡単なトリックに引っかかるとは思わなかったよ。迫真の演技だったから、完全に騙されていた。仮病で、生まれたばかりの娘に対する18年分のメッセージをレコーダーに吹き込む女がいるなんて、想像できるわけがない」
僕は乾いた笑い声を漏らしながらそう言った。
「それくらいしないと信じてもらえないと思ったから。と言っても、演技はあなたの方が上手だったけどね。1年も私を騙し続けていたんだから」
「さっきから何を言っているんだ? 騙すって、何のことだ?」
「本当は、世界は滅亡なんかしていない。ただ、あなたがそう見せかけていただけだった」
「どうやって」
「まず、テレビの映像やラジオの音声は全部偽物よ。おおかた、素人映画の素材に使うとでも言って、プロの映像家に依頼して作ってもらったんでしょう。脚本を渡し、その脚本に沿って、顔が売れていない役者に演技してもらっていたんでしょう。それからJアラートは、偽の電波を流せば鳴らすことができると思う」
「テレビやラジオはそれでいいとして、ミサイルの着弾による地震はどうなるんだ? まさか、偶然地震が起こったとでも言うのか?」
「いいえ、そんなことは言わないわ。ほら、小学校とか中学校の避難訓練のときに、地震を疑似体験できるトラックが来たことがない? トラックの荷台部分に、作り物の部屋があるんだけど、その部屋の床や壁の中には震動する仕掛けがあるやつ。あれのものすごく大がかりなものが、福田充夫の家の応接室に仕込んであったんでしょう。要するに、床を揺らしさえすれば、地震が起こったと錯覚させることができるんだから、今の技術ならそれほど難しくない。例えば、応接室がまるごとエレベーターのように宙吊りになっていて、小刻みに激しく上下に持ち上げたり下ろしたりするだけでも、地震が起こったように感じたでしょうから」
「待て。きみは窓の外の、スーパー『充福』があるあたりにミサイルが落ちるのを見たのを忘れているぞ。まさか、僕が町にミサイルを落としたとでも言うのか?」
僕はもぞもぞと動いて姿勢を変えながらそう言った。
「いいえ。あれも作り物よ。ただのCG。窓の外に、大きな液晶テレビ画面が組み込まれていて、そこにプロのCGクリエイターに作らせた映像を流したんでしょう。窓ガラスの外に見えるからと言って、その景色が本物とは限らないから。もちろん、ミサイルが着弾した音も偽物で、壁に内蔵されたスピーカーから流されたものだった。――私、昔、こんな海外のドッキリ番組を見たことがある。ある会社の面接を受けに来た人がいるんだけど、窓の向こうの景色にミサイルが落ちるのを目撃するの。ところが、その光景はテレビ画面の作り物だった、っていうオチだった。――私はあの日、初めて福田さんの家を訪問したから、窓から見える本物の景色を見たことがなかった。それに、今にして思えば、いくら何でもあの家は窓が少なすぎた。本物の窓の外の景色を見てしまったら、ミサイルなんか落ちていないことが分かってしまうから、応接室から核シェルターまでの経路には窓を配置しないような間取りになっていたんでしょう」
「応接室の外の廊下に飾られていた風景画が床に落ちていたのは?」
「そんなもの、私が偽物の地震やテレビニュースに釘付けになっている間に、あなたの協力者の福田充夫が、手で風景画を床に叩きつけていったんでしょう。核シェルターの中に入ったとき、エアーロック室の近くの廊下の絵しか床に落ちていなかったのは、時間的にそこまでしか絵を落とす余裕がなかったからなんでしょう」
「確かに、その方法を使えば、明日奈を騙すこともできるかもしれない。でも、その方法が使われたという証拠はない」
「いいえ。決定的な証拠がある」
「まさか」
僕は信じられない思いで明日奈を見上げた。
「明日奈? 何を言っているんだ? さっきまであんなに苦しそうだったのに、元気になったのか?」
僕は混乱しながらそう訊ねた。
明日奈の足元には、金槌、胡椒が入っていた容器、ガムテープ、コップなどが落ちていた。明日奈は金槌で僕の肩を殴った後、僕の目に胡椒を振りかけ、ガムテープで拘束し、コップに入っていた水で僕の目に入った胡椒を洗い流したらしい。
「ごめんなさい。あれは演技だったの。いつだったか、小学校高学年の頃、両親の注意を惹きたくて仮病を使ったことがあるって話をしたでしょ? それ以来、仮病は私の得意技なのよ」
「仮病のはずがない。だって、体温計で熱を測ったら、いつも38度か39度くらいあったじゃないか」
僕は手足を拘束され床の上に転がったままそう言った。
「あれはトリックよ。物凄く簡単なトリック。以前、正道の頭の怪我の手当てをしたときに救急箱の中を見て、体温計が2本あることに気付いたの。1本失くしても困らないように、予備として2本目が用意してあったんでしょうね。そして私は、病気になった演技をすると決めたとき、救急箱から体温計を1本拝借した。ポットで沸かした熱いお湯と、普通の冷たい水を混ぜて、平熱より少し高いくらいの温度のお湯を作った。そのお湯の中に体温計を入れておけば、思い通りの温度を表示させることができる、ってわけ。その体温計は予め浴衣の内側に作った隠しポケットに入れておく。そして、あなたから渡された体温計を脇に挟んで、アラームが鳴ったら、アラームが鳴った体温計の代わりに高熱を表示した体温計を取り出せば、本当に熱を出しているように見えるという寸法よ」
「なるほどね……。まさか、そんな簡単なトリックに引っかかるとは思わなかったよ。迫真の演技だったから、完全に騙されていた。仮病で、生まれたばかりの娘に対する18年分のメッセージをレコーダーに吹き込む女がいるなんて、想像できるわけがない」
僕は乾いた笑い声を漏らしながらそう言った。
「それくらいしないと信じてもらえないと思ったから。と言っても、演技はあなたの方が上手だったけどね。1年も私を騙し続けていたんだから」
「さっきから何を言っているんだ? 騙すって、何のことだ?」
「本当は、世界は滅亡なんかしていない。ただ、あなたがそう見せかけていただけだった」
「どうやって」
「まず、テレビの映像やラジオの音声は全部偽物よ。おおかた、素人映画の素材に使うとでも言って、プロの映像家に依頼して作ってもらったんでしょう。脚本を渡し、その脚本に沿って、顔が売れていない役者に演技してもらっていたんでしょう。それからJアラートは、偽の電波を流せば鳴らすことができると思う」
「テレビやラジオはそれでいいとして、ミサイルの着弾による地震はどうなるんだ? まさか、偶然地震が起こったとでも言うのか?」
「いいえ、そんなことは言わないわ。ほら、小学校とか中学校の避難訓練のときに、地震を疑似体験できるトラックが来たことがない? トラックの荷台部分に、作り物の部屋があるんだけど、その部屋の床や壁の中には震動する仕掛けがあるやつ。あれのものすごく大がかりなものが、福田充夫の家の応接室に仕込んであったんでしょう。要するに、床を揺らしさえすれば、地震が起こったと錯覚させることができるんだから、今の技術ならそれほど難しくない。例えば、応接室がまるごとエレベーターのように宙吊りになっていて、小刻みに激しく上下に持ち上げたり下ろしたりするだけでも、地震が起こったように感じたでしょうから」
「待て。きみは窓の外の、スーパー『充福』があるあたりにミサイルが落ちるのを見たのを忘れているぞ。まさか、僕が町にミサイルを落としたとでも言うのか?」
僕はもぞもぞと動いて姿勢を変えながらそう言った。
「いいえ。あれも作り物よ。ただのCG。窓の外に、大きな液晶テレビ画面が組み込まれていて、そこにプロのCGクリエイターに作らせた映像を流したんでしょう。窓ガラスの外に見えるからと言って、その景色が本物とは限らないから。もちろん、ミサイルが着弾した音も偽物で、壁に内蔵されたスピーカーから流されたものだった。――私、昔、こんな海外のドッキリ番組を見たことがある。ある会社の面接を受けに来た人がいるんだけど、窓の向こうの景色にミサイルが落ちるのを目撃するの。ところが、その光景はテレビ画面の作り物だった、っていうオチだった。――私はあの日、初めて福田さんの家を訪問したから、窓から見える本物の景色を見たことがなかった。それに、今にして思えば、いくら何でもあの家は窓が少なすぎた。本物の窓の外の景色を見てしまったら、ミサイルなんか落ちていないことが分かってしまうから、応接室から核シェルターまでの経路には窓を配置しないような間取りになっていたんでしょう」
「応接室の外の廊下に飾られていた風景画が床に落ちていたのは?」
「そんなもの、私が偽物の地震やテレビニュースに釘付けになっている間に、あなたの協力者の福田充夫が、手で風景画を床に叩きつけていったんでしょう。核シェルターの中に入ったとき、エアーロック室の近くの廊下の絵しか床に落ちていなかったのは、時間的にそこまでしか絵を落とす余裕がなかったからなんでしょう」
「確かに、その方法を使えば、明日奈を騙すこともできるかもしれない。でも、その方法が使われたという証拠はない」
「いいえ。決定的な証拠がある」
「まさか」
僕は信じられない思いで明日奈を見上げた。
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