時空戦記オーバークロス

第15話：悲劇の3秒間

事故現場の虚空

時田瑛二は、伊賀崎ともかの精密なナビゲーションに従い、時空転移を敢行した。
転移ゲートが収束した場所は、夜の高速道路だった。雨が降る中、路面は濡れて反射している。クロノス・ギアのバイザーには、「事故発生まで：00:03」というカウントダウンが点滅していた。
この座標は、彼の両親を乗せた車が、対向車との衝突事故に巻き込まれる、運命の3秒前だった。
瑛二の周囲には、すでにガンマ軍団の資源抽出装置が展開されていた。それは、彼の「悲劇的な喪失の体験」を、エネルギーとして吸い上げるための禍々しい機械群だ。
「馬鹿な…。もうこんなに近くに…！」
カウントダウンが進む。「00:02」
遠くのカーブから、ヘッドライトの光が二つ、迫ってくる。それは、父が運転し、母が隣に座る、彼自身の家族の車だ。
瑛二の胸が、感情の奔流で締め付けられる。彼はクロスブレードを握る手に、救済の衝動が湧き上がるのを感じた。
（たった一言、「止まれ」と叫べば…！）
「…駄目だ！」
瑛二は、ともかの言葉を思い出した。介入すれば、ガンマ軍団の資源抽出は最大化され、クロスナイトが強制介入し、事態はさらに悪化する。

ヒーローの慟哭

カウントダウン：「00:01」
瑛二は、自身の悲劇を利用しようとする悪意に向け、怒りの感情を集中させた。
「俺の悲劇を、資源になどさせるか！」
瑛二は、クロスブレードにクロノス・オーバーの力を込め、全速力で周囲の資源抽出装置へと飛び込んだ。
「時間加速斬り！」
一閃！彼の刃は、装置の「時間資源収集核」を正確に破壊した。
瑛二のバイザー越しに、両親の車のヘッドライトが、鮮烈な光として迫ってくるのが見えた。車のガラス窓越しに、運転席の父と、助手席で微笑む母の姿が一瞬、映し出された。
「00:00」
キィィィィィッ！！！ 激しいブレーキ音と、金属が引き裂かれるような衝突音。
瑛二は、振り向くことなく、最後の装置を破壊した。彼の背後で、家族の悲劇が、避けられない「正史」として完遂された。
瑛二は、膝から崩れ落ちた。彼の目には、涙の代わりに、自らの手で家族の運命を止めることができなかったという、深い悔恨が滲んでいた。

冷たい監視者

「…任務、完了。」瑛二は、掠れた声で通信機に報告した。
『瑛二！成功よ！資源抽出はゼロ。ガンマ軍団の狙いは完全に阻止した！』ともかの安堵の声が響いた。
その瞬間、瑛二のすぐ後方の空間が、青白い光を放ち、時空警察クロスナイトが静かに現れた。
クロスナイトは、倒れ込んだ瑛二に一瞥もくれず、破壊された資源抽出装置の残骸を冷静に調べ始めた。彼の態度は、「秩序の監視者」そのものだった。
瑛二は、憎しみを込めてその白いアーマーを見上げた。クロスナイトは、彼が「感情に流され、過去を変える」のを阻止するために、監視していたのだ。
「…なぜ、現れたんだ。俺は、介入しなかったぞ！」瑛二は声を絞り出した。
クロスナイトは、ようやく瑛二に視線を向けた。彼のヘルメットバイザーは、感情を読み取れない無機質な光を放っている。
「警告する。時空戦記オーバークロス。」
クロスナイトの冷たい合成音声が、夜の高速道路に響いた。
「我々が監視するのは、『時空の秩序』のみ。お前の『個人的な感情』は、秩序にとって最も危険な『歪み』だ。」
彼は静かに続けた。
「お前は、正史に干渉しなかった。 だが、一瞬でも家族を救おうと試みた。その『衝動』自体が、既に『時空犯罪の未遂』である。」
クロスナイトは、瑛二の感情を厳しく断罪し、クロスガンに似た未来的な銃を、静かに瑛二に向けた。
「これ以上、個人的な領域で時空の歪みを生み出すなら、我々は『秩序の維持』のために、お前を時間軸から隔離する。」
それは、救ってくれたはずの者からの、最も冷酷な警告だった。
クロスナイトは、瑛二に背を向け、青い転移光と共に消えていった。
瑛二は、冷たいアスファルトの上で、自らの使命と感情の重さを噛み締めながら、夜空を見上げていた。彼の戦いは、「悪意との戦い」であると同時に、「自分自身との終わらない戦い」であることを痛感した瞬間だった。