花雅琉の怪物ーカガルノカイブツー

高山 祥

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【第1話】

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 子どもの頃、漠然とあたしは25歳くらいで結婚するのだと思っていた。
学校に行って、大人になって、テレビで観た綺麗なお姉さんとお兄さんが座っている食卓に、あたしも同じように座るのだと。
 あたしのぼんやりとした人生計画。目の前の彼は気に食わないらしい。
 大の男が今にも泣きそうな顔をして、机の上で汗びっしょりになったアイスコーヒーを見つめている。
 オシャレなカフェのBGMが彼の顔色の悪さを更に際立せていた。先程から何も喋らない。
 沈黙の中、お気に入りのスカートの花柄模様を見つめるのにもいい加減飽きてきたので、あたしは努めて明るく話しかけた。     
「同棲出来ないって、どういうこと?」
 明日、新居に荷物を運ぶ段取りまでしている。今更何を躊躇っているのか全くもって理解不能。実は不満に感じている事があったとか?まさか、この期に及んで?
 5年付き合って、そろそろ結婚も視野に入れての同棲をと言い出したのは確かにあたしだけど。
「憭、聞いてる?」
顔を覗き込むと、国寺 憭くりでら りょうは思い切り頭を下げた。
あかり、ごめん!本当にごめん!!!」
突然の行為にぎょっとした。思わず周りを見回す。
閑散とした店内は特に波打つことなく、スーツ姿のサラリーマンが1人、一瞬こちらを見たくらいだった。
「ちょっと!ちょっと!頭上げてよ」
 見世物になる前に憭の顔を上げさせた。
彼はマイコプラズマ肺炎を食らった時と同じくらい苦しそうな表情をしている。再度深々と頭を下げた。
「ごめん!俺、他に好きな人が居るんだ!」

ーーオレ、ホカニスキナヒトガイルンダ...?

 信じられないくらい顔が強ばった。
「...ごめん、今なんて?」
理解が追いつかない。今、なんて言った?
 憭は堰を切ったかのように白状しはじめた。
「......俺、職場でずっと気になってる人が居てて、燈の事も大切に思ってたんだけど、いざ同棲とか結婚って考えると、このまま自分の気持ちに目を瞑って燈と一緒になるのは燈に対して失礼だなって思って...」 
「...はぁ?」
自分の気持ちに目を瞑ってあたしと一緒になるのが失礼?!しかも好きな女が同じ職場?!
 苛立ちが一気に沸点に達した。
「......どこの女?」
「え?」
「どこの部署の女なのか聞いてんの」
 底冷えするような低い声で尋ねると、憭は固唾を飲んだ。
「いや、支社勤務じゃなくて...」
「......現場の人なんだ。へぇ、営業はモテるもんねぇ」
 あたしと憭は保育士と介護福祉士、医療従事者の人材派遣を行う会社「株式会社メディカル・チャイルド」で勤務をしている。
あたしは保育士派遣部門で採用担当業務。
憭は保育士派遣部門で現場に派遣された人材のサポートをする営業担当業務を行っていた。
 所謂、社内恋愛というものだ。同期入社とあってすぐに仲良くなり、そのまま交際に発展したので社内の親しい同期達も承知している。
「...いや、あの」
 憭が口をもごもごさせて必死に取り繕っている。その表情にすら苛立ちを覚える。
「で?どこの園の何組の先生なのかしら?」
「燈!あの、そ」
「別に取って食おうって訳じゃないんだから、言いなさいよ」
「いや...迷惑かかると良くないから...」
その台詞に目を剥いた。信じられない!
「あたしには迷惑掛けても良いって事?!」
 大声で怒鳴り散らかした。憭はあたしの剣幕に恐れ慄いている。さらに腹が立った。
 元々気性が優しくてどちらかといえば気の弱い人種だ。私の激怒にかなり怯えていたが、そんな事に今は構ってられないくらい、あたしは怒り狂っている。
「で?誰?言いなさいよ!」
「...花屋敷園の、うさぎ組担任の江坂 湊先生...」
 花屋敷園...私は管轄外だった。江坂って女の顔すら知らない。思わず舌打ちした。
明後日出社したら一目散に調べてやる。
「ごめん...」
憭が小さな声で謝ってきた。
「謝るくらいなら、同棲するなんて言わないでよ」
と言うか、引っ越しどうすんのよ。
家賃を折半する体であの部屋を借りてるし、今の家だって明日引き払うのに。
 憭は再度、苦悶の表情を浮かべて謝った。
「ごめん。燈の幸せそうな顔を見ていたら、俺の嘘で燈が幸せになっている事への罪悪感に耐えられなくなってきて、身勝手、なのは、分かってるんだけど...」
「本当に身勝手」
 信じられないくらい身勝手。今までそんな素振り、ひとつも見せなかったくせに。
 目の前の浮気男は更に顔を青くさせて震えた。
「俺、ずっと隠してたんだけど、」
 今度は何?あたしは眉間に深く皺を寄せた。
浮気の次はなに?借金?1000万とか?それとも風俗通い?パチンコ?どっかでポイントカードでも作って貯めてた?
「...なに?」
「俺、本当は男が好きなんだ!!」

ーーオレ、ホントウハオトコガスキナンダ...?

 今度こそ本当に理解が追いつかない。なんて言った?
「...ごめん、今なんて?」
私は今夢でも見ているのか?これは夢?
「俺、本当は男の人が恋愛対象なんだ!」
「はぁ?!」
 何コイツ。浮気正当化するために血迷ったの?
「江坂先生は...男の先生、なんだ...」
「嘘でしょ?!浮気相手男?!」
 嘘でしょ?マジでなに言ってるの?男?!浮気相手が男?!
 喫茶店の店員や客の存在なんか、この時の私の頭からは一切消えていた。
「いや、本当に...」
「じゃあ、なんであたしと6年間も付き合ったの?!」
 6年間実は男にみえてたとか?まさか!ベッドで一緒に何度も何度も寝てたのに?!お風呂だって一緒に入ってたじゃない!
 憭は項垂れた。視線は合わない。
「...男同士だと、やっぱり世間体良くないなって思ったり、家族だって女性と結婚して家庭を持つ事を望むだろうし、それで、でも、いざ家庭を持つとなった時に本当にこのままでいいのかなって考え出して...本気で好きになってくれてる燈に対しても、だんだん申し訳なく思って...」
 あたしはそこまで聞いて拳をテーブルに叩きつけた。
「つまり、世間体のためだけにあたしと付き合ってたのに、いざ結婚するってなったら、やっぱり自分の気持ちに正直に生きようって気になったってことでしょ?!」
「うん...ごめん」
 何がうん、ごめんなの?冗談じゃない!あたしはカバンを引っ掴んだ。
私の6年間は一体なんだったの!しかもなんでこのタイミング?!もう、怒りしかない。
 こんな奴、三行半突きつけてこっちから熨斗つけて返してやるわよ!
「じゃあここでお別れね!!嘘つきホモ野郎!!!あの家はあたし1人で住むから!!」
 そう吐き捨て、ヒールをゴツゴツ鳴らしながら足早にその場から離れた。
 入口付近のレジの前で、黒髪ポニーテールのお姉さんが苦笑いしているけど、今はそんなことどうだっていい。
あたしは振り返らず扉をぎっと睨んだ。
ほんっとうに信じられない!最低!
 荒々しく喫茶店のベルが鳴り揺れても、私の怒りは全く収まらなかった。
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