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Falling 3
連れて行かれちゃったんですけど
しおりを挟む「いーいーなーいーいーなー、人間っていーいーなー」
張り詰めた空気の中、紫の悪魔がおどけて歌い出している。
頭のネジが何本か外れてる、怖えよあいつ。
「ところでさ、そろそろどいてくれないかな?」
ひとしきり歌って満足した悪魔は、俺を守るように立ち塞がっているルルフェルに言った。
「ダメです、カイネさんには指一本触れさせません」
悪魔の刺すような視線を浴びせられても、ルルフェルは俺の前に立つ。
俺も戦うんだと、煮え切らない覚悟を決めようとしたが、それは少し遅かった。
次の瞬間、悪魔の胸元から赤いスライム状の何かが飛び出た。
そして、それはルルフェルに向かって一直線に襲いかかったのだ。
「あたしいっちばん強そうなやつ、もーらいっ!!」
「きゃ!?な、何です!?」
見えたのは一瞬だったが、その赤いのは人の形をしていた。
しかも、元気な可愛らしい声でルルフェルに抱き着いたと思ったら、そのまま床に穴を開けて地中へ引きずり込んでいったのだ。
「ルルフェル!!」
「おっと、お前ら雑魚天使はわしが片付けてやるわ」
後を追おうとしたユールの前に、一瞬で移動するルガル。
そして、小さな体の仁王立ちで立ち塞がり、行く手を阻むように炎の壁を作る。
天井まで届く灰色の火柱に、ユールは為す術なく立ちすくむ。
その様子を見た紫髪の悪魔は、笑いながら慰めるように言った。
「心配しないで、ボクの妹がじゃれてるだけだよ。アリスはやんちゃだからね」
「い、妹?」
ルルフェルを攫っていった赤いのを、この悪魔は確かに妹と言った。
でもさっきのやつは、人の形はしていたものの、明らかにスライム状の体だった。
絶対にこいつとは違う種類の生き物だ。
ていうか、何で体から妹が出てくるんだよ。
「そんな事より、ルガル?カイネはボク達がもらっていいんだよね?」
今はそんな事気にしている場合じゃない。
ルルフェルが連れ去られたうえに、俺はこのやばそうなやつにロックオンされている。
「ふん、遊び過ぎて壊すでないぞ。魔王様を元に戻すまでは、わしらの大事な道具なんじゃからの」
ルガルは、淡々とした口調でそう言った。
こいつ、こっちが大人しくしてれば調子に乗りやがって。
道具だと?いいだろう、そっちがその気なら俺にも考えがある。
「この野良犬野郎が。お前、他のヘルウルフ達の命が惜しくねえのか?あ゛あ゛?」
「カ、カイ姉ぇの賊がお顔出してるの…。しまってよぉ」
我ながら汚いと思うが、こいつの弱点である仲間の話を出してやった。
エルは若干引いているが、肝心のルガルは口汚い挑発にも動じていなかった。
「そうじゃな、小屋に残った2人は生かしておこうかの。お前を動かすのに使えるじゃろ」
「ルプ姉ぇ……」
くそ、急に悪魔感出してきやがって。
あろうことか、向こうも汚いやり方を出してきた。
もう戦うしかないんだ、少しの間ではあったが、仲間だと思っていたこいつと……。
でも、俺にはその前に一つだけ確認しておきたい事があった。
「おい、ルガル。お前……さっきのルルフェルの顔、見たか?」
ルガルが裏切った時、ルルフェルが見せたあの顔。
あいつのあの悲しそうな目を見て、ルガルがどう思ったのか。
聞いたところでどうにもならないが、どうしても聞いておきたかった。
情けない事だが、俺は心のどこかでまだ戦わずに済む方法を探しているのかもしれない。
「……知らんわ、そんなの」
返ってきたのは、本当にどうにもならない答えだった。
顔を背け、吐き捨てるようにそう言ったルガルは、そのまま問い返してきた。
「カイネ……。あの新顔の天使が言っとった事と、同じような事をわしも問うぞ」
その問いの時だけは、ずっと平坦だったルガルの声が、少しだけいつものように戻った気がした。
「お前はそこにいる天使崩れ共がどんな存在か、本当に理解した上で協力しておるのか?」
何を言っているんだと思ったが、こいつらの事は知らない部分の方が多いのだと気づく。
一緒に居て、いつからか種族の違いなんかすっかり気にせず、完全に気を許していた。
俺は天使も悪魔も、こいつらが何なのか全然分かっていないのに。
「もう、ルガルばっかり。ボクもキミとお話したいんだけどな?」
思い詰めた俺の顔を、紫髪の悪魔が下から覗き込んできた。
「うお!?」
「自己紹介がまだだったね。ボクはギリィ、魔王様の左腕って呼ばれてたホムンクルスだよ。よろしく」
驚かされたついでに自己紹介をされた。
ルガルは殺気剥き出しだが、こいつからは敵意というものが感じられない。
「ホムンクルス?」
「そうだよ。でも、怖がらないで。キミ達もそう変わらないから」
聞いた事がある。
戦火の絶えなかった遠い遠い昔、量産可能な人間を模した兵器、ホムンクルスを作ろうとしていた国があったとか。だが、その研究は上手くいかず、生まれたのは不良品ばかりで、結局使われる事はなかったと歴史の先生が言っていた。
そんなものが、どうしてヘルヘイムに?
しかも、魔王の側近ポジションに出世までして……。
妙に友好的な事も相まって、ひたすら不気味なやつだ。
「ええい、無駄話はここまでじゃあ!!」
油断している訳じゃないが、どうしても戦う事から目を逸らそうとする自分がいる。
もしかしたら、ユールも同じだったのかもしれない。
迷いの見えるユールの隙をつき、ルガルが猛然と襲いかかる。
「ッ!!」
ルガルは灰色の炎を纏った手で、ユールの首をわし掴みにした。
その容赦のない攻撃に、ヘルウルフの巣で戦った時は、本気など出していなかったのだと分かった。
そして何より、こいつが本当に敵になった証明だと心が揺らぐ。
「ユールッ!!」
苦しそうに藻掻いていたユールだが、天使の腕力も馬鹿にならない。
「……痛くないわよ、あんたのぷにぷにおててなんかぁ!!」
強がって叫んだユールが、何とかルガルの手を振り払った。
首についた火傷の痕が痛々しかったが、同時にもっと衝撃的な事が起きていた。
─── バシャアアア!!
突然ユールの目の前に、激しい水の渦が現れたのだ。
しかも、あれはおそらく普通の水じゃない。
普通の水よりも気持ち透き通っている気がする。
あれはユールの持っていた能力、すっかり見慣れたあの聖水だ。
「んに゛ゃああッ!?」
予想外のその聖水の渦は、ルガルをあっという間に飲み込んでいった。
どういう事だ、堕天した時にこいつらの能力は失われたはず……。
「嘘、な、何で?」
俺は理由が分からず混乱していたが、誰よりも出した本人が困惑していた。
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