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第四話
しおりを挟む拓夢に言われてから、俺は店内の様子を注意して見るようになったのだが、確かに、あきらと他のアルバイト達との間には溝があるように感じられた。むしろ、今までなんで気付かなかったのだろうか、と思えるくらいには、あきらは露骨に避けられているようだった。しかし、これは俺が立ち入っていい問題かどうか。少しだけ迷うところだった。もしもあきらが他のアルバイト達と同じように剣道部からこの店に来たのならば、問答無用で話し合いをさせて、わだかまりをなくそうとするところだったが、あきらはそうではない。そもそも、肝心のあきらがどう思っているのかがわからない。とりあえず俺は、あきらから直接本心を聞き出すことにした。
「そうなんですよ~、俺もどうしていいかわかんなくって……」
切り出すのに多少面倒があるかとも思っていたのだが、あきらもあっさりと話を打ち明けてくれた。どうやら、あきらも人知れず悩んでいたようだった。無駄なおせっかいを焼く形にならなくてよかった。俺は密かに安堵した。
「最初のうちは向こうの方から結構話しかけてくれたんですけどね。うまく答えられなくて、どもったり、黙ったりしちゃって、目も合わせられなくて……」
あきらは力なく机の上に突っ伏して、ぼそぼそと喋りつづけた。最近は忙しかったり疲れたりした時なんかに、その体勢を取ることが、時々あった。
「まぁ、俺がこういうのもなんなんだが、あいつらも縄張り意識が強いというか、仲間うちで固まりがちなところがあってなあ。なかなか打ち解けるきっかけがなあ。あ、そうだ」
俺はそこで妙案を思いついた。
「あきらは酒はどうなんだ?そういえば、世の中こんな状況だったし、歓迎会やらなかったもんな。丁度いいから、この機会に……」「先輩」
普段より若干低い声色で、話を遮られる。
「俺、未成年なんですけど」
「ん?それは知ってるけど。履歴書に書いてあったし……」
「先輩、未成年は、お酒飲んじゃだめですよね?」「あっ……」
もちろん、そうだった。それが法律で定められているルールで、世間の常識だった。いくら剣道部内では大っぴらに言えないようなことがまかり通っていたとしても、それを外に出しては不適当だった。
「だめですよ、アルバイト同士でそんなことしちゃ。お店潰れちゃいますよ?」
「いやあ、さすがにそんなことはないだろうけど……。あれ、あきらはいつ二十歳になるんだっけ。誕生日」
「いや、もうじきと言えばもうじきですけど。でも、俺別に二十歳になったからすぐ酒飲もうだとか、そんなつもり一切ないですからね」
そんなことを言っていたのが、先月だったはずだ。
結果から言うと、あっさりとあきらは拓夢たちと打ち解けた。きっかけは確か俺がみんなの前であきらの誕生日が近いことを漏らしてしまったことだった。なんだかんだみんなあきらに興味があったに違いない。どうしても飲み会を開いて欲しいと、俺に頼んできたのだった。
「あきらは決して無理に飲む必要はないから。最初だけでも顔を出してやったらみんな満足するから」
そう言って、何度も口説いた甲斐があって、あきらも結局最後には「しょうがないなあ」とうなずいてくれた。
中には個人差で強い弱いがあるにしても、みんな飲み始めてから何年も経っていない若造だ。乾杯してビール一杯で潰れそうになるのもいれば、調子に乗って続けざまに飲んではトイレに駆け込む者もいる。三十分も経たないうちに、座敷は乱雑で収集のつかない様子を見せ始めていた。
あきらは最初ウーロン茶を飲みながら驚いた様子でそれを眺めていたのだが、拓夢や他の皆が、普段とちがった酔った勢いで絡んで来るうちに興味が出たらしい。俺が止めたにも関わらず、空のコップを手に持って差し出してしまった。
「あきらちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい~」
べろべろになった拓夢が、妙な節を付けながら、あきらにビール瓶を向ける。おそらくあきらも誰かに酒を注がれるなんて初めてのことだろう。緊張したようで、口を結んで肩をすくめながらも、頬は嬉しそうに上ずっていた。まわりが盛んにはやし立て始めると、きょろきょろととまどったように辺りを見渡し、最後に俺と目が合った。俺が「しょうがないな」と口の形だけで伝えると、あきらも「しょうがないですねえ、一杯だけですよ」と応じて、周りはどっと沸いた。かと思ったら、正座したままのあきらが細い首を持ち上げて、くっくっと喉を鳴らして干している間、固唾を飲んで見守っている有様だった。
「うえ」
飲み干したあきらが、空のコップを片手に顔をしかめると、口々に叫び、手を打ち鳴らし、飛び上がったりして、店の人が怒鳴り込んでくるまで、騒々しくしたりしていた。
結局、それがきっかけであきらは店の一員になれたのだった。彼らは急速に打ち解けていった。普段ほとんど動物めいたコミュニケーションしか取れないような連中が、あきらに対してだけはおずおずと様子をうかがいながら手を差し伸べる姿が、俺にはほほえましかった。店を開ける前なんかに、俺が話に加わっていなくても、あきらの笑い声が聞こえてくることも多くなった。そんな時に俺はカウンターの裏でノートパソコンの画面を見つめながら、そっとそれに耳を澄ませていたりもした。
ある日のこと、いつものように客足が落ち着いてきた頃合を見て、俺は休憩室に入った。自分のロッカーを開けるとスマホを取り出して、溜まっているメッセージを確認する。大した用件がないのも、いつも通りだ。俺は深くため息をつくと、パイプ椅子に腰かけた。
ふと、ロッカーの上を見ると、誰かの制服がかかっていた。確かめなくても、それがあきらのものだと直感した。最初はそれを畳んでおいてやるつもりで、何気なく手に取った。ふと、なにかの甘い香りが漂ってきたように感じた。その瞬間、誰かがこの部屋に入ってきてしまうのではないかという妄想にとらわれる。慌てて立ち上がって、ドアの方をちらりと見た。誰もいない。ほっとする。もう一度、制服に目を戻す。あきらのものだ。その時、視界の端で何か動くものが見えた。反射的にそちらを見る。あきらが立っていた。
「あの、制服持って帰るの忘れて、洗濯しなきゃって思って……」
俺を見つめるあきらの表情は、胸で手を合わせて、口を結び、明らかにおびえていた。
「あぁ、これお前のだったか。間違って下に落としちゃったみたいでさ、畳んでおくかと思って」
俺は絶望的な気分で、それを、可能な限りこともなげに言った。つもりだった。それだけのセリフを言うのに、全身の力を振り絞る必要があった。声は震えていなかったはずだ。疲労感で太ももから力が抜けそうになるだなんて、本当にいつ以来のことだろう。
「ありがとうございます」
あきらは俺の手から制服を受け取ると、丁寧に折りたたんでバッグの中にしまった。そのまま逃げるように休憩室を出て行く。俺は、その後ろ姿をただ見送った。
その日から、あきらと直接言葉を交わす機会は極端に減った。代わりに、俺以外の誰かと話している声が、とてもよく響いてきた。俺はそれを聞くたびに、胸が締め付けられるようだった。仕事にも身が入らず、ミスを繰り返すようになった。拓夢がとても心配して、なんでも相談してくれと繰り返し言ってくれたが、こんなことを彼に打ち明けるわけにもいかない。そもそも、俺自身が俺に何が起きているのか、さっぱりわかっていなかった。いや、実際にはわかりきっていた。現実を直視できなかっただけだ。それを認めてしまったとすると、その時俺は一体どうすればいいのか。そんなことを考えると、怖くて、何もできなかった。考えることすらできなかった。俺はただ、暗闇の中を独りで歩いている、そんな毎日を過ごすばかりだった。
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