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第五話
しおりを挟む結局、時間だけが過ぎていった。俺以外のアルバイト達と、あきらは、打ち解ける一方だった。彼らは、徐々に彼ら特有の乱雑なコミュニケーションの取り方を、あからさまにするようになっていった。意外なことに、あきらはそれをそこまで苦にしているようでもなかった。もちろん、表向きだけのことだったかかもしれない。どちらにせよ、その時の俺にはあきらの内心を知る手はずなど残っているはずもなかった。
「あきら君、最近疲れているみたいだね」
ある日、ランチとディナーの間の時間に、店長とコーヒーを飲んでいる時に、そんな話になった。
「課題が終わらないらしいっすよ、なんか。やっぱまともな学校はやることが違いますねえ。俺なんて課題提出したことないもん」
拓夢が何気なく言った。普段だったら軽口の一つでも返すような場面だったが、息が詰まって言葉が出てこなかった。俺の知らないところで、俺の知らない会話が繰り広げられている。それを突き付けられただけで、俺は内臓をわしづかみにされた気分だった。吐く息が辛くて、背中を丸めて、まるでコーヒーの表面に救いの文言が書かれているかのように、必死に、覗き込んでしまう。
「でも、彼は真面目だからね。きっと提出できると思うよ。君とは違ってね」
拓夢が甘えるような抗議の声を上げると、店長はさも楽しそうに笑った。
ある日、閉店間際に、シフトに入っていなかったはずの拓夢が慌ただしくやってきた。そしてあきらの姿を見つけると、「ちょっとこい」と言って強引に彼を連れ出した。あきらは最初こそ抵抗していたが、やがて諦めたらしく、拓夢の後についていった。俺はそれを黙って見ていた。なんとなく、世界の終わりのような気分だった。しばらくして、あきらは戻ってきた。あきらは申し訳なさそうな顔をしていた。
「先輩、今ちょっとお話していいですか」
絶対にいい話ではないだろう、ということだけは、予感できた。今度はどんな種類の絶望が待ち構えているのだろうか。俺は今度こそそれに耐え切ることができず、壊れてしまうかもしれない。なのに、同時に俺はとてつもない喜びも感じていた。あきらが俺一人に話しかけている。ただそのことだけで、俺の心は浮き立った。天国と地獄を同時に感じながら、俺はきっと、幽鬼のような顔をしながら、頷いた。
店の裏手にある公園まで続く路地は、まるで異世界に続く橋だった。街灯に照らされるあきらが、そこを渡る。後を続く俺の一歩一歩が、訳もなくひどく俺の心まで響いた。
「実は、少し困ってるんですけど」
俺の目の下でうつむくあきらの姿は、久しぶりに間近に見る姿は、この上なく俺の心を乱した。乱されながら、俺は必死に呼吸を整えようとしていた。
「みんな仲良くしてくれるのは嬉しいんですけど、悪気があって言っているわけじゃない、ってわかっているので、断りづらいんですけど」
彼がバイトを始めて間もなくの頃、毎日のように目にすることができた、懐かしいあきらの仕草だった。いくら全身で申し訳なさそうにしていても、決して卑屈に見えることはない。すっきりと伸びた背筋は、彼の生来の気高さを垣間見せている。
「俺から言ったら角が立っちゃいそうで、こんなこと相談できるのが先輩しかいなくって」
その言葉を耳にした瞬間、全身の血が湧きたつのを感じた。瞬く間に視界が広がり、隅々まで光があふれ始めた。弱々しい街灯に、幾匹かの蛾が何度も体当たりする音が、くっきりと聞こえる。
「……それで、どんなことを言われてるんだ」
声が震えないようにするので、必死だった。涙がこぼれないようにするので、精一杯だった。
「実は、みんなの前で女装して見せてくれって言われてまして」
「え?」
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