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第十一話

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その日のあきらは、パーティ会場に来る前にすでにどこかで酒を入れてきたらしく、いつもより饒舌で陽気だった。誰かの些細な冗談や振る舞いを見ては、大げさに笑い、笑い過ぎてせき込むこともたびたびあった。俺からするとあまり見たことのないあきらの一面だったが、あきらが引き連れてきた大学の友人たちの反応を見る限り、あきらはこういう場では、そういうキャラクターとして受け入れられているらしい。
「あきらちゃん、ちょっと飲みすぎだよ?」
同級生らしい女の子が心配そうに顔を覗き込むが、あきらは「だいじょぶだいじょぶ!」と快活に次のグラスを傾けている。
俺はあっけに取られる半面、そんなあきらの顔は上気していて、煌めいて見えて、なんだかとてもハロウィーンに似つかわしくて、目が離せなかった。だから、あきらがふと気づいた様子で部屋の反対側から近づいてきた時、とっさに目をそらすこともできず、あきらを見つめたままで固まってしまっていた。
「せんぱ~い!お疲れ様です、ハッピーハロウィーン!」
そんな俺の様子を気にも留めずにそう言って、あきらは手に持つワインボトルをぐいと突き出す。
「あぁ、ハッピーハロウィーン」
俺は手に持ったグラスにそれを注いでもらいながら答えた。
「どうしちゃったんです?こんな隅っこで。調子でも悪いんです?」
あきらは不思議そうな顔をして、俺の目を覗き込もうとする。長いまつ毛が、頬に影を落としている。いつもより距離が近い。俺はその時テーブルに対して椅子を横向きにして座っていたのだが、その割った膝の間に半ば入り込むような、そんな距離感だった。
「いや、そうじゃないんだけどな。さっき拓夢に無理やり飲まされて。少し冷ましてるんだよ」
「あ~……」
俺がそう言うとあきらは納得したようで、目を閉じて大きく頷いた。
「駄目ですよお?自分でコントロールしなきゃ。はしゃぎすぎると大抵ヒドイことになりますからね」
「それを今のお前が言うか……。だいぶ飲んでいる様子だけど」
「俺は全然平気ですよう。それより、先輩。格好いいですねえ、それ」
突然褒められて俺は瞬時に混乱しかけたが、すぐに衣装のことを言っているのだと気づき、取り繕う。
「なんか色々凝ってるんだよな、これ。その分着るのにだいぶ手間取ったけど」
「へー、そうなんだ。ちょっと触っていいですか?俺、大型犬とか好きなんですよ」
俺がなんの返答もしないうちから、あきらは俺ににじり寄って飾りのふわふわした部分をいじくり始めた。
「やっぱ先輩上背ありますもんねー。すごくいいなーこういうの。ハスキーぽくて」
あきらは俺の胸に顔をうずめるような姿勢になって、その細い指で俺のあごをなでようとしてくる。
「おい、やっぱり酔ってるだろうお前。水でも飲んで少し冷ました方が……」
「先輩、トリックオアトリート」
俺の言葉を遮るように、あきらが囁いた。
「……は?」
「お菓子くださいよ、お菓子。お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ」
「え?あ、お菓子、お菓子な。わかった、今取って来るからちょっと待ってろ」
「だめでーす、時間切れ。いたずらしまーす」
「え、お前なに言って……」
あきらはそう言うと俺の頭に手をまわし、首筋にかぶりついた。つややかな髪がさらりと落ちるのを肩に感じる。そのまま、ほんの1~2秒、あきらが体をするりと離して去るまでの時間は、大体そんなところだったろう。その間中、俺は一体今何が起きているのか、まったく理解できないまま固まっていた。全身の血液は当たり前のように沸騰しようとしていたし、心臓が破れそうに早鐘を打っていた。視界が少し明るく、広くなったように感じられる。今この瞬間に、俺という存在が白く燃やし尽くされそうとしている、そんな錯覚すら覚える。ただ、一つだけ確実に言えることは、この時の俺は幸せの絶頂にいて、この瞬間が永遠に続くことだけを望み、そのためなら何を失っても構わない、なんて考えていた。ということだけだ。



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