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SED:キリト
あれから二年。トナリさんを知って以来、俺の生活はすっかり彼中心になっていた。
週に一度だけ投稿される動画を指折り数えて待ち、呟きに誰よりも早く気づきたくて通知もオンにしている。
ゼットに流れる彼の何気ない日常のひと言にクスッと笑ったり、同じ空模様に目を向けたり――そんなささやかな日々のやり取りが、今の俺には何よりも大切だった。
そんなある日、彼がこんな呟きを投稿した。
『なんか罪悪感。男性同士のカップルが手を繋いで歩いてたんだけど、俺の存在に気づいて手を離してしまった……ごめんな……』
スマホの画面越しでも、しゅんと肩を落としているような気がした。申し訳なさそうな言葉に、俺もつられて眉尻が下がる。 けれど、それ以上に気になったのは――
「……トナリさん、偏見ないのかな」
もしそうなら、もし本当にそうなら。俺は、すごく嬉しい。
実は俺の恋愛対象は、男性だ。 この呟きに出てくるカップルの気持ちは、痛いほどよくわかる。
ただ、好きな人と手を繋いでいただけなのに、視線を向けられたり、指をさされたり。別に、悪いことをしてるわけじゃないのに――まるで何か「変なもの」を見たように扱われる。
……酷い話だ。
けど、トナリさんは違った。彼は驚きも、嫌悪感も呟いていなかった。ただ、申し訳なさそうに「ごめん」と綴っていた。
――その優しさが、たまらなく嬉しかった。
もっと、もっと彼のことが知りたい。その欲は日を追うごとに強くなっていって、気づけば、俺の中で何かが変わり始めていた。
動画を見ていると、自然と笑ってしまう。ゼットの呟きに、一喜一憂している自分がいる。トナリさんの声を聞くだけで、心がふわっと軽くなる。そうやって彼の存在が、俺の中でどんどん大きくなっていって――
俺は会ったこともない、彼のことを好きになってしまっていたのだ。
……だが、この想いが届くことは、きっとない。いくら偏見がないとはいえ、彼はきっとストレートだ。気持ち悪いと思われなくても、叶うわけがないのだ。俺はそれを、よく知っている。だから、この距離がちょうどいいのだ。 彼の声が聞けるだけで、十分なのだ。
――そう、思っていた。
けれど。
最近、トナリさんの呟きに、どこか違和感を覚えるようになった。
元々そんなに頻繁に呟くタイプじゃなかったけれど、たまに何日も無言が続くと、俺のテンションも下がってしまう。どんな話題でもいい。仕事の愚痴でも、天気の話でも、何でもいい。そこにトナリさんという存在を感じられるだけで、俺は嬉しいのだ。
……なのに、最近の呟きはどこかおかしい。
たとえば――
『上手くいかないことだらけだ。いや、上手くいったことなんてあったかな。やんなちまうぜ~☆』
おちゃらけた絵文字がついているけれど、それが余計に空々しく感じる。 まるで無理に明るく装っているようで、読んでいて胸が締めつけられる。
「大丈夫かな……トナリさん……実況やめたりしないよな……」
不安が頭をよぎる。 実際、彼の最近の実況には、どこか”諦め”のようなものが混じっていた。「どうせ誰も見てない」そんな空気が、声の端々に滲んでいる気がした。
どうしよう。何かできないか。俺にできることはないのか――ソワソワして、ずっと気持ちが落ち着かない。
そして、その夜。ついにその呟きが投稿された。
『もうそろそろ潮時かな』
深夜二時。その言葉を見た瞬間、俺の思考はフリーズした。
ちょうど実況者仲間とゲームをしていたところだったが、もうそれどころではなかった。ドスコードから「おーい、キリト?どした?」「寝落ち?」と聞こえる声も、遠くで響いているみたいだ。
どうしよう。どうすればいい。 俺に何ができる? 俺が彼にできることはなんだ? 彼の実況を続けさせるためには―― 彼に「まだやっていたい」と思わせるためには……
「やっぱ、数だよな」
『は?数?』
『何?カス?悪口か?』
登録者数。 彼が続ける理由になりうる“数字”を、俺が伸ばしてやればいい。俺ができること。それは――
「……コラボでしょ。これしかない!!」
『うぉっ急にでかい声出すなよ』
『コラボって言った?誰とよ?』
そう、登録者数がそこそこいる俺とコラボすれば、トナリさんの動画をもっと多くの人に知ってもらえる。 大丈夫。あの実況には、俺みたいにハマる人が絶対にいる。
「そうと決まれば、早速DMだっ! 悪い、俺落ちる!」
『え』『は?』
ゲームの途中だったが、そんなことはどうでもいい。俺はすぐさまログアウトして、ゼットのDMを開いた。 ……が、そこからが長かった。
「えーっと……な、なんて送ろう……これが初DMだよな……ってことは、これから俺、トナリさんとメッセージのやり取りをするんだよな……うわ、やば、手汗すごっ……第一印象って超大事じゃん……うーん、うーん……」
気負いすぎた結果、三日間も悩んだ。
ようやく送信したDMはというと――
見事に偽キリト扱いされ、全く信じてもらえなかった。
あれから二年。トナリさんを知って以来、俺の生活はすっかり彼中心になっていた。
週に一度だけ投稿される動画を指折り数えて待ち、呟きに誰よりも早く気づきたくて通知もオンにしている。
ゼットに流れる彼の何気ない日常のひと言にクスッと笑ったり、同じ空模様に目を向けたり――そんなささやかな日々のやり取りが、今の俺には何よりも大切だった。
そんなある日、彼がこんな呟きを投稿した。
『なんか罪悪感。男性同士のカップルが手を繋いで歩いてたんだけど、俺の存在に気づいて手を離してしまった……ごめんな……』
スマホの画面越しでも、しゅんと肩を落としているような気がした。申し訳なさそうな言葉に、俺もつられて眉尻が下がる。 けれど、それ以上に気になったのは――
「……トナリさん、偏見ないのかな」
もしそうなら、もし本当にそうなら。俺は、すごく嬉しい。
実は俺の恋愛対象は、男性だ。 この呟きに出てくるカップルの気持ちは、痛いほどよくわかる。
ただ、好きな人と手を繋いでいただけなのに、視線を向けられたり、指をさされたり。別に、悪いことをしてるわけじゃないのに――まるで何か「変なもの」を見たように扱われる。
……酷い話だ。
けど、トナリさんは違った。彼は驚きも、嫌悪感も呟いていなかった。ただ、申し訳なさそうに「ごめん」と綴っていた。
――その優しさが、たまらなく嬉しかった。
もっと、もっと彼のことが知りたい。その欲は日を追うごとに強くなっていって、気づけば、俺の中で何かが変わり始めていた。
動画を見ていると、自然と笑ってしまう。ゼットの呟きに、一喜一憂している自分がいる。トナリさんの声を聞くだけで、心がふわっと軽くなる。そうやって彼の存在が、俺の中でどんどん大きくなっていって――
俺は会ったこともない、彼のことを好きになってしまっていたのだ。
……だが、この想いが届くことは、きっとない。いくら偏見がないとはいえ、彼はきっとストレートだ。気持ち悪いと思われなくても、叶うわけがないのだ。俺はそれを、よく知っている。だから、この距離がちょうどいいのだ。 彼の声が聞けるだけで、十分なのだ。
――そう、思っていた。
けれど。
最近、トナリさんの呟きに、どこか違和感を覚えるようになった。
元々そんなに頻繁に呟くタイプじゃなかったけれど、たまに何日も無言が続くと、俺のテンションも下がってしまう。どんな話題でもいい。仕事の愚痴でも、天気の話でも、何でもいい。そこにトナリさんという存在を感じられるだけで、俺は嬉しいのだ。
……なのに、最近の呟きはどこかおかしい。
たとえば――
『上手くいかないことだらけだ。いや、上手くいったことなんてあったかな。やんなちまうぜ~☆』
おちゃらけた絵文字がついているけれど、それが余計に空々しく感じる。 まるで無理に明るく装っているようで、読んでいて胸が締めつけられる。
「大丈夫かな……トナリさん……実況やめたりしないよな……」
不安が頭をよぎる。 実際、彼の最近の実況には、どこか”諦め”のようなものが混じっていた。「どうせ誰も見てない」そんな空気が、声の端々に滲んでいる気がした。
どうしよう。何かできないか。俺にできることはないのか――ソワソワして、ずっと気持ちが落ち着かない。
そして、その夜。ついにその呟きが投稿された。
『もうそろそろ潮時かな』
深夜二時。その言葉を見た瞬間、俺の思考はフリーズした。
ちょうど実況者仲間とゲームをしていたところだったが、もうそれどころではなかった。ドスコードから「おーい、キリト?どした?」「寝落ち?」と聞こえる声も、遠くで響いているみたいだ。
どうしよう。どうすればいい。 俺に何ができる? 俺が彼にできることはなんだ? 彼の実況を続けさせるためには―― 彼に「まだやっていたい」と思わせるためには……
「やっぱ、数だよな」
『は?数?』
『何?カス?悪口か?』
登録者数。 彼が続ける理由になりうる“数字”を、俺が伸ばしてやればいい。俺ができること。それは――
「……コラボでしょ。これしかない!!」
『うぉっ急にでかい声出すなよ』
『コラボって言った?誰とよ?』
そう、登録者数がそこそこいる俺とコラボすれば、トナリさんの動画をもっと多くの人に知ってもらえる。 大丈夫。あの実況には、俺みたいにハマる人が絶対にいる。
「そうと決まれば、早速DMだっ! 悪い、俺落ちる!」
『え』『は?』
ゲームの途中だったが、そんなことはどうでもいい。俺はすぐさまログアウトして、ゼットのDMを開いた。 ……が、そこからが長かった。
「えーっと……な、なんて送ろう……これが初DMだよな……ってことは、これから俺、トナリさんとメッセージのやり取りをするんだよな……うわ、やば、手汗すごっ……第一印象って超大事じゃん……うーん、うーん……」
気負いすぎた結果、三日間も悩んだ。
ようやく送信したDMはというと――
見事に偽キリト扱いされ、全く信じてもらえなかった。
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