異世界列島

黒酢

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第1.0章_探索

06.古代遺跡Ⅲ

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 ♢
 その後の遺跡内探索は予定通りスムーズに進んだ。

 途中、何度か魔物と戦闘になることもあったが、相馬らの持つ火力の前に多くの魔物が沈んでいった。

「……」

 相馬らは再び無言のまま、遺跡内部の地図化マッピング作業と並行して足を進める。

 石段の上り下りを繰り返し、現在は遺跡の入り口から下に六層目。ここまでに来る間に他の部屋で、いくつかの本、謎の器具を見つけている。

 そして、道は途絶えた。相馬らの目の前には人間が使うには少し大きいくらいの両開き扉が一つ。

 前に立つ松野は、相馬を振り返り指示を仰ぐ。相馬は黙ったまま頷いた。

 つまり、開けろという指示。

 隊員らは万が一に備え、何度も繰り返してきた戦闘隊形を作る。

 ギィィィィィィィィ―――。

 その扉は軋んだ音を立てつつも、何の抵抗もなく開いた。いや、むしろ勝手に開いたと言った方が正確だろう。

 ―――瞬間、眩しい光が相馬ら一三名の隊員を包み込む。

 予想だにしない眩しい光の出現に、相馬らは目を開けることができない。

 そこは直径約五〇mの円形の石造りの部屋。中央には直径一〇mほどの穴があり、天井は優に一五mを超える。光はその穴の上、天井ほどの位置にぷかぷかと浮遊する巨大な光球が放っていた。

「なっ!?」

 相馬は暗視装置を外すと、手で目を覆いながら光の先を睨《にら》んだ。

 光の先には黒い影が一つ。それは人型だった。

「全員撃つな!」

 相馬は背後の隊員たちの動きを察し、そう指示を飛ばす。今撃てば味方にも弾が当たる危険性が高いからだ。

 しばらくして、相馬の目が光に慣れた。

 そのとき相馬の目に飛び込んできたのは、感情を感じさせない無表情な顔をした美少女———。その少女は相馬のすぐ目の前に立っていた。

 クリっとした大きな瞳に整った顔立ち。頭から腰まで伸びる絹糸のような銀髪はほのかに甘く、相馬の鼻孔を刺激した。

「……女の、子?」

 相馬は呆然とそう呟く。

 少女と相馬の距離は一mもない。まさしく目と鼻の先に少女はいた。

 ありえない事態。魔物が住まう遺跡の奥に、このような美少女がいること。それはまさしく異常。

 相馬は即座に身体を反ると、そのまま受け身の形を取り地面に転がる。そして、瞬時に89式小銃の安全装置を単発を意味する〝タ〟まで一気に回し、銃口をその少女に向けた。

 相馬の動きに、あっけにとられていた隊員たちも我に返り、相馬を援護すべく小銃の銃口を少女に合わせる。

「……」

 沈黙。

 時間にして数秒。それが相馬にとっては数分のことに感じられた。

 お前は何者だ。と、相馬が口を開くよりも早く、少女が声を出す。作り物のように美しく、心地よい……だがどこか無機質な声で一言。

「おもしろい」

 少女は無表情のままそう呟いた。対する相馬は、震える声で聞き返す。

「……日本語?」

 言葉を絞り出すように聞き返した相馬は、自身の声が震えていることに愕然とした。そして小銃を握る自身の手も震えていることに気が付く。

 息が荒くなり、脈拍は大きくなる。

 それは小隊の全員が同じであった。人間、予測不可能なことが起きれば驚く。お化け屋敷だとか肝試しだとかも同じで、状況から判断して明らかにおかしなことが突然起きれば人間は自然と恐怖を抱く。

 一方の少女は相変わらず無表情のまま、相馬たちから距離をとった。一瞬で。それは滑るように。

 そしてゆっくりとその小さな口を開く。

「わたし」

 少女はそう言って言葉を区切り、「私?私たち……?」と呟き、首を傾げた。そして何事か納得すると、再び口を開く。

「私たちは、世界の尊重者であり、守護者であり、観察者」

 相馬は聞き返す。

「世界の、観察者?」

 少女は相馬の問いにコクリと頷いた。

「そう。それが一番妥当な言葉。カミと呼ぶ人もいるけどそれは間違い」

 相馬は黙って少女の話に聞き入る。それでも小銃の銃口は少女を捉えたままだ。だが、少女はそんなことは意に介さず話を続ける。

「あなたたちはおもしろい。だから……」

 少女はそう言って言葉を止め、指をパチンと鳴らした。

「だから、贈り物、プレゼント」

 再びの沈黙。しかし相馬たちはその言葉の意味を測りかねていた。

「……プレゼント?なにも」

「すぐに分かる」

「それはどういう……」

 次の瞬間、少女は消えていた。それは消えるように、だとか、光と共に、だとか、そういった消え方ではない。

 言葉の通り、一瞬にしてそこにいたはずの少女の姿が消えたのだ。

「隊長!」

 城ケ崎の叫びと共に、隊員たちが駆け寄る。

「隊長無事でしたか!?」

 松野の叫びに「あ、あぁ」と相馬。相馬が無事だと分かると、隊員たちは次々に件《くだん》の少女について興奮交じりに語り始める。

「……今の少女は何者だったんですか!?」

 城ケ崎はそう言って相馬に詰め寄った。

「……いや、俺が聞きたいよ」

 相馬は「近い!」と城ケ崎を引き離すと、少女の残した言葉を口ずさむ。

「プレゼント……か」

 相馬はそう言うと、「よし」と声を上げる。

「兎に角、今は任務を続行しよう。室内を隈なく探索後、外に戻るぞ」






 ♢
 相馬たち一三人の隊員が遺跡の外に戻ったのは夕刻。

 先ほどまでまだ頂点にも達していなかった太陽も、このときにはすでに西の空にあった。

 ちなみにこの世界でも、惑星の自転方向が同じであるのか太陽は東から昇って西に沈む。だが、自転周期は地球より約一時間ほど遅いため、一日の長さは約二五時間に伸びた。

 一時間のずれを侮ってはいけない。数日もしないうちに日入り・日出の時間は狂う。最初こそ、時計と実時間が合わないと大騒ぎになったものだ。

 今でも二五時間時計は構想段階であり、とりあえずの対処として、政府は〇時ちょうどに一時間時間を遅らせることで一日を二五時に合わせることを法律で定めている。

「んー、やっと外に出れたー」

 松野はそう言って伸びをした。そして相馬の方を振り返り、言葉を続ける。

「結局、あの不思議な少女の言ってたプレゼントって何だったんですかね?」

「さあなぁ……さっぱりだ」

 相馬は自身の腕時計に視線を落とし、時刻を確認した。現在時刻は一六時一五分。時間にして約六時間近く遺跡の内部に潜っていたことになる。もっとも、最近の日入りは一九~二〇時の間であるからまだ、陽が沈むまで三、四時間の余裕があった。

「詳細な調査は東岸拠点ひがしの別部隊に任せるとして、」

 と、そこに無線が入る。相馬の言葉は無線によって遮られる形となった。

『———相馬隊長。こちら三班、至急応答願います!』
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