6 / 8
櫻花荘との出会い
第五話 無職は仲居と話す
しおりを挟む
長い山道を一人でゆっくりと歩く。
最寄りの食事処がなんでこんなに遠いんだよと何度も心のなかで文句を言いつつも、旅館のある商店街が見えるところまで帰ってきていた。
日は少し傾いて来て寒いくらいだった。
多少痛む足を引きずりながら、旅館へと歩みを進めた。
旅館の引き戸を開けると受付には、昼頃居た仲居とは違う二十代半ばくらいの女性が帳場にいた。
背は高く、顎下で切りそろえられた暗い茶髪の女性の佇まいは、担当仲居とは違うベクトルで綺麗だった。
帳場に置かれた台帳へ切れ長の目線を落とし静かに何かを確認している。
扉を開けて俺が入ってきたことに気づくと先程までのクールな表情からぱぁっと明るい笑顔を見せてこちらによってくる。
「おかえりなさい」と言いながら笑顔で履物を用意してくれる。
履物を変えると彼女は手前でニコニコしながら待っている。
「さくらの長谷川様でお間違い無いですか?」
顔をチラっと見られたかと思うと初めて合うのに泊まっている部屋を当てられる。
少し驚いている俺の顔を見るとフフっと可愛らしく笑う。
「支配人から聞いてますからね。 それより寒くなかったですか? この辺は夏でも夜は涼しいので、次からは上着を持参したほうがいいですよ」
そうアドバイスを受けながらさくらの部屋に向かう。
今は手が空いているのか部屋を開けて座椅子に腰掛ける。
「私は木曽 若菜と申します」
側について軽く自己紹介を済ませると、お茶の準備を始める。
「寒い中歩いてきたんですから、お茶を飲んで温まってください」
そう言いながら慣れた手つきで茶をいれる。
その所作は無駄がなくとても美しかった。彼女はこの旅館の中でも相当ベテランなのだろう。
「ちなみにどちらへいかれたので?」
入れ終わったお茶を差し出しながら聞いてくる。
「いち屋という蕎麦屋さんに行きました」
「あそこですか、とても美味しいですよね。店主のおばあちゃんもおしゃべりで優しいから私もよく行くんですよ。 旦那さんが亡くなられてから休むことが多かったんですけど、開いていて良かったですね」
それを聞いてもしあれだけ歩いて休みだったら立ち直れないなと思った。
「ちなみに、支配人からは親戚が来るとしか聞いていませんがどちらから?」
「横浜から来ました」
横浜の二文字が出た瞬間に彼女は瞳をキラキラさせた。
「横浜ですか!中華街とかがある!」
「そうですね、俺は横浜でも端の方なのでちょっと遠いですけど」
「そうなんですね、しばらくお泊りになると聞いているので機会があったらあちらの方のことを教えて下さいね」
そう言いながら茶器を片付ける。
「お夕飯はどうしますか? 二一時までならご用意できますが」
「では二十時頃にお願いできますか?」
「かしこまりました。それではまた」
そう言いながら襖を開けて「失礼します」出ていった。
帳場に居た頃の表情からクールな印象を受けていたが、接客のときはとても明るくとても接しやすい方だなと思った。
時間まで少しあるから風呂にでも行こうかな。
◇◆◇
時計の短針が八を示す頃、俺は窓際にあるチェアへ腰掛け、スマートフォンで近頃人気の縦型動画を流し見していた。
風呂上がりでやや体温が上がっているため、少し開いた窓から吹く風が冷たくて心地が良い。
時計の長針が丁度十二を示したあたりで襖の外から声がかかる。
「失礼します」その声から担当仲居の佐久雪乃が来たのはすぐわかった。
襖が開くと台車を押した彼女が居たので、チェアから立ち上がり浴衣をなおしながら座椅子へと向かった。
「おまたせしました。お夕食のご準備ができましたのでお並べいたします」
そう言うと料理が載せられたプレートをこちらまで運ぶと、横につき丁寧に料理を並べ始める。
筍の土佐煮や御造り、焼き物などが丁寧に並べられる。
一通り説明を終えると俺は食事を始めた。
なぜか彼女は部屋を離れずにニコニコとこちらを見ている。
「今日はどちらにいかれたんですか?」
先に木曽という仲居と同じことを聞かれたのでそばを食べに行ったことも告げた。
「そうだったんですね、どうでした?」
「美味しかったけど、あそこにたどり着くまでが辛かったですね」
その返答に彼女は少し笑う。
「ちょっと距離がありますからね」
いや本当に。
俺は先附の器を取り食べ始める。
筍に味がとても染み込んでいて美味だった。
「そういえば、公園の方で桜が咲き始めたようですよ」
仲居はどこからか高谷公園と書かれたリーフレットを取り出しながら言う。
「この公園なんですけど、桜が全国的に有名でおすすめなんです。長谷川様は二週間滞在されるとのことでしたのでお帰りになられる頃には満開になっているかと」
母からも勧められた公園だった。
桜が満開になる頃、向かうとしよう。
ちょっとした雑談をしながら食事を終え、片付けが済んだあと床についた。
今日は長時間歩いたこともありつかれた。
最寄りの食事処がなんでこんなに遠いんだよと何度も心のなかで文句を言いつつも、旅館のある商店街が見えるところまで帰ってきていた。
日は少し傾いて来て寒いくらいだった。
多少痛む足を引きずりながら、旅館へと歩みを進めた。
旅館の引き戸を開けると受付には、昼頃居た仲居とは違う二十代半ばくらいの女性が帳場にいた。
背は高く、顎下で切りそろえられた暗い茶髪の女性の佇まいは、担当仲居とは違うベクトルで綺麗だった。
帳場に置かれた台帳へ切れ長の目線を落とし静かに何かを確認している。
扉を開けて俺が入ってきたことに気づくと先程までのクールな表情からぱぁっと明るい笑顔を見せてこちらによってくる。
「おかえりなさい」と言いながら笑顔で履物を用意してくれる。
履物を変えると彼女は手前でニコニコしながら待っている。
「さくらの長谷川様でお間違い無いですか?」
顔をチラっと見られたかと思うと初めて合うのに泊まっている部屋を当てられる。
少し驚いている俺の顔を見るとフフっと可愛らしく笑う。
「支配人から聞いてますからね。 それより寒くなかったですか? この辺は夏でも夜は涼しいので、次からは上着を持参したほうがいいですよ」
そうアドバイスを受けながらさくらの部屋に向かう。
今は手が空いているのか部屋を開けて座椅子に腰掛ける。
「私は木曽 若菜と申します」
側について軽く自己紹介を済ませると、お茶の準備を始める。
「寒い中歩いてきたんですから、お茶を飲んで温まってください」
そう言いながら慣れた手つきで茶をいれる。
その所作は無駄がなくとても美しかった。彼女はこの旅館の中でも相当ベテランなのだろう。
「ちなみにどちらへいかれたので?」
入れ終わったお茶を差し出しながら聞いてくる。
「いち屋という蕎麦屋さんに行きました」
「あそこですか、とても美味しいですよね。店主のおばあちゃんもおしゃべりで優しいから私もよく行くんですよ。 旦那さんが亡くなられてから休むことが多かったんですけど、開いていて良かったですね」
それを聞いてもしあれだけ歩いて休みだったら立ち直れないなと思った。
「ちなみに、支配人からは親戚が来るとしか聞いていませんがどちらから?」
「横浜から来ました」
横浜の二文字が出た瞬間に彼女は瞳をキラキラさせた。
「横浜ですか!中華街とかがある!」
「そうですね、俺は横浜でも端の方なのでちょっと遠いですけど」
「そうなんですね、しばらくお泊りになると聞いているので機会があったらあちらの方のことを教えて下さいね」
そう言いながら茶器を片付ける。
「お夕飯はどうしますか? 二一時までならご用意できますが」
「では二十時頃にお願いできますか?」
「かしこまりました。それではまた」
そう言いながら襖を開けて「失礼します」出ていった。
帳場に居た頃の表情からクールな印象を受けていたが、接客のときはとても明るくとても接しやすい方だなと思った。
時間まで少しあるから風呂にでも行こうかな。
◇◆◇
時計の短針が八を示す頃、俺は窓際にあるチェアへ腰掛け、スマートフォンで近頃人気の縦型動画を流し見していた。
風呂上がりでやや体温が上がっているため、少し開いた窓から吹く風が冷たくて心地が良い。
時計の長針が丁度十二を示したあたりで襖の外から声がかかる。
「失礼します」その声から担当仲居の佐久雪乃が来たのはすぐわかった。
襖が開くと台車を押した彼女が居たので、チェアから立ち上がり浴衣をなおしながら座椅子へと向かった。
「おまたせしました。お夕食のご準備ができましたのでお並べいたします」
そう言うと料理が載せられたプレートをこちらまで運ぶと、横につき丁寧に料理を並べ始める。
筍の土佐煮や御造り、焼き物などが丁寧に並べられる。
一通り説明を終えると俺は食事を始めた。
なぜか彼女は部屋を離れずにニコニコとこちらを見ている。
「今日はどちらにいかれたんですか?」
先に木曽という仲居と同じことを聞かれたのでそばを食べに行ったことも告げた。
「そうだったんですね、どうでした?」
「美味しかったけど、あそこにたどり着くまでが辛かったですね」
その返答に彼女は少し笑う。
「ちょっと距離がありますからね」
いや本当に。
俺は先附の器を取り食べ始める。
筍に味がとても染み込んでいて美味だった。
「そういえば、公園の方で桜が咲き始めたようですよ」
仲居はどこからか高谷公園と書かれたリーフレットを取り出しながら言う。
「この公園なんですけど、桜が全国的に有名でおすすめなんです。長谷川様は二週間滞在されるとのことでしたのでお帰りになられる頃には満開になっているかと」
母からも勧められた公園だった。
桜が満開になる頃、向かうとしよう。
ちょっとした雑談をしながら食事を終え、片付けが済んだあと床についた。
今日は長時間歩いたこともありつかれた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる