人生

にわとりの子

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お母さんへ

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結婚の披露宴。

ゲストの前に立った花嫁、洋子は緊張の面持ちで口を開いた。彼女はまずゲストへ今日この会場へ来てくれた感謝を述べ、自分を育ててくれた人の方を見る。

「お母さんへ」

彼女の口からは母親宛てにしか手紙を書いていないことが告げられた。

ゲストの目線は一勢に彼女の母親の隣にいる男性に向けられた。
当たり前だ。彼女には父親がいる。

「私が知っているお母さんの人生は全て私のためでした。」

彼女はそんなゲストの戸惑いを構わず続ける。

「毎日温かいご飯を作ってくれた。家中のお掃除も、洗濯だってお母さんがやってくれた。親元を離れた今、家事がどれだけ大変か痛感し、同時にとても感謝しています。」

彼女の父親は苦笑いながら自分の娘を愛おしそうに見ていた。

「私が保育園児だった頃、車で1時間もかかる保育園に毎日送ってくれました。私はそのほとんどを寝ていてあまり覚えていないけど、お母さんが運転、苦手だって知ってるよ?本当にありがとう。

私が小学校に上がると、お母さんは家に帰らなくなりました。代わりにおばあちゃんが家に来てくれて、お母さんは遠いところに働きに行っちゃった。お母さんは土日しか帰ってこなくて、月曜日の朝はどうやってお母さんを引き止めるかしか考えることが出来ませんでした。
縄跳びで私とお母さんの足、縛っちゃうとか、今考えるとどう見てもお子ちゃまだけれど、私はあれでもすごくすごく真剣でした。」

ここで洋子はふと顔を上げ、自分の母親に目線を向け、少し微笑んだ。父親を故意に視界に入れないようにしている。

彼女には確かに父親がいる。しかし血は繋がっていなかった。母親の再婚。それは彼女が小学2年生から3年生に上がるときだった。彼女は母親と祖母と一緒に父親の家へと引っ越した。

彼女は父親を無視して続ける。

「引っ越して新しい生活になった時、お母さんは仕事をやめて家で待っててくれるようになりました。帰ったらお母さんがいる。私は嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。ようやくお母さんと一緒に住める。そう思うだけでどんなこともできる気がしたし、どんなことも乗り越えられる気がしました。」

彼女の母親は当時のことを思い返し、目にうっすらと涙を浮かべていた。

確かに彼女は母親と一緒に住むようになった。しかしそこには自分の知らない母親の夫がいた。
彼はあまり温厚な性格ではなく、彼女は彼と全く合わなかった。怒られる時に手をあげられることも何度かあり、ますます彼女は彼が嫌いだった。

彼女は母親の夫をまた無視して続ける。

「私が新しい小学校で虐められている話をした時のことを覚えていますか?私はよく覚えています。
私はお母さんから優しく慰められ、気にするな、と言われると思っていました。
でもお母さんは私が今まで見たことも無いような顔で怒っていました。私にではなく、私をいじめる人に。
私の中のお母さんはいつも優しくて面白い人だったので、私はびっくりしてしまいました。そして、『そういう人は自分のバカさ加減を周りの人に見せびらかしているだけなんだよ。』となにかこらえているような顔で言われたとき、私はびっくりして泣き止んでしまったし、お母さんの意外な一面を見れて、なんだか嬉しかったんです。お母さんもちゃんと人なんだな、と思ったのを覚えています。そしてその言葉にも救われました。今ではなんとそのいじめっ子とお友達なんて、当時の私は信じられないでしょうね。」

そう言って洋子はゲストの中へ視線を向けた。バツの悪そうな顔をする友人を見て、ニヤリと笑ってやった。

「また、お母さんは私が小中高と続けていた部活を誰よりも応援してくれました。演奏を聞ける時は全部来てくれた。皆勤賞です。本当にありがとう。お母さんのおかげで頑張れました。」

洋子が入っていた吹奏楽部は他の部活より練習が多く、長かった。そんな洋子が演奏を発表するとなると、母親は結局始めたパートの仕事を休んでまで毎回聞きに来たのだ。

「今ではもう独り立ちし、今日からはこんなにいい人と家庭を築き上げていきます。今日はお母さんの子育て卒業式で、私の親孝行入学式です。
お母さんは今まで私のためを思って私だけのために生きてきました。頑張って来ました。今度は私がお母さんのために頑張る番です。お母さん、今までありがとうございました。長生きしてね。」

ここで洋子は手紙を読み終えた。彼女の母親はポロポロと涙を流し、何度も何度も頷いた。

彼女の手紙は最初から最後まで母親のことしか触れておらず、彼女は父親のことを見向きもしなかった。父親はそんな彼女をどこか落胆したような、諦めたような、それでいて安心もしたような顔で見ていた。

手紙をたたんだ洋子は、手元から目線を上げた。そしてはじめて父親の顔を正面からみた。それからゆっくりと口を開いた。

「あれは私が高校3年生の頃だったよね。
私はあんたに、たとえ自分の結婚式でもあんたにだけは感謝の言葉なんて言ってやるもんかっていった。
あの時、私の中では神様に誓っちゃったもんだから、あんたに感謝なんか言ってやんない。私は一生、言わない。」

彼女の父親は苦笑いながら少し俯いた。それだけ嫌われることをした自覚はあったのだ。
しかし彼は娘が独り立ちしてから、後悔していた。もっと寄り添うべきだった。手をあげるべきじゃなかった。彼女からあんな言葉が出てきてしまうくらい、彼は彼女から嫌われるようなことをした。
彼は手紙に自分が書かれていないことは当然だと思った。事実、彼は彼女から「あんた」としか呼ばれたことがなかったのだ。

それが、答えだった。

彼が力なく微笑み、彼女に顔を向けた時、洋子は口を開いた。

「ただ、これだけは言わせて。1人になってからずっと考えてたこと。」

なんだろう。彼は思案しながら弱々しく頷く。どんな事でも受け入れる覚悟だった。今日の主役は、彼女なのだ。





















「───────お世話になりました。

...........お父さん。」

fin.
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