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挨拶
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ここは仁美が施設長として運営している孤児養護施設、平たく言うと孤児院である。そのリビングで並んで座る男ふたりの前に、仁美は緊張した面持ちでお茶を出しながら座った。
ふたりの男のうち、リラックスしているように見える方、田村 優斗が口を開いた。
「仁美おばさん、この人がこの前言った、俺の大切な人。」
仁美は混乱していた。高校を卒業してからこの施設を出て自力で大学に行き、IT系の会社に就職した優斗。今までひとつも連絡をよこさないと思えば、いきなり「あって欲しい人がいる」と連絡が来て、これだ。
母親のかわりに優斗を育てた身としては大切な人ができたことは嬉しいのだが、優斗の隣に座っているのはどう見ても男なのである。
すると今まで緊張気味だった優斗の隣に座った真面目そうな男が話し始めた。
「初めまして、倉橋 明久と申します。田村くんとは現在、恋人としてお付き合いさせて頂いています。・・・男同士で受け入れられないと言われても仕方ないとは思っています。でも、俺も優斗も真剣なんです。どうか、認めていただけないでしょうか?」
なるほど見た目通り真摯な男であった。仁美はぎこちなく答える。
「えぇっと、優斗の母の代わりとして優斗を育てた高橋 仁美です。優斗のことを大切に思ってくれて私としても嬉しいし、同性同士でも私は全然抵抗ないの。なんだけど…ひとつ、ふたりにきいてもいいかしら。」
「はい、お答えできる限りはなんでも大丈夫です。」
「世間体は…どんなふうに考えているの?」
同性同士のカップルで一番厄介な問題だ。どれだけ愛し合ったとしても周りがそれを許さない場合も多い。仁美はそのことを懸念していた。社会から見放されて生きていくことは難しい。
少し躊躇ってから明久が答える。
「俺達には人を黙らせられる程の力もありませんし、バレてしまえば肩身が狭くなることも分かっています。しかし今は隠しておくことしか…。」
明久の表情が僅かに暗くなるのがわかった。堂々と愛する人を愛せない。世間の目から隠れなければならない。この社会への不満がありありと感じる声色だ。そこへ優斗が続ける。
「でも俺ら覚悟はできてるんだ。もしバレて糾弾されても俺らなら大丈夫。何があっても別れるつもりはないよ。」
どうやら本当に覚悟が決まっているらしい力強さにふたりの愛が本物だということを仁美は感じ取った。
「ええ、それならいいの。もし、辛くなったらいつでも言うのよ?私があなたたちの逃げ場になるわ。」
仁美はこのふたりには自分の分も幸せになってもらいたいと思っていた。
「実はね、私にもいたの。愛する彼女が。」
向かいに座るふたりが息を飲む。
「でもあの子も私も親が許してくれなかったの。私は諦めなかったんだけど、あの子は大きな家柄の子でね。親の用意した相手と結婚させられて、今じゃ二児の母よ。」
時代も悪かった。今では徐々に理解されつつある同性愛だが、昔はありえない事だった。だから仁美の結末も時代から考えると、当然といえば当然の結果だった。
「じゃ、じゃあ仁美おばさんは今でもその人を…?」
「そうね、愛しているわ。仕方なかったの。世間が私たちを許さなかった。でも今は違う。あなた達は幸せになりなさいね?」
「もちろん。実は明久さんのお義父さん、倉橋製薬の社長さんなんだけど、俺たちの関係を許してくれたんだ。」
「倉橋製薬…」
「びっくりだよね。お兄さんがいるのも大きいと思うけど、大きい会社なのに本当に心の広い人だった。」
仁美は一瞬固まったあと、席を立った。
「と、とにかく、今日はお祝いをしましょう。優斗がやっと帰ってきてくれたし、いい人もできたんだから。私、腕によりをかけちゃうわ~!」
「やった。俺も手伝うよ。」
「俺も手伝います。」
「いいのいいの。あなた達はお客さんなんだから、くつろいでいて。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
仁美は自分とふたり、それから子供たちの分のご馳走を用意しながら考えていた。
「倉橋製薬…」
それは仁美の愛する加奈子の家だ。彼女が明久の母親だと言うのか。明久は加奈子と加奈子を奪った男の子供だと言うのか。その明久が、優斗を愛するというのか。
「…時の流れは早いものね。」
もし、自分と加奈子がもう少しあとに生まれていたら。もし、加奈子が普通の家に生まれていたら。もし、加奈子を愛することが許されていたら。
考えても切りがない、今までずっと考えまいとしていたことが溢れてきて、仁美は一度頭を振った。
「今はふたりを応援しなきゃ。」
自分たちには、もうそれぞれの生き方が出来上がってしまった。仁美は孤児院を経営し、加奈子には夫がいる。もう、とっくに終わってしまっていたのだ。今は若いあのふたりの可能性を潰したくない。
「幸せになってね」
梅雨の開けた、7月の風が窓の外を吹き抜けた。
fin.
ふたりの男のうち、リラックスしているように見える方、田村 優斗が口を開いた。
「仁美おばさん、この人がこの前言った、俺の大切な人。」
仁美は混乱していた。高校を卒業してからこの施設を出て自力で大学に行き、IT系の会社に就職した優斗。今までひとつも連絡をよこさないと思えば、いきなり「あって欲しい人がいる」と連絡が来て、これだ。
母親のかわりに優斗を育てた身としては大切な人ができたことは嬉しいのだが、優斗の隣に座っているのはどう見ても男なのである。
すると今まで緊張気味だった優斗の隣に座った真面目そうな男が話し始めた。
「初めまして、倉橋 明久と申します。田村くんとは現在、恋人としてお付き合いさせて頂いています。・・・男同士で受け入れられないと言われても仕方ないとは思っています。でも、俺も優斗も真剣なんです。どうか、認めていただけないでしょうか?」
なるほど見た目通り真摯な男であった。仁美はぎこちなく答える。
「えぇっと、優斗の母の代わりとして優斗を育てた高橋 仁美です。優斗のことを大切に思ってくれて私としても嬉しいし、同性同士でも私は全然抵抗ないの。なんだけど…ひとつ、ふたりにきいてもいいかしら。」
「はい、お答えできる限りはなんでも大丈夫です。」
「世間体は…どんなふうに考えているの?」
同性同士のカップルで一番厄介な問題だ。どれだけ愛し合ったとしても周りがそれを許さない場合も多い。仁美はそのことを懸念していた。社会から見放されて生きていくことは難しい。
少し躊躇ってから明久が答える。
「俺達には人を黙らせられる程の力もありませんし、バレてしまえば肩身が狭くなることも分かっています。しかし今は隠しておくことしか…。」
明久の表情が僅かに暗くなるのがわかった。堂々と愛する人を愛せない。世間の目から隠れなければならない。この社会への不満がありありと感じる声色だ。そこへ優斗が続ける。
「でも俺ら覚悟はできてるんだ。もしバレて糾弾されても俺らなら大丈夫。何があっても別れるつもりはないよ。」
どうやら本当に覚悟が決まっているらしい力強さにふたりの愛が本物だということを仁美は感じ取った。
「ええ、それならいいの。もし、辛くなったらいつでも言うのよ?私があなたたちの逃げ場になるわ。」
仁美はこのふたりには自分の分も幸せになってもらいたいと思っていた。
「実はね、私にもいたの。愛する彼女が。」
向かいに座るふたりが息を飲む。
「でもあの子も私も親が許してくれなかったの。私は諦めなかったんだけど、あの子は大きな家柄の子でね。親の用意した相手と結婚させられて、今じゃ二児の母よ。」
時代も悪かった。今では徐々に理解されつつある同性愛だが、昔はありえない事だった。だから仁美の結末も時代から考えると、当然といえば当然の結果だった。
「じゃ、じゃあ仁美おばさんは今でもその人を…?」
「そうね、愛しているわ。仕方なかったの。世間が私たちを許さなかった。でも今は違う。あなた達は幸せになりなさいね?」
「もちろん。実は明久さんのお義父さん、倉橋製薬の社長さんなんだけど、俺たちの関係を許してくれたんだ。」
「倉橋製薬…」
「びっくりだよね。お兄さんがいるのも大きいと思うけど、大きい会社なのに本当に心の広い人だった。」
仁美は一瞬固まったあと、席を立った。
「と、とにかく、今日はお祝いをしましょう。優斗がやっと帰ってきてくれたし、いい人もできたんだから。私、腕によりをかけちゃうわ~!」
「やった。俺も手伝うよ。」
「俺も手伝います。」
「いいのいいの。あなた達はお客さんなんだから、くつろいでいて。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
仁美は自分とふたり、それから子供たちの分のご馳走を用意しながら考えていた。
「倉橋製薬…」
それは仁美の愛する加奈子の家だ。彼女が明久の母親だと言うのか。明久は加奈子と加奈子を奪った男の子供だと言うのか。その明久が、優斗を愛するというのか。
「…時の流れは早いものね。」
もし、自分と加奈子がもう少しあとに生まれていたら。もし、加奈子が普通の家に生まれていたら。もし、加奈子を愛することが許されていたら。
考えても切りがない、今までずっと考えまいとしていたことが溢れてきて、仁美は一度頭を振った。
「今はふたりを応援しなきゃ。」
自分たちには、もうそれぞれの生き方が出来上がってしまった。仁美は孤児院を経営し、加奈子には夫がいる。もう、とっくに終わってしまっていたのだ。今は若いあのふたりの可能性を潰したくない。
「幸せになってね」
梅雨の開けた、7月の風が窓の外を吹き抜けた。
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