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消えゆく芸術
10.求める「色」は
しおりを挟む『最高傑作』を意味ある作品に仕上げる為に必要なものだったのだ。……芸術の価値を決めるのは、最終的には人なのだからな。
AI化となって3D映像として、ヴァルとノアの前を静かに歩くドンベルト・ワーナーはそう言った。
だが……何も、分からない。
ヴァルにも、これはノアにすらも分からなかった。
寿命を自分達で決めた? 最高傑作? それを仕上げるために生死の恐怖が必要? そして、あの大量のクローン達は最大傑作にして最低傑作……?
もう、訳が分からない。
その辺に居座って、意味不明なことを並べ立てるホームレスを相手にした方がいくらかマシだろうと、ヴァルはこの家に入ってたった十分ちょっとの間に、何度も思った。そう思わせるほどに、ドンベルトの放つ話の内容は支離滅裂もいいところだ。
正直、もうこの家から抜け出してしまいたいところだが……ここまで来て、仕事を放棄するわけにもいかない。
仕方がないが……この芸術家に一方的な話をさせて聞いているよりも、こちらがいくつか質問して答えてもらった方が、いくらか理解出来るようになるだろう……多分。
あくまでそれはヴァルの願いで、ここまで頭のイッた芸術家相手に、真っ当な答えが得られるかなど、正直確信が持てるわけなかった。
だが……何事も物は試しだ。
「聞きたいんだが……あんた達、今から十年以上前の芸術界を牛耳ってた伝説の芸術家七名が消えた事と、その『最高傑作』は関係があるのか?」
そうヴァルが問いかけても、ヴァルの方を振り向きもせず、歩く速度を一向に変える気配のないまま、AIは左に曲がった。
……どうやら見えないところが角になっているらしい。ヴァルとノアはもう、互いにこの空間に目が疲れてしまったのか、それとももう精神的な疲れのせいなのか、この家に入った時には分かったはずの些細な角の影さえも、もう見分けがつかなかった。
しかし、ノアはもうそんなこと関係なしに、只々ドンベルトの映像の背中を睨みつけている。
ノアは一体、ドンベルト・ワーナー氏の何にそんなに怒りを覚えているのか……芸術の感性の違いか、それとも……コイツの過去にあった出来事のせいなのか……ヴァルは、疲れ切った自分の頭ではもう予想すらも出来なくなっていた。
そして映像のドンベルトか完全に角を曲がり切って姿が見えなくなった時、突然先程のヴァルの問いに答え始める。
―― ……関係があるもなにも、私達はその為に一度、集っている。 ――
やはり……そうなのか。薄々気づいてはいたが……やはり、彼の言っていることが正しいならば、『最高傑作』に、消えた芸術家達の謎の自殺、失踪……今回の謎に関するすべてのカギがあるんだろう。
ドンベルトは曲がった先を、真っ直ぐに歩き続ける。すると、突然の事だった。彼の通ったところから順番に、左右に絵が、表示され始めたのだ。
「な、なんだ……?!」
「こいつァ……」
それぞれ表示された絵画の下には銅で出来たプレートが飾ってあり、そこには作品名とその作者、日付が書かれている。
作者は全て、ドンベルト・ワーナー氏作品のものだが……日付は、最初の絵は右は『初夏の陽気』六月十日、左は『夜と夜露』九月十日……といった日付のみが書かれているが、その描き方から古いものから新しいものの年数の順番はなんとなく分かった。
だが……年数等の区別がついても、左右に飾られた絵の日付も絵柄も、全てがごちゃごちゃに飾られている。
左側を歩くヴァルの方に最初に飾られたのは色とりどりで絵が描かれた薔薇の花……日付は、六月十日。ノアが歩く右側には、あの白さが目立つ、人と思しき人が、薄赤い色で描かれている。日付は、三月二十日だ。
「どういうことだ……こりゃ……」
ノアは、ドンベルトに付いていく歩を進める足さえ止めないものの、その電子映像で表示されている絵たちを見て、異様に驚いていた。
「どうした、ノア?」
「ここにある作品……全部、見たことねえ……」
ノアはAIが映し出した絵を、左右前方まで続く絵を驚いた顔で見つめながら言う。
そりゃ、ノアがドンベルト・ワーナー氏の作品全てを知っているわけはない。
だが……ヴァルもノアも共に様々な情報に通であることは確かで……。
更には、今回はMr.ハロドゥからもらった情報にも、ほぼ全て目を通しているにも関わらず、この通路に飾られた絵画の中には、代表作どころか、世間に公表して出ている絵が、一つも飾られていないことが――記憶にかすりもしないことが――、ノアには違和感だったんだろう。
―― 当たり前だろう。ここにある作品は全て、私が眠りについてから描いたものだ。 ――
……今、こいつ、なんて言った?
ヴァルとノアは、ほぼ同時に足が止まった。
二人の動きを感知したのか、AIは少し歩いてから立ち止まり、ここでようやく、二人の方へ振り向く。
ヴァルの脳裏に、Mr.ハロドゥが店で見せてくれた写真が、記憶として思い浮かぶ。
明らかにMr.ハロドゥと共に並んでいたあの頃のドンベルト・ワーナー氏より、しわも増えて、白髪も増えた彼の姿を映し出すこのAIは、今、何と言った? ヴァルのその綺麗な緑色の瞳が揺れる。
ククク……。
そう笑うAIは、ヴァルとノアの明らかに驚いた顔を見て笑ったのか、それとも、常人には理解できない思考回路から優越感に浸る皮肉に満ちた笑いなのか、分からなかった。……分かるわけ、なかった。
―― そうか……ハロドゥは、本当に言わなかったのだな、誰にも。 ――
ヴァルとノアはMr.ハロドゥの名前を聞いた瞬間、呆けた意識から、無意識に反応して身構えた。
……やはり、あの炙り用紙の事は知っていたか。
「あんたが、Mr.ハロドゥにあの手紙を寄越したのか」
―― まさか。言ったろう? ここにある作品は私が眠りについてから描いたものだと。私はここから……動けない。 ――
ドンベルトがそう言い終わると同時に、ズズズ……といった地鳴りのような音が聞こえはじめた。
「こ、今度はなんだよ……?!」
ヴァルが慌てて視線をドンベルトから周りへと移動させると……。
なんだ……? 左右の絵が掛けられた壁が……どんどん遠ざかっていきやがる! ってことは……地鳴りのようなこの音は、ここの壁、地中にある家が動いてる音だ!
「クッソ! どうなってやがる?!」
―― お前達は正に、最高の絵の具だ。 ――
「アァ?! ……どういう意味だ!?」
ノアが叫んだ時には地鳴りが止み、ある程度左右の壁が下がった後、今度は……しまった!
ヴァルが仕掛けに気付いて後ろに下がろうとしたが……だが、遅かった! ヴァルが振り向いて戻ろうとすると、既にさっき曲がってきたはずの道は塞がれている!
左右の絵に気を取られて気付かなかったが……どうやらさっき壁が下がると同時に、ヴァル達の後ろでも、壁が動いて道が塞がれつつあったのだ。
―― 綺麗なこの真っ新な白い壁に、お前たちの様な濁りきったその心を表す色……。言うなれば、心の絵の具……それはまさに芸術だ! だが……お前達に流れる心の絵の具は、どんな赤黒い色を見せてくれるのだろうな……! ――
そう言うと同時に左右の壁が迫ってくる。
クソ、俺達はアクション映画俳優でもスタントマンでもねえんだぞ……! ヴァルはどうにか迫る壁を止める方法……それか出る方法をどうにかして見つけようと壁を叩いたり風の出入り口を探す。
「こンの……! サイコ野郎がァ!!」
「な……おい待て! ノア!」
ヴァルがどうにか開かないものかと、壁に手を当てて後ろを向いてる間に、キレたノアの声を聞いて、止めようと瞬時に後ろを振り向いた時にはまた、遅かった。
ノアが怒りに任せて何をしてしまったのか……。
消えたドンベルトと、壁右上に壊れたカメラ……そして静かにP228の銃口から揺れる硝煙が、その行いをはっきりと物語っていた。
「ッこんの……大馬鹿野郎が! これじゃあ何の情報も聞き出せねえだろう!」
「ッ……! …ッンなこと言ってる間にどうせ俺達がミンチになるだけだゼ!!」
ヴァルは思わずノアに突っかかり、ノアもそれに対して怒り返し、お互い胸倉をつかんだ状態になる。だが、そうやって二人が睨み合ってる間にも壁は迫ってきており、ノアの言う通り、ミンチになる未来はそう遠くない。
「チッ……クソ……!」
放り投げるような勢いで、ヴァルはノアのスーツから手を放す。
何か……何かないのか……。ヴァルは、混乱したままの頭で必死に、冷静に考える。
予備で持ってる、レーザー銃で壁に穴を少しでも空けれたらと思ったが……銃で狙って連射している間に、もしあのAIがまだこの壁を操作する権利があるとすれば、閉じるスピードが速くなってしまう可能性もゼロじゃあない……。映像としてのドンベルトはいなくなっても、AIの大元は生きているのだから。
それに、さっきヴァルが触った感じでは、閉じられた壁は決してそんなに薄いわけでもない。恐らく、この家と同じ大理石の壁だろう。
大理石となると、レーザー銃でも……正直成人男性二人が抜け出せるほどの穴が空けれるとは、とても……。
「……オイ、ヴァル。俺の考えに掛ける気はあるか?」
ヴァルが握り拳を作って悩んでいる間に、ノアは眉間にしわを寄せた顔で、後ろの壁を見つめるヴァルとは正反対の、先程ドンベルトが立って居た側の通路の絵画が並んでいるその先……真正面を向いている。
ヴァルも同じ方向を見るが……ただずっと向こうに左右の絵がまだ何枚も並んでいる壁があるだけで、何もない。ただ、容赦なく壁が迫って来ている事だけ分かるだけだ。
だが……確かに、地平線まで絵の壁が続いてるわけではない。真正面には……それこそ同じ壁かどうか分からないが、真っ白な隔てているものは、ある。
向こうの壁は……確かめていない。
「……仕方ねえ、お前に賭けるぜ、相棒さんよ!」
「……ケッ! ……じゃあ、走れ!」
そういうノアは全力で真っ直ぐに走っていく! ヴァルも反射的に同時に走る。
すると、行き止まりの筈の真正面の白い壁が……だんだんと……若干、くすんだ色に見えてきた。
なんだ……これ……大理石の壁じゃない……?!
「なん……だ?」
「オイ! ヴァル! レーザー銃で撃て!」
ノアがそういうもんで、反射的にヴァルは左の腰に差し込んでいたレーザー銃を取り出し、くすんで見え始めた真正面の壁と思しきものに連射する。
すると、若干、穴が空いたには空いたが……拳サイズだ。これじゃ流石に成人男性二人が通れるはずがない……! だが、ノアもヴァルも、その走る足を止める事はしなかった。
「おっしゃぁ! 蹴るぞ!」
―― ガピーー…… や……めろ! 入るな!! ――
「「うるッ……せェえええ!」」
最後に聞こえた、恐らくドンベルトAIの声を無視して駆け抜けると同時に壁のスピードも急激に上がったが、ヴァルもノアも全速力で飛び蹴りを穴に向かって食らわせる!
「どぅあッ!」
「ぐェ……!」
二人してちょっと、情けない声を出して床に倒れる。同時に、徐々に狭まっていた壁は、ギリギリ人が入っていたら、明らかに半殺し状態だったろうという隙間で、止まった。
どうやら……命の危機だけは、逃れたらしい。
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