シークレット・アイ

市ヶ谷 悠

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消えゆく芸術

11.芸術家の「最高傑作」

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 Mr.ハロドゥから渡された情報の中に、こんな記事があった。


 芸術家の闇を感じる『白い作品達』

 芸術家は何もない白いカンバスから、又は何もない白い石から等、様々な真っ新まっさらな状態から芸術を生み出していく。

 そして、芸術家という職業は、よく例えられる、この世に生まれた時が真っ新まっさらなカンバス状態であるのなら、そこから油絵のように何度も何度も色を重ねて生きていくようなものだ。
 そして一度描かれた色は消えることはないが、ある一定の年齢まではそのカンバスは大きくなり続ける。

 そしてその一定の年齢を超えた芸術家は、塗る色は一日一日止まらないのに、カンバスは同じサイズのまま……そうなると、どうなるか?

 塗りたくられた色は混ざり合い、元の色など分からなくなって……自分の中に闇に近い色になっていることに気付くのだ。

 消えた伝説の芸術家は、消える前、そのことに気付いたのだろう。
 その証拠に、『白』を求めるように描写する作品が増えている。

 まるでそれは、自分の汚れを認めたくないように。

 例として、大理石の彫刻作家として名を馳せたウォッカ・ガエイナ氏が最後に発表した作品は、『苦悩の果て』というタイトルで、透明度が高く、繊細な彫るのも困難とされた水晶鉱石で人が立って居るだけの姿で、頭部と両手が解けているような銅像を作り上げた。

 苦悩から解放されたいから、透明な水晶鉱石だった、頭と手を失くせば苦悩から解放の意味では等といった憶測意見が大量に寄せられた。

 油絵師であるシェリア・ノエルズ氏は、最後の作品を発表する前に失踪したが、その描きかけの絵は、未だに見つかっていない。
 ただ、死ぬ以前の彼女の描く絵は、白と正反対の、黒と紫、赤の色で囲まれた人や建物を描くことが多かった。

 それを周りは、彼女の絵からは恐怖を感じる。
 評論家等からは、彼女自身の体験ではないのか、大人の複雑な心中を表していると等といった声が多かった。

 水彩画家のドンベルト・ワーナー氏は、赤黒い血の様な色を薄めた色で周りを塗り、真ん中にカンバスの白い部分だけで人型を表した絵を発表。ドンベルト・ワーナー氏は、ここ数カ月、このような色違いの作品を何作も仕上げている。

 最後に発表した作品は『身の潔白』といった、水色で塗られた中に、カンバスの白で大の字になった人の姿を描いた。
 これを機に、ドンベルト・ワーナー氏の描く水彩画は、己にない白さをまるで表しているかのようだと、大量の意見が寄せられた。


 Mr.ハロドゥから渡された、この記事を元に考えるならば……この部屋は……いや、空間はまさに、油絵師シェリア・ノエルズの描いた作品を具現化したような、そんな場所だった。

 暗く、だが所々に何やらうっすらと赤っぽいものから青っぽい色が見える……それだけの空間。

 二人が飛び込んだ部屋は、先程までの白い部屋と正反対の……色で満ちている世界だった。

 だが、さっきまで白い世界に居たせいか、多少の色があるものの、少しでも暗いところに来ると、夜の街よりも遥かに暗く感じる。ヴァルもノアも脳が処理しきれていないのだ。

 軽く呻き声を上げながらまだ、飛び込んだ先のその床と思しき所で横たわっていた。

 ヴァルはとりあえず自分達の命が助かった安堵の息を吐きながら腰を上げ、先程使ったレーザー銃をしまってから、ポケットに入れた薄型の小型ライトを取り出して、自分達が飛び込んできた白い空間の方を照らす。

 ヴァルは息を、ゆっくりと吸って吐いて、気付いた。土の匂い……ここは……。

「ここは……洞窟……?」

 地上で見た大理石の敷地全てが家になっていると思っていたが……どうやら、ヴァルのその当ては外れたようだ。
 洞窟という事に、色々不思議な点も気になるところだったが……まずは、一旦自分達が居た空間……あの白い通路の方側を確認したいところ。

 ヴァルは立ち上がって、先程の走ってきた白い壁の世界の隙間の方へと近寄る。

 改めて見るとこりゃまあ……これに挟まれる運命だったかと思うと……正直、ゾッとするぜ。

 ヴァルの拳よりも若干狭いその隙間は、あと一歩でもここに駆け込んでいなければ、必ず二人揃って殺されていただろう。だが、奥の通路を見ても、これ以上この白い空間からドンベルトの映像が現れたりだとか、もう何かされる気配がない事を確認して、もう一度、ふぅ……とヴァルは安堵の溜め息を吐く。

「おい、ノア、お前は大丈夫……か……」

 ヴァルが後ろを振り向くと、ノアもいつの間にか立ち上がっていたが、ヴァルとは全く違う方向を見ていた。

 だが、ノアが立ち上がっている事に気付くより前に、ノアの方を振り向いた時に、嫌でも目に焼き付いたその光景は、自然とノアだけではなく、ヴァルの視線をも奪う。

 二人の眼前に広がるのは……土の中から自然に生成されたであろう、百パーセント天然の色とりどりの結晶が広がる世界だった。

 ヴァルが身体ごと、その薄暗くて気付かなかった結晶の塊の方を向くと、その手に握ったままの薄型の小型ライトの光が反射して、さらに幻想的な世界を作り出す。
 まるで……天然石の色とりどりのミラーボールのように。

 なんて、美しい……。

 だが、自分達がいるこの洞窟の空間はさらに、奥に続いている事にヴァルは気が付いた。

 ヴァルはノアが結晶に見とれている間に、奥の方へ進むと……そこには扉があった。触った感じで分かる頑丈さは、それこそ地上の大理石でできた要塞の様な雰囲気に似た何かを感じる、それほどまでに重そうな扉が。

「……おい、ノア、ここの開け方は分かるか?」

「……あ……? あ、あぁ、見てみるぜ」

 ヴァルが声をかけたことで、自然の美しさによるノアの呆けていた顔がようやく、真面目な顔になってその扉の前に立つ。
 そして、扉に手を当てて、何かを探すような仕草をしながら、しかめっ面をする。

「ンー……」

「何かわかったか?」

「いンや……駄目だ。ここにあんのは、地上にあった仕組みみたいに簡単な作りじゃねェなぁ……」

 そうか……。と、ヴァルも困ったという表情を組みをして考え込み、その隣で更にウンウン唸るノア。
 地上みたいに、何か芸術的な仕組みがあるのかと思ったが……どうやらそういうわけではないらしいな……。ということは、技術的な何かでここを開けるしかないのか……。

 二人が悩んでいる中で突然、要塞の様な扉の上の方から3D映像を映し出すカメラが出てきた。

「な……一体どこから……?!」

 クソ、またあのAIか!? もうあんな会話が出来ない相手はごめんなんだがな……!

 二人は咄嗟の事に一瞬驚きながらも、身体は反射的に後ろへと飛び下がり、銃を抜いて構える。
 しかし……そこに現れたのは、ドンベルトではなくて……。

 ああそんな……まさか!

「シェリア……?!」
「シェリア・ノエルズ……?!」

 二人は同時に声を発していた。思わず、銃を持つ手を下げてしまうほどに。
 3D映像としてヴァルとノアの目の前に映し出されたのは、消えた芸術家の一人……油絵師のシェリア・ノエルズだった。

 そして、彼女は……ノアに芸術を教えた人でありながら……かつての、恋人。

「シェリア……! シェリア!」

 ヴァルの隣で銃を構えていたノアは、その銃をすぐに腰へと仕舞い込み、早足で彼女の映像の元へ駆け寄る。

 そして何度も、何度も……彼女のその本体が無い映像を抱こうと、その手が彼女をすり抜けると知っていながらも、映像の彼女を抱くような仕草をする姿は……哀れなようで……人で言う愛おしい姿にも見えて、ヴァルは胸が苦しくなる。

 相棒が苦しんでいる姿は……決して目にいいもんではない。

 ―― あなた達は……どうして、ここへ……? ――

 シェリア・ノエルズは、ドンベルト・ワーナーと同じ、機械的なAIの声で返ってきた。
 
 どうしてここへ……シェリアはそう聞いたが、聞きたいのはこっちの方だった。

 どうして、ここに彼女がいるんだ……? 一体、なぜ彼女が映像としてここに……? ヴァルは至極当然のことを疑問に思ったが、ノアにはもう、そんなことは頭の片隅にすらない。

「シェリア……俺だ! イノアだ! 分からないか……!?」

 ノアはもう既に本来の目的を忘れて、只々、元恋人の姿のAIにすがる。
 そんなノアを傍らに、ヴァルは眉をひそめながら、彼女へ対する頭に浮かんだ疑問を、聞かずにはいられなかった。

「シェリア・ノエルズ……あんたは俺達になんでここへ来たのかと問いかけたが……先に俺が聞きたい。ここはドンベルト・ワーナー氏の家なんだぞ? なぜ……あんたがこの家に、AIの映像として存在している?」

 ―― それは…… ――

 シェリアは困惑の顔をする。

 元彼氏であるはずのノアが眼前に居るのにも関わず、それに対する反応が無い事を見る限り、彼女にはノアとの記憶はないのだろうか……? 

 彼女の困惑と、悲しみに満ちた表情が何を意味するのか分からないまま、ノアは彼女から一歩下がり、ヴァルもノアも武器を腰へと仕舞う。

 そしてヴァルは、少なくともドンベルトよりは色々と、話が詳しく聞けそうだ。

 ……そう、思っていた。

 彼女が、この言葉を発するまでは。

 ―― 私が彼の家にいるのは……私が……彼の、『最高傑作』の一部だからです…… ――
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