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執行猶予編
人形は残酷な夢を見た-9
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「ああ、恭華さん・・・今日は貴方を喜ばせに来たのですよ?」
なのにうっかり泣かせてしまいました、といけしゃあしゃあとキツネが告げる。
その声には反省の色が全く感じられない。
キツネの声さえ耳に届いていない恭華は、気持ち悪さに耐え切れず、ゲロゲロとその場で吐く。
吐き出してなお、ハアハアと吐き気に苦しむ恭華の背中を、キツネが優しくさする。
「ハアハア・・・俺、何も喜んでねーよ・・・うっ!」
立ち上がろうとした途端にグラリと眩暈を起こし、吐き気が収まらずにしゃがみ込む。
「も、お前・・・帰れよ。ハアハア・・・」
せっかく肋骨が完治したと思ったら、次は腕だ。
ウッと口元を押さえたが、そのまま吐瀉する。
「うぅ・・・何しに来たんだよっ!!・・・痛っ!」
声を張り上げるだけで腕が肩の根元から痛む。
頬の涙が乾かぬまま、目に涙を溜め、キッと鋭く睨む。
「いえ、今更何をと思うかもしれませんが、本当に貴方を喜ばせようと参りました。少し早いクリスマスプレゼントを・・・ケーキです」
一体どこに隠していたのか、白い箱を恭華に差し出す。
確かにあと数日でクリスマス。
街はイルミネーションで輝き、カップルはどことなく色めき立っている。
だからこそ女子達も、野獣を思わせる勢いで恭華に迫ってきたのだ。
「・・・・・ぇっ?・・・」
まさか本当にそのケーキを届けに来ただけ?
いや、まさか。
そんなはずはない。そんなことあっていいわけがない。
だって、それなら殺された彼らは本当に犬死にも値しない無駄死にということになる。そんなの浮かばれない事態が起こっていいはずがない。
殺す必要皆無だ。
それなら何ですぐにそう言ってくれなかったのだ!
骨折る必要皆無だ。
つーか、いらねーよ、受け取るかよ、こんな仕打ちを受けた後に。
プレゼントどころか災難でしかない。
「そんなこと言わないで受け取ってください。手作りです❤」
ズイッと箱を差し出すが、既に恭華はキツネを見てはいない。
手作りなど尚更・・・。
だがそれどころではない。肩はズキズキと熱を持ち酷く痛むし、吐き気が収まらない。
病院に行きたいが、既に金が底をつている。ならばせめて家でゆっくりと休みたい。
「ケーキの他にも用意しているんですよ。恭華さん、もう冬休みですよね?」
ケーキの他?
恭華が怪訝な顔をする。
いや、冬休みまであと数日登校日が残っている。
だがもう口を開くのもダルい、億劫だ。
「ですから、これから家でパーティーしましょう❤」
キツネののんびりとした嬉しそうな声が頭上から降ってくる。
「・・・・・・」
キツネをチラリと見つめ、視線をアスファルトに戻したが、思わず二度見する。
ん?
体調不良のあまり、空耳が聞えたのだろうか?
腕は痛いし吐き気もする。
ああ、そういえば頭痛もしてきた。耳鳴りもする・・・ような気がする。
うん、そうだ、空耳だ、帰ろう。
ヨロヨロと立ち上がった恭華は、堂々とキツネの脇をすり抜け、フラフラと立ち去ろうとする。
「いえいえ、現実逃避してはいけませんよ」
恭華を止めるために腕をガシッと掴む。
もちろん、折れていることなど気にもせず。
「イッ!!・・・は、放せっ!俺、帰る!!まだだろ?卒業まで待つんじゃないのかよ?」
自由にさせろよ、と止まった筈の目から新たな涙を零す。
「恭華さん、そんなに泣かないでください。加虐心をそそられ過ぎて勃ってしまいました。これ以上興奮すると勢い余って殺してしまうかもしれませんから」
負傷した恭華の腕を離し、よろけた恭華を抱きとめる。
「キモイんだよっ!!寄るなっ!泣いてねーよ!」
隠しようもない程に頬が濡れ、睫毛まで濡れそぼっているが、拭うことなく平然と声を荒げる。
「フフッ、そうですか。それは失礼致しました。大丈夫です、1日~2日できちんと家にお返ししますから」
頬の涙をベロリと舐め上げるだけではなく、目に残る涙まで吸い上げられ、背筋をゾクリと慄かせる。
「で、でも・・・」
腕は痛いし体調は最悪だ。
他でもないこの男のせいで。
何でその男の言いなりにならなければいけないのだ。
家に?嫌だ。嫌なんてものではない。
家?家とはじゃああれか?廃墟か?廃墟でパーティー?嫌すぎる。
あの強烈で最悪な印象の残る廃墟には二度と近づきたくない。
それに殺されたこいつらを放っておくわけには・・・
理不尽すぎるにせよ、自分の軽率だった一言により命を落としていったのだから。腑に落ちないが責任が・・・ある。
「恭華さん、貴方に拒否権はありませんよ」
さあ、行きましょうと、恭華にケーキの箱を握らせ、ふわりと恭華を抱え上げる。
「うおっ!?ちょ、降ろせよっ!!」
男に、それも殺人鬼なんかにお姫様抱っこされるとは思ってもいなかった恭華がジタバタと暴れる。
「はいはい、暴れないでくださいね。処分はきちんと頼みますから大丈夫です」
降ろせという恭華の訴えをあっさりと無視し、恭華を片手で抱えたまま誰かと電話を始めた。
やっぱりただ身長が高いだけではなく、他に類を見ない程動きが速く、その力も特出している。
だからと言って大人しく抱かれている訳にはいかない。
「降ろせって言ってんだろ!!」
キツネの胸を強く叩き、飛び降りようとする。
「ああ、お揚げですか?すみませんが処分をお願いしてもいいですか?ええ、9人です。ええ、はい、あ、ちょっと待ってください」
キツネがスマホを放し、通話口を押える。
「恭華さん、暴れないでください。落としちゃいますから・・・あ、お揚げすみません。ええ、はい。ではお願いします」
以前言っていた仕事仲間だろうか。
電話している間がチャンスだ。この際、『落とす』でいい。
もう一度暴れてみようか・・・そう思い、チラッとキツネを盗み見る。
「ヒッ・・・」
途端に恭華がビクッと男の腕の中で体を揺らす。
きつねの細い眼が開眼され、恭華を見下ろしていた。
鋭く、濁った目を・・・
全てを呑み込んでしまうぐらい真っ暗で真っ黒な目を光らせて。
その目は如実に語っていた。
『逃げたら・・・分かりますよね?』と、そう。
スッと静かに目を逸らし、体の震えを懸命に抑える。
フフッと非常に不愉快なキツネの笑みが上から聞こえ、悔しさにギリッと歯を食いしばる。
「ま、待って!!ちょ、このまま・・・」
キツネの一歩は大きく、その歩みは常人よりも遥に速い。
そしてもう間もなく裏路地から出て、燦々と光を浴びる表通りへと到達してしまう。
そんなことになったら浴びるのは光だけではない。光よりも鋭い脚光を痛いぐらいに受けることは必至だ。
「お、降ろせっ!!今すぐ降ろせっ!」
腕の痛みなど気にしてはいられない。
キツネの胸を押し、その反動で飛び降りようとする。
「大丈夫です、すぐそこに車を付けてありますから」
だから、人目につくことはないとキツネは言う。
恭華を押さえつけるように腕に力を込められ、飛び降りるどころか、体を離すこともできなかった。
その真偽を確かめる間もなく、夕暮れ染まる空の下、喧騒の中へとキツネの一歩が踏み出される。
「やっ」
人目から顔を隠すように思わずキツネの胸に顔を埋める。
「お待たせしました、稲荷」
自動でスライドされた車に、キツネが恭華を抱えたまま乗り込む。
「いいえ~・・・って、ちょ、キツネさんっ!?」
運転席から振り返った稲荷と呼ばれた男が驚きの声を上げた。
その声に恭華も驚き、ビクリと伏し目がちな睫毛を震わせた。
キツネの胸には大事そうに抱えられた恭華がいる。その目は怯えの色を隠せないまま、現状を把握しようと懸命に車内を見回していた。
今日は車高のあるワゴン。
キツネが恭華を抱えたとしても、窮屈ではない広さと高さを誇っている。
恭華の濡れそぼった瞳は、声を上げた主、稲荷を注視している。
「何ですか?出してください、帰りますよ」
「え!?え?帰るって、恭華ちゃんは?連れて帰るんッスか?」
ちょっとちょっと、と連れて来られた恭華よりも慌てふためく。
「お、俺のこと・・・知ってんのか?誰だよ、お前」
名前をさも親し気に『恭華ちゃん』と呼ばれたが、初対面だ。
知らない人物という不安感や不信感から、見つめる眼差しも鋭い物となる。
「ああ、ごめんごめん。俺は稲荷っていって、キツネさんの仕事仲間・・・いやもうね、下僕的な何かだね。恭華ちゃんとはね、実はもう二回会っているんだ。恭華ちゃんはいつも気を失ってたから、こうやって顔を合わせるのは初めてだね。よろしくね」
ふわりと優しく笑いながら手を差し出す稲荷に、恭華の緊張も和らいでいく。
優男、その言葉以外には考えられない程に似合っている。優しいお兄さん、恭華からすれば丁度そんな感じだろう。
だがキツネの仕事仲間だということは、この一見何の害もなさそうな温かみ溢れる男も、人殺しということになる。
気後れしながらも、恐る恐る折られていないキツネの胸側の腕を伸ばす。
「ははっ、本当に素直!!駄目だよ、そんなに簡単に手を差し出したりしちゃ」
恭華が届かない分、稲荷が腕を伸ばして優しく握る。
「さ、西条恭華・・・です」
恭華の素直な紹介に稲荷が再びふわりと微笑む。
「よろしくね、恭華ちゃん。キツネさん、今日は恭華ちゃんにケーキとプレゼント渡すだけって言ってなかったッスか?」
その恭華ちゃんが何故ここに?と稲荷が疑念の視線を送る。
確かに恭華の腹付近には白い箱が置かれている。
キツネが渡したケーキだろう。
「ええ、ちょっとした問題がありまして・・・僕の家にご招待してパーティーすることにしました」
「そうッスか・・・じゃあ、車はマンションでいいんッスね?つーか恭華ちゃん、顔色悪いね・・・大丈夫?」
バックミラーを調整しながらも、恭華の顔色の悪さを心配する。
「だ、大丈夫・・・」
なわけがない。
腕が痛い。
気持ちが悪い。
それに体が怠い。
それよりマンション?廃墟ではなく?
「ああ、そうでした。恭華さん、腕手当てしましょうね。稲荷出してください」
キツネの言葉と共に、車がゆっくりと発進する。
なのにうっかり泣かせてしまいました、といけしゃあしゃあとキツネが告げる。
その声には反省の色が全く感じられない。
キツネの声さえ耳に届いていない恭華は、気持ち悪さに耐え切れず、ゲロゲロとその場で吐く。
吐き出してなお、ハアハアと吐き気に苦しむ恭華の背中を、キツネが優しくさする。
「ハアハア・・・俺、何も喜んでねーよ・・・うっ!」
立ち上がろうとした途端にグラリと眩暈を起こし、吐き気が収まらずにしゃがみ込む。
「も、お前・・・帰れよ。ハアハア・・・」
せっかく肋骨が完治したと思ったら、次は腕だ。
ウッと口元を押さえたが、そのまま吐瀉する。
「うぅ・・・何しに来たんだよっ!!・・・痛っ!」
声を張り上げるだけで腕が肩の根元から痛む。
頬の涙が乾かぬまま、目に涙を溜め、キッと鋭く睨む。
「いえ、今更何をと思うかもしれませんが、本当に貴方を喜ばせようと参りました。少し早いクリスマスプレゼントを・・・ケーキです」
一体どこに隠していたのか、白い箱を恭華に差し出す。
確かにあと数日でクリスマス。
街はイルミネーションで輝き、カップルはどことなく色めき立っている。
だからこそ女子達も、野獣を思わせる勢いで恭華に迫ってきたのだ。
「・・・・・ぇっ?・・・」
まさか本当にそのケーキを届けに来ただけ?
いや、まさか。
そんなはずはない。そんなことあっていいわけがない。
だって、それなら殺された彼らは本当に犬死にも値しない無駄死にということになる。そんなの浮かばれない事態が起こっていいはずがない。
殺す必要皆無だ。
それなら何ですぐにそう言ってくれなかったのだ!
骨折る必要皆無だ。
つーか、いらねーよ、受け取るかよ、こんな仕打ちを受けた後に。
プレゼントどころか災難でしかない。
「そんなこと言わないで受け取ってください。手作りです❤」
ズイッと箱を差し出すが、既に恭華はキツネを見てはいない。
手作りなど尚更・・・。
だがそれどころではない。肩はズキズキと熱を持ち酷く痛むし、吐き気が収まらない。
病院に行きたいが、既に金が底をつている。ならばせめて家でゆっくりと休みたい。
「ケーキの他にも用意しているんですよ。恭華さん、もう冬休みですよね?」
ケーキの他?
恭華が怪訝な顔をする。
いや、冬休みまであと数日登校日が残っている。
だがもう口を開くのもダルい、億劫だ。
「ですから、これから家でパーティーしましょう❤」
キツネののんびりとした嬉しそうな声が頭上から降ってくる。
「・・・・・・」
キツネをチラリと見つめ、視線をアスファルトに戻したが、思わず二度見する。
ん?
体調不良のあまり、空耳が聞えたのだろうか?
腕は痛いし吐き気もする。
ああ、そういえば頭痛もしてきた。耳鳴りもする・・・ような気がする。
うん、そうだ、空耳だ、帰ろう。
ヨロヨロと立ち上がった恭華は、堂々とキツネの脇をすり抜け、フラフラと立ち去ろうとする。
「いえいえ、現実逃避してはいけませんよ」
恭華を止めるために腕をガシッと掴む。
もちろん、折れていることなど気にもせず。
「イッ!!・・・は、放せっ!俺、帰る!!まだだろ?卒業まで待つんじゃないのかよ?」
自由にさせろよ、と止まった筈の目から新たな涙を零す。
「恭華さん、そんなに泣かないでください。加虐心をそそられ過ぎて勃ってしまいました。これ以上興奮すると勢い余って殺してしまうかもしれませんから」
負傷した恭華の腕を離し、よろけた恭華を抱きとめる。
「キモイんだよっ!!寄るなっ!泣いてねーよ!」
隠しようもない程に頬が濡れ、睫毛まで濡れそぼっているが、拭うことなく平然と声を荒げる。
「フフッ、そうですか。それは失礼致しました。大丈夫です、1日~2日できちんと家にお返ししますから」
頬の涙をベロリと舐め上げるだけではなく、目に残る涙まで吸い上げられ、背筋をゾクリと慄かせる。
「で、でも・・・」
腕は痛いし体調は最悪だ。
他でもないこの男のせいで。
何でその男の言いなりにならなければいけないのだ。
家に?嫌だ。嫌なんてものではない。
家?家とはじゃああれか?廃墟か?廃墟でパーティー?嫌すぎる。
あの強烈で最悪な印象の残る廃墟には二度と近づきたくない。
それに殺されたこいつらを放っておくわけには・・・
理不尽すぎるにせよ、自分の軽率だった一言により命を落としていったのだから。腑に落ちないが責任が・・・ある。
「恭華さん、貴方に拒否権はありませんよ」
さあ、行きましょうと、恭華にケーキの箱を握らせ、ふわりと恭華を抱え上げる。
「うおっ!?ちょ、降ろせよっ!!」
男に、それも殺人鬼なんかにお姫様抱っこされるとは思ってもいなかった恭華がジタバタと暴れる。
「はいはい、暴れないでくださいね。処分はきちんと頼みますから大丈夫です」
降ろせという恭華の訴えをあっさりと無視し、恭華を片手で抱えたまま誰かと電話を始めた。
やっぱりただ身長が高いだけではなく、他に類を見ない程動きが速く、その力も特出している。
だからと言って大人しく抱かれている訳にはいかない。
「降ろせって言ってんだろ!!」
キツネの胸を強く叩き、飛び降りようとする。
「ああ、お揚げですか?すみませんが処分をお願いしてもいいですか?ええ、9人です。ええ、はい、あ、ちょっと待ってください」
キツネがスマホを放し、通話口を押える。
「恭華さん、暴れないでください。落としちゃいますから・・・あ、お揚げすみません。ええ、はい。ではお願いします」
以前言っていた仕事仲間だろうか。
電話している間がチャンスだ。この際、『落とす』でいい。
もう一度暴れてみようか・・・そう思い、チラッとキツネを盗み見る。
「ヒッ・・・」
途端に恭華がビクッと男の腕の中で体を揺らす。
きつねの細い眼が開眼され、恭華を見下ろしていた。
鋭く、濁った目を・・・
全てを呑み込んでしまうぐらい真っ暗で真っ黒な目を光らせて。
その目は如実に語っていた。
『逃げたら・・・分かりますよね?』と、そう。
スッと静かに目を逸らし、体の震えを懸命に抑える。
フフッと非常に不愉快なキツネの笑みが上から聞こえ、悔しさにギリッと歯を食いしばる。
「ま、待って!!ちょ、このまま・・・」
キツネの一歩は大きく、その歩みは常人よりも遥に速い。
そしてもう間もなく裏路地から出て、燦々と光を浴びる表通りへと到達してしまう。
そんなことになったら浴びるのは光だけではない。光よりも鋭い脚光を痛いぐらいに受けることは必至だ。
「お、降ろせっ!!今すぐ降ろせっ!」
腕の痛みなど気にしてはいられない。
キツネの胸を押し、その反動で飛び降りようとする。
「大丈夫です、すぐそこに車を付けてありますから」
だから、人目につくことはないとキツネは言う。
恭華を押さえつけるように腕に力を込められ、飛び降りるどころか、体を離すこともできなかった。
その真偽を確かめる間もなく、夕暮れ染まる空の下、喧騒の中へとキツネの一歩が踏み出される。
「やっ」
人目から顔を隠すように思わずキツネの胸に顔を埋める。
「お待たせしました、稲荷」
自動でスライドされた車に、キツネが恭華を抱えたまま乗り込む。
「いいえ~・・・って、ちょ、キツネさんっ!?」
運転席から振り返った稲荷と呼ばれた男が驚きの声を上げた。
その声に恭華も驚き、ビクリと伏し目がちな睫毛を震わせた。
キツネの胸には大事そうに抱えられた恭華がいる。その目は怯えの色を隠せないまま、現状を把握しようと懸命に車内を見回していた。
今日は車高のあるワゴン。
キツネが恭華を抱えたとしても、窮屈ではない広さと高さを誇っている。
恭華の濡れそぼった瞳は、声を上げた主、稲荷を注視している。
「何ですか?出してください、帰りますよ」
「え!?え?帰るって、恭華ちゃんは?連れて帰るんッスか?」
ちょっとちょっと、と連れて来られた恭華よりも慌てふためく。
「お、俺のこと・・・知ってんのか?誰だよ、お前」
名前をさも親し気に『恭華ちゃん』と呼ばれたが、初対面だ。
知らない人物という不安感や不信感から、見つめる眼差しも鋭い物となる。
「ああ、ごめんごめん。俺は稲荷っていって、キツネさんの仕事仲間・・・いやもうね、下僕的な何かだね。恭華ちゃんとはね、実はもう二回会っているんだ。恭華ちゃんはいつも気を失ってたから、こうやって顔を合わせるのは初めてだね。よろしくね」
ふわりと優しく笑いながら手を差し出す稲荷に、恭華の緊張も和らいでいく。
優男、その言葉以外には考えられない程に似合っている。優しいお兄さん、恭華からすれば丁度そんな感じだろう。
だがキツネの仕事仲間だということは、この一見何の害もなさそうな温かみ溢れる男も、人殺しということになる。
気後れしながらも、恐る恐る折られていないキツネの胸側の腕を伸ばす。
「ははっ、本当に素直!!駄目だよ、そんなに簡単に手を差し出したりしちゃ」
恭華が届かない分、稲荷が腕を伸ばして優しく握る。
「さ、西条恭華・・・です」
恭華の素直な紹介に稲荷が再びふわりと微笑む。
「よろしくね、恭華ちゃん。キツネさん、今日は恭華ちゃんにケーキとプレゼント渡すだけって言ってなかったッスか?」
その恭華ちゃんが何故ここに?と稲荷が疑念の視線を送る。
確かに恭華の腹付近には白い箱が置かれている。
キツネが渡したケーキだろう。
「ええ、ちょっとした問題がありまして・・・僕の家にご招待してパーティーすることにしました」
「そうッスか・・・じゃあ、車はマンションでいいんッスね?つーか恭華ちゃん、顔色悪いね・・・大丈夫?」
バックミラーを調整しながらも、恭華の顔色の悪さを心配する。
「だ、大丈夫・・・」
なわけがない。
腕が痛い。
気持ちが悪い。
それに体が怠い。
それよりマンション?廃墟ではなく?
「ああ、そうでした。恭華さん、腕手当てしましょうね。稲荷出してください」
キツネの言葉と共に、車がゆっくりと発進する。
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