殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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執行猶予編

人形は残酷な夢を見た-10

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運転に集中したいが、恭華のことが気になって仕方がない。

視線は自然とバックミラーへと頻繁に向けられ、耳は後部席へと澄まされている。

「恭華さん、上脱げますか?」

「へっ?な、何でだよっ!?」

「手当てするだけですから。ちょっとご自分では脱げそうもないですね」
だから大人しく身を任せていてくださいというキツネの嬉しそうな声、わあわあきゃあきゃあと抵抗して騒ぎ立てる恭華の声が車内に響く。

「や、いい!後で病院行くからっ!!」

「もう、大人しくしていてください。大丈夫です、こう見えて医師免許持ってますから」

「・・・は?今なんて?ウソだろ?」
世迷い言か?本当だとしたら最も必要ない人物に最も必要ない免許だろう。

「フフッ、本当ですよ?やはり殺人は人体についてよく知っておく必要がありますからねぇ」
ニヤニヤ笑うキツネが恭華の前をはだけさせ、胸を撫でまわす。

「冷たっ!ちょ、やめろって!」
キツネの氷を思わせる手で撫でられ、冷たさにビクッと恭華の胸が上下する。

「それに、恭華さんお金ないでしょう?」
尖り出した恭華の胸の飾りを掴るように摘む。

「あっ・・・ちょ、やめろって!な、何で知ってんだよ、俺の経済事情なんて!」

「フフッ、貴方のことなら何でも知ってますよ❤ さあ、静かにしていてくださいね」
恭華が暴れようが、キツネはただ淡々と服を脱がせていく。

「貴方の肌は白くてスベスベですねぇ。やはりいい色気です」

「や、やめ・・・痛っ!!」
脱がされる服が折れた方の腕を通る際、恭華の悲鳴が漏れる。

露わになった肌は、肩から腕にかけて真っ赤に腫れ上がり、所々紫色に変色している。

「あー、それは痛いよねぇ」
気の毒に。痛々しさに稲荷の眉間に縦線が入る。

「大丈夫ですよ、複雑骨折はしていませんから綺麗に治ります」
腕を固定するためのギブスをあてられ、無駄のない慣れた手つきで包帯が巻かれていく。

「お前が元凶だろうがっ!!」
自分でつけた傷を、自分で治療したら世話ないだろうが。

というより、ホントに骨折る意味あったか?と恐怖により殺されていた怒りがまた沸々と湧き上がる。

「つーか、本当信じられねー!!いっつもいっつもお前の思い通りになると思うなよっ!?クリスマスパーティー?ふざけんなよっ!降ろせよ、帰せよっ!!」
キツネの耳元で、ハアハアと息を切らせるほどに捲し立て、怒鳴り散らす。

バックミラー越しに見つめている稲荷はおろか、殆ど何事にも動じることがないキツネまでもが呆気に取られる。

「ははっ、ここまでくるとスゲーな。恭華ちゃん自分の立場分かってる?その骨折だってキツネさんに逆らったからじゃないの?」
恭華には、既に車内に入ってきた時のようなオドオドした感じも、恐怖に染まっている瞳も見受けられない。

怖いもの知らずなのであろう。

そりゃ喧嘩も強く生活も自立している。何に縛られることもなく、力強く生きてきたのであろう。

だがどんな人物でも恐怖の前にはみんな平伏する。
屈強な暗殺者だって、崇高な政治家だって、徳を積んでいる僧だって例外なく、惨めに哀れに情けなく命乞いをする。

今までキツネが連れ込んだ贄達だってそうだ。

「残念ですが決定事項です。恭華さん、僕に気に入られようとか、媚売ろうとか思わないんですか」
驚愕に細い眼を見開きながらも、テキパキと恭華に服を着せ、腕を三角巾で吊るす。

「はぁ?気に入られる?あり得ないだろ?お前に気に入られて何の得になるんだよ?疫病神でしかないだろう!」

「きょ、恭華ちゃん・・・一応ね、キツネさんが恭華ちゃんの命握ってんだよ?だから少しでも生き延びたいと考える奴はね、売るんだよ媚を・・・普通はね・・・」
ははっと苦笑いする稲荷は心底冷や冷やする。

何て危ない子なのだと。

「・・・そ、そうなのか?じゃあお前に媚を売っておけば逃してくれんのか?」
そう言う恭華が期待に満ちた目でキツネを見上げる。

「残念ですが恭華さん、貴方は卒業と同時に僕の玩具になる運命です。それはどんなに媚ようと変わりませんよ」

「な?そうだろ?ならこんな腐れ外道に売る媚なんてねーよ!」
断固として降りるという意見を変えず、キツネを押し退け車を降りようとドアに手をかける。

「恭華さん、ダメですよ、開きませんよ。大人しく戻ってください」

「恭華ちゃん、危ないからじっとしてて」
そう、車が走っている間にドアを開ける行為よりも、もっとずっと危ない!キツネが危ないのだ。

「うるさい!」
開かないからやめろと言われてなお、諦めきれずにガチャガチャとドアを開けようと躍起になる。

「恭華さん、駄目です。静かにしていてください」

「そう!恭華ちゃん、頼むから!!」
ああ、キツネの温度が下がっていく。

車内の気温も下がっていく。

稲荷の血の気も下がっていく。

「じゃあ開けろよ!降ろせよっ!!」
頭に血が上っている恭華は我を忘れたかのように怒りを露わにし、ドアや窓を殴るように叩く。

「恭華さん、大人しくしなさい。戻りなさい。」
キツネの口調が強くなり命令形と変わる。

声は低く、凍り付くような殺気がキツネから溢れ出ているのに、今は恭華の熱の方が高いようだ。

キツネの変化に気づいた稲荷が、いよいよ表情を硬くする。

「だから嫌だって・・・」
「恭華ちゃんっ!!!いいから静かに!!戻りなさい!」
恭華の声に被せ、稲荷が狭い車内にも拘らず馬鹿でかい声を張り上げる。

更に黙れ、戻れとばかりに急ハンドルを切った。

「わっ!!・・・」
車に振られた恭華が、遠心力に負けてキツネの膝元へと飛ばされる。

「いい子です、恭華さん。稲荷に感謝なさい」
恭華の頭を膝の上に乗せたキツネが上機嫌にニンマリと笑う。

キツネの言葉に「は?」と恭華が怪訝な顔をする。

「恭華ちゃんも何度もキツネさんに逆らって酷い目に遭わされたなら分かるでしょ?次にキツネさんがやりそうなことは・・・」
一触即発の雰囲気を打破した安心感から、稲荷がフウと溜息を吐く。

この車内でむせ返るような血の臭いは勘弁して欲しい。

「・・・助けてくれたのか、稲荷?ありがとう」
確かにそうだ。あのままキツネの警告を無視してドアをガチャガチャしていたら、もう一本の腕も折られていたかもしれない、いや切られていたかもしれない。

冷静になった恭華は恐ろしさからゾクリと背筋を凍らせる。

「どういたしまして。恭華ちゃん、俺ね、一応年上!もう成人してるんだから!『稲荷さん』ね!」

「あー、はいはい。なあ稲荷、どこまで行くんだ?つーかマンションってどこにあるんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もうすぐ着くよ」
いい。もういいのだ。だってそうだろう?もう一度、『稲荷さん』と呼べと言ったところで、自分の器を小さくするだけだろう?

泣きたい気持ちを抑え、眉を下げつつも笑顔で恭華に答える。

もうすぐと言ったものの、もうマンション前まで着いている。
あとは地下の駐車場に駐車するだけだ。

「キツネさん、あと立体に入れるだけッスから」
車を停車させた稲荷がすかさず後部席のドアを開ける。

「恭華さん、行きますよ」
と言いつつ、恭華に歩かせる気がないキツネは恭華を抱えて車を降りる。

「え?ああ・・・あ!稲荷、ありがとう」
運転席の稲荷に向かってニッコリと微笑んだ恭華がキツネに連れられてエントランスへと消えていった。

「うわっ、何あの笑顔・・・」
その名の通り恭しく華が咲いた如く可憐で綺麗な笑顔。

一点の曇りもなく、真っ直ぐな光を持った瞳。それはそれはキツネの加虐心をそそるであろう。

「虜にされちゃうの分かる気がする・・・長く一緒にいるとヤベーな」
キツネが遠ざかっていくのを確認し、稲荷がボソッと呟く。

「稲荷っていい奴だな・・・でもあいつも人殺しなんだろ?」

「フフッ、そうですよ。暗殺者の時の稲荷は冷徹で機械のようですよ」
いつかその姿を見せたいものですと、研究者がマウスを見つめるそれのように興味深そうに恭華を観察する。

エントランスホールへ向かうエレベーターに乗り込み自然と身を任せていた恭華だったが、ハッとする。

「うわっ!!習慣って怖えー!慣れって怖えー!このままじゃマズイだろ!?いい加減、降ろせよ!」
キツネに抱かれて歩くことにすっかり慣れてしまった恭華は、何の違和感もなくここまで抱えられて連れていかれた。

このままではエントランスを通り管理人に見られることになるどころか、マンションの住人に出くわす危険性だってあるのだ。

制服を少しはだけさせ、泣き腫らした目の男子をお姫様抱っこしているなど、即通報だ。
挙句、日々平和ボケしてネタを探し目を光らせている主婦のレーダーに引っ掛かり、格好の餌食になるに決まっている。

「ああ、問題ありませんよ、誰にも会いませんから」

「は?」
解せないキツネの回答に、不審な表情を残したままエントランスへとキツネが足を踏み入れる。
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