殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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監禁生活スタート編

殺人鬼が手に入れたのはただ唯一の存在-4

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「お待たせしました」
後部席に乗り込み、キツネが運転席に声を掛けた。

「はいはい、無事にゲットできてよかったッスね・・・ってまた刺したんッスね?」
血塗れの恭華を目にし、稲荷が小さく溜息を漏らす。大事にしてやれと言っているのに・・・。
まあ、恭華が逃亡を図ったその時から、無傷でいられないことは目に見えていたが。

だがやはり恭華はキツネにとって特別なのだということを再認識させられた。それがちょっとお気に入りの玩具なのか、一人の人間として大切なのかまだ判断できないが。

きっとキツネ自身も分かってはいないだろう。

恭華がいない間に、つなぎに連れてこられた男も、刺し傷が酷かった。死因は間違いなく出血多量によるもの。

殺戮を繰り返し、惨殺を生業としている稲荷でさえ、気分が悪くなり口元を抑えてしまう程に見るも無惨なめった刺しだった。

そのつなぎでは、刺しても刺してもキツネの中の何かを埋めることはできなかったのだろう。欲望を満たす事ができなかっただろう。

それに比べて恭華はどうか?稲荷の知る限り、今日のを合わせて三回しか刺されていない。

もちろん体を刻まれてもいない。

それだけでキツネを満たせるということだ。

「……稲荷?」
キツネに抱えられていた恭華がもぞもぞと動き、恐る恐る顔を上げた。

「恭華ちゃん!?意識あるの!?」
これは驚いた。稲荷が驚愕に目を見張る。

まさか意識のある状態で運ばれるとは思ってもいなかった。てっきり失神しているものだと。

「本日は輸血できる当てがありませんからね。稲荷、全席倒してください」

「え?あ、はい」
キツネに言われるまま、座席を倒す。

なるほど、それで、それで意識がある状態なのか。意識がなくなるまで恭華を犯し続けていたら、恭華の血液が足りなくなる。

ここは青森。九尾を呼び出すことはできない。輸血の設備が整っているわけでもない。

フラットになったシートに恭華を静かに横たえ、足の傷を消毒していく。

「ぃっ!!」
消毒液が傷にしみ、恭華の足がビクッと跳ね上がる。

「ああ、しみますね・・・少し我慢してください、縫いますから」

「…………え?」
今何と?

「ええ、ですから、”縫います”、と」
ニタっとキツネが笑う。

傷の周囲を綺麗に拭われ、消毒され、そして言葉通りキツネが縫合の準備をする。

「ヒッ!!いい、いいっ!!縫わなくて大丈夫っ!」
イヤイヤと首を振り、ズリズリと片足を器用に使って下がっていく。

「駄目ですよ、傷口広がっちゃいますよ。今回、少し深めに刺したんですから」
「そんなのお前のせいだろっ!!包帯巻いておきゃ治る!!」
四つん這いで這ってくるキツネをゲシゲシと足蹴にして、何かと逃れようとする。

その姿をバックミラーから見ていた稲荷が慌てふためく。

言いたい。声を大にして言いたい。
怒りを買うのは自分ではないが、まるで自分が生きた心地がしなくなるその行為を、今すぐヤメロ、と。

「きょ、恭華ちゃん、大丈夫!センセーに負けないくらいキツネさんも上手だからっ!」
だからその足蹴をやめなさい!
じゃないともう一本の足にも縫い傷ができるぞ!

「そうですよ、恭華さん。往生際が悪いですよ」
伸びるキツネの手をモグラ叩きのように足でゲシゲシと蹴っていく。最高得点間違いなしの駆逐っぷりだ。

「だ、だって・・・じゃあ、痛くしないか?」
腕がいいか悪いかの問題ではないのだ。

キツネが施術することに問題があるのだ。

苦痛に耐える姿を見たいとか言ってわざと痛くするに違いない、そんなキツネに縫われたくないのだ。

潤んだ瞳で上目遣いでキツネを見上げる恭華の表情に、ズキュンという効果音が稲荷の胸から聞こえた。

のんけで普通の女の子、とりわけ揚羽が好きな稲荷でさえ、胸の高鳴りが抑えられない。頬の熱が上昇する。

何て可愛らしさだろうか。言っていることは小学生そのものなのだが。

もはや魔性だなと稲荷は自分のこの気持ちを理由づけ、自身を納得させる。

「ふふふふふふふふふっ❤大丈夫です、痛くしませんから」
同じくズキュンと胸を・・・・いや脳を撃たれたと思われるキツネがデレデレな様子で恭華に迫りいく。

「嘘だっ!何でいつもより『ふ』が多いんだよ!?」
いつもの数倍気持ち悪い。寒気を感じ、恭華が腕を擦る。

「約束します。痛くしません。では、もし痛かったら、蟹をご馳走しますよ」

キツネの言葉に稲荷がバッと直接後部席を見る。

ちょっと待ってちょっと待ってキツネさん、蟹をご馳走しますって何ですの?
と口に出しかけた。

いくら何でもそんなものに釣られないだろう。

キツネと一緒に暮らしていれば、毎日好きなものを何でも、いくらでも食べられるのだ。それは軟禁されていた恭華も知っている。

ここで蟹など出されても魅力など感じないんじゃ・・・・・・

と、いうのは稲荷の杞憂に終わったようだ。

恭華の目はキラキラと輝き、キツネを見ている。

足蹴りにしていた足もピタリと止まっている。

「カニ!!ケガニか?タラバか?ズワイか?」
今度は恭華の胸の高鳴りが半端ないようだ。

「はいはい、全部食べましょうね」
興奮気味の恭華を軽くあしらうようにうなずく。

恭華の目がキラキラと架空の蟹を見つめ、脳内が蟹一色に染まっている間に、手際よく、手早く、キツネが傷を縫っていく。

「全部!全部っ!?な、何匹だ!?」
興奮が抑えられない恭華の鼻がフーンッと鳴る。

「はいはい、食べ放題にしましょうね」

食べ放題と聞いた恭華の嬉しさの針が振り切れたようで、ブンブンと腕を振って『食べ放題』と繰り返して喜んでいる。

その間にもキツネは縫合を終え、パチンと糸を切った。

まるで注射を嫌がる子の気を逸らしている間に打ってしまう医者のようだ。

いよいよもって小学生にしか見えない行為だが、何故か魅力がある。恐るべき人タラシだ。

「はい、終わりましたよ。痛かったですか?」
未だ興奮の冷め止まない恭華にニヤッと笑いかけその目を、細い目で覗き込む。

キツネの言葉に「え?」と口を開け、初めて自分の傷口に目を向けた。

「・・・・・痛くなかった」
痛みがなかったというのに、目に見えてガックリと肩を落とす。恭華の顔は明らかに不服を訴えていた。

「フフッ、そんな顔しなくても、蟹はごちそうしますよ」

途端に恭華の顔がパアっと輝く。

蟹、蟹と謎の蟹の歌を口ずさんでいる。

「キツネさん、取れた宿に向かっていいッスか?」
恭華の蟹の歌を耳にしつつも、稲荷はハッとしたように従来の自分の仕事を思い出す。

「はい、お願いします」
稲荷にゴーサインを出し、蟹の歌をご機嫌に口ずさんでいる恭華に向き直る。

「恭華さん、今日明日で宿を取りました。ちょっとした卒業旅行ですねぇ❤蟹は明日食べに行きましょうね」
恭華の下半身を拭いながら替えの下着とズボンを履かせる。

相変わらずの面倒見の良さでテキパキことを運ぶ。
もはやどうして恭華の制服の替えを持っているのだと、突っ込むことはしない。

問題はそこではなかった。

恭華の蟹の歌はピタリと止まり、目に見えてガッカリしている様子だ。

そして何が悲しくてお前と卒業旅行なんか・・・とブツブツ呟いている。

「そんなに落ち込まないでください。今夜は懐石ですよ?」
懐石の中にはわずかであろうが蟹もある、そう伝えるキツネの言葉に恭華の輝きが戻った。

ニコニコと上機嫌な恭華はキツネにされるがままに拭われ、手当てされ、着せられているが、全く恥じらいや抵抗を見せない。着せ替え人形の如くわが命運を受け入れている。

しばらく窓の外の景色を楽しんだ後、コクコクと船を漕ぎだした。

それにしてもと稲荷は思う。
凄まじい適応力だと。
既にもうキツネとの生活に慣れている。

精液を掻き出されたり、股下を拭われたりしても、何の抵抗も見せないということは、キツネに翻弄されることに疑問を抱かなくなっているということだ。

その環境適応能力はまるで子ども。

場の雰囲気に左右され影響されていく。それだけピュアということか、幼い頃よりそうであることを強要された結果だということか。

「いえいえ、稲荷。貴方も負けてはいませんよ?」
愛おしむように恭華の頭を撫でているキツネが、バックミラー越しに稲荷を見る。
船を漕いでいた恭華の頭を膝に乗せたのだ。

「え?」
それは自分もピュアだと褒められているのだろうかと、普段褒められることなどのない稲荷の目が輝く。

「ええ。影響されやすいですね。口ずさんでしまっていますよ、蟹の歌(作詞作曲:恭華)・・・」

キツネに指摘され、初めて自分が口ずさんでいたことに気が付く。

恐るべし、蟹の歌…
いや、ここは恐るべし、恭華なのか…。お互い染まってきてるなぁと、しみじみ稲荷は感じた。
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