殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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監禁生活スタート編

殺人鬼が手に入れたのはただ唯一の存在-5

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旅館に着き、すっかり眠りに落ちた恭華に布団が敷かれた。茶をすすりながら、恭華の目覚めを待っていたが、起きない。

もう夕餉の刻だ。

「恭華さん、起きてください」
キツネが恭華を揺らし、静かに悠長に耳元で囁く。

だが恭華は起きない。

恭華の寝起きはかなり悪い。
なかなか起きないことがしばしばある。

だが一度寝てしまったら苔むす岩のように動かない恭華を、一発で起こす魔法の言葉が存在していた。

キツネはもちろん、稲荷、揚羽、九尾までもがそれを知り、活用する。

フウっとため息を吐いたキツネが耳元で低く呟く。

「恭華さん、ご飯ですよ」

魔法の言葉を。

ごはんと耳にした恭華が早くも眉を寄せ、目覚めの兆しを見せる。

これこそ魔法の言葉なのだ。

どんなに熱があっても、具合が悪くとも、体力を使い果たしたばかりでも、とにかく目を覚ます。

「ん・・・・」
恭華が目を開け、現状を把握しようと瞳をさまよわせる。

「ごはん?」
キツネの顔を認識した恭華が眠そうに目をこすりながら尋ねる。

ボーっとしていた恭華だったが、頬に置かれたキツネの手の存在に気が付き、煩わしさ全開の目で見つめる。

「ええ、そろそろ部屋に懐石料理運んでいただこうと思うんですが、召し上がれますか?」
恭華の熱が高い。恭華には不要な質問であろうが、一応聞いてみる。

「食べる!」
嬉しさから声こそ元気よく返事をしたが、体の節々に痛みを感じ、怠くて起こせない。

「じゃあお願いしてくるッス」
恭華の期待を裏切らない反応にクスリと笑いながら、稲荷がフロントへの電話をかけに行った。

「恭華さん、明日観光がてら蟹を食べに行きましょうか?貴方の熱が下がればですが・・・」

「え?いくよ。熱より蟹だろう?」
器用に片眉を上げ、何言ってんだお前と物語る。

恭華の心は蟹に鷲掴みにされているらしく、その瞳は蟹の形に輝いているようにさえ見える。

「そうですか?加えて寝不足にもなるかと思いますが・・・」
ニンマリとキツネの口が笑みを深くする。

「は?何でだよ?」
怪訝そうな顔をキツネに向けた恭華だったが、その意図を徐々に理解し、驚きに目が見開かれていった。

「ええ、お察しの通り僕が寝かせませんから❤」
ニヤッとキツネの口が歪む。

熱の原因は風邪ではない。それは刺したキツネ本人が十分に理解していた。

日頃から怪我をする機会など皆無だった恭華は、刺したり折ったりする度に、高熱を出す。薬のお世話になることもなかったため、薬も効き目が強い。一般人なら影響ない薬でさえ、副作用に苦しむことがある。

下手に服用させられない。

だが、本人は至ってケロッとしていて、少し怠くてフラつくだけだから、何も問題ないという。

熱があったとて、その食欲は衰えず、精神が弱ることもない。

いつものように飄々とした態度でキツネを軽くあしらい、稲荷に力の限り懐く。

「いつまで乗せてんだよ、クソギツネ!」
頬に置かれているキツネの手を迷惑そうにパシッと払う。

払われたそばから即座に恭華の頬に手を戻す。

イラッとした恭華が堂々と舌を打ち、ベシッと払う。

「あー、楽しそうなとこ申し訳ないッスけど、準備できたそうッスよ」
傍から見たら完全にカップル同士のイチャイチャにしか見えない。

呆れながらも声を掛ける。

実は世の中に怖いものなどないのではないかと思われるほど、強靭な精神を持った恭華、実は面倒見の良さと一人に異様なまでの執着を見せ、寵愛するキツネ。

案外、相性がいいのではないだろうか……

それもこれも恭華が見せている効果、恭華マジックなのか……

いずれにしろ、稲荷にとっては微笑ましく、非常に好ましい変化とも言える。

たとえ偽りだったとしてもどうか1秒でも長く続いて欲しいと願う稲荷だった。


次の日の朝。

「おはようございます、キツネさん。そろそろ出かけるッスよ?準備できたッスか?」
ようやく出てくれたキツネにホッとする。

部屋の固定電話をいくら鳴らしても出なかった。

固定位置に移動しなければ受話できない電話、それを取れないということは・・・・。

考えたくもない妄想が稲荷の頭を占める。

『ええ、まだ寝ていませんからいつでも行けますよ』
『ゃ・・・ぁ・・・』

案の定、涼しいキツネの声に混ざり、荒い息に反して弱々しい恭華の喘ぐ声と、グチュグチュという卑猥な音が受話口から聞こえてくる。

ああ、やはりと溜息を吐かずにはいられない。

「・・・立てないんじゃないんッスか?」

『いえ?問題ありませんよ?』
『っ・・・ぁっ・・・』

いやいや、そりゃあんたは問題ないだろうよ、化け物並みの体力や能力持ってんだから。

「いや、だって・・・恭華ちゃん、無理ッスよね?」
途絶え途絶え聞こえる恭華の声は掠れ、か細い。
息も苦しそうで、失いそうな意識を何度も何度もキツネによって呼び戻されているのだろう。

『フフッ、恭華さんも起きていますから大丈夫ですよ』
『んっ・・・ふっ・・』

「・・・そうッスか。じゃあ車回しておくんで、20分後に下で・・・」
キツネは「はい」と嬉しそうに返事をしたが、本当に大丈夫だろうか?

恭華の足には刺し傷、昨日は懐石こそデザートまでしっかり平らげたものの、熱で頬は赤く染まり、ボーっとしていた。

そこがキツネのツボだったらしく、恭華が料理を口にしている間もずっとニヤニヤと恭華を眺め、抱きかかえて離さなかった。

恭華は真っ直ぐ料理を見ていたが、キツネは真っ直ぐ恭華を見つめ、今夜は寝かさないと古い歌詞のような言葉を囁いていた。

稲荷が自室に戻った後から今に至るまで、文字通り恭華をメチャメチャにしていたのだろう、寝かさなかったのだろう。

その恭華がたとえ蟹を気合で食べられたとしても、観光などとても満喫できる状態ではないだろう。

昨日卒業。そして今日からキツネが飽きて殺されるその日までこんな生活が続く入学。

恭華はつくづく気の毒だ。だが恭華には申し訳ないが、キツネにはかなりいい影響に違いない。
キツネには殺人などしてほしくない。もちろん揚羽にも九尾にも、そして自分もだ。

恭華のことも可愛い。キツネの元で恭華が幸せになってくれるのが一番いいのだが、それは難しいだろう。
その難しさをなんとか乗り越えることができないか。自分にできることがあれば喜んで手伝う。
そう思案しながら車の準備に足を運んだ。

「キツネさん?」
ロータリーに出てきた男とその腕に抱かれた恭華を見つける。

「はい?」

「恭華ちゃん・・・スゲー辛そうなんッスけど・・・」
恭華を覗き込むと、稲荷が感じたままを伝える。

キツネに抱えられ出てきた恭華の意識は当然なかった。

昨日よりも顔が赤く、息が荒い。
ぐったりのレベルがまるで違う。

「ええ、先程眠りについてから、ピクリとも動きません」
足を治療している時も、体を洗っている時も、一切反応を見せなかった。

ケホケホと時々小さな咳をする以外、殆ど反応はない。

「安静に寝かせておくっていうレベルも超えてないッスか?すぐセンセーに診せた方が・・・」
監禁初日で殺す気なのかこの男はと、非難の目を向けずにはいられない。

一刻も早く医者に診せなければいけないということは、この様子を見れば明らかだ。だがここで静かに命を終えた方が恭華にとって幸せだろうか、楽なのだろうか。

「大丈夫ですよ。薬も飲ませましたし、解熱剤も打ちましたし」
フフッとキツネは笑い、いつものように恭華を愛おしそうに撫でる。

だが絶対に安静にさせなければならないのは明白だ。

これだから加減の知らない男は、と忌々しく思う。相手の体調など気にしたことがないのだろう。これをキツネに分かってもらうためには・・・

ああ!!

「ちょっと試しにいいッスか?」
どうしてもアクセルを踏み込めない稲荷が後部席に体を伸ばす。

そしてたちまち口にした。

「恭華ちゃん、ご飯だよ」

と。

恭華の眉はピクッと動いたものの、いくら待っても瞼は上がらない。

「ほら!!恭華ちゃんがご飯で起きないッスよ?キツネさん、やっぱり寝かせてあげた方がいいッスよ!!」
恭華がこの魔法の言葉で起きないなどおかしい。

これで相当具合が悪いのだと、証明できた。よかった。

「そうですねぇ。ですが恭華さん、蟹を楽しみにしていらっしゃいましたし・・・」
ニンマリと口元は笑っているものの、珍しくその表情からは渋面が感じられる。

「行ったところで食べられそうにないッスよ。蟹は俺が買ってくるッス」
稲荷の言葉に渋々納得したキツネが車を降り、旅館の部屋へと戻っていった。
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