殺人鬼と綺麗な人形はやがて手を取り涙する

なつみかん

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監禁生活スタート編

殺人鬼が手に入れたのはただ唯一の存在-7

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「・・・・・・・・恭華さん、それは僕からのキスが欲しいと言っていますか?」
フフッ、可愛いですねぇ、とキツネが詰め寄る。

慌てて布団から逃れる。

「何でそうなんだよ?勘違いもここまでくると拍手ものだな!!」
キツネの手から逃れると、恭華が稲荷の裾を引っ張り始める。

「ん?俺に助け求めてんの・・・・ごめん、恭華ちゃん、無理だ」
スッと目を逸らす。

「違う、蟹!蟹どこ?」
キラキラと声まで弾んでいる恭華の目は蟹を探している。

蟹の姿を探そうとキョロキョロしているらしいが、布団を敷いているこの寝室にはない。

「ああ、はいはい」
クスクス笑いながら稲荷が立ち上がる。

この頬で行きたくないなーと、キツネに付けられた痕を擦りながら部屋を後にした。

「たくさん買ってきてくれましたよ、稲荷」
キツネの言葉にいよいよ恭華の期待は膨らむ。

フーンっと鼻を鳴らして興奮を抑えている。

ガラガラガラガラ

「ん?」
何かを引きずるような音に恭華が首を傾げる。

ガラガラガラガラガラガラ

「なんか・・・近づいてくる?変な音が・・・」

ガラガラガラガラガラガラガラガラ

そして接近したガラガラが正体を現した。一人暮らし用の冷蔵庫のようなものが台車に載せられて運ばれてきた音だった。

「お待たせ」
冷蔵庫の後ろから稲荷が顔を覗かせる。

「フフッ、あのクーラーボックスの中、全部蟹だそうですよ」

「え?」
驚く恭華の手を取り、抱え上げると稲荷のもとへと運ぶ。

キツネに抱えられたまま、まじまじと、それでも半信半疑にクーラーボックスを覗き込む。

縦長のクーラーボックスは台車に縦に載せられていたようだ。
稲荷の手により横に倒され、棺のように上蓋が持ち上げられた。

「わぁ、スゲー!!・・・ここまでうじゃうじゃいると気持ち悪いな・・・」

まだ生きている蟹たちは鮮やかな赤ではなく、土色混じりの紺色をしていて、美味しそうという表現は似つかわしくない。

残念ながら恭華は蟹の種類に知識はなく、毛蟹くらいしか分かるものがなかったが、それでも種類が豊富であるということだけは分かった。

「これ、全部恭華ちゃんの蟹だからね」
いつものように稲荷がフワッと微笑む。

つられた恭華もフワッと微笑んだ。

「ありがとう、稲荷!重かっただろう?」
いやもう重いという次元の話ではない。

よくこれを運んでこられたと感嘆することしかできない。

「ああ、ここまで業者に運んでもらったから・・・」

「なるほど」
流石金だけは持っている。

「それより恭華ちゃん、調理方法は茹で一本でいい?なんか刺身でもいけるらしいよ?」

稲荷の言葉に分かりやすく恭華の目が爛々とする。

「刺身!悩むな~・・・う~ん・・・じゃあ半分刺身で!」
人生の岐路に立たされたような苦悩を見せる恭華に、稲荷が思わずクスクス笑う。

キツネはいつものようにニヤニヤと恭華を見つめている。

「クスッ、了解!じゃあ俺頼んでくるね」
クーラーボックスの台車を手に、稲荷が器用にターンする。

「あ、待って、稲荷!」

「ん?」
呼び止められると思っていなかった稲荷が、顔だけこちらを向ける。

「俺、シャワー浴びたいから手伝ってくれないか?」
抱えられているキツネを一切見ようともせず、真っ直ぐ稲荷を見つめる。

「恭華さんたら照れ屋さんですねぇ❤・・・僕が手伝いますよ❤」
恭華をキュッと強く抱きしめ、稲荷とは逆にターンする。

「バカか!!照れじゃねーよ!どんだけポジティブシンキングなんだよ・・・稲荷がいい!」
稲荷~、稲荷~と雛鳥が親鳥を呼ぶかのように囀る恭華に、稲荷が困惑する。

「キツネさん・・・」
キツネに助けを求めるように視線を送る。

これが九尾を風呂に入れろと言われたら全力で丁重にお断りを入れるところだが、恭華をお風呂に入れてあげることは別に苦ではない。

軟禁生活中は半分の割合で稲荷が恭華の身体を洗い上げていたのだから、手慣れたものだ。

だが、先ほど凄まじい吸引力を見せつけたキツネが、恭華の言葉や行動でどのような化学反応を見せるかが怖いのだ。

「フー・・・」
上から降り注ぐ溜息に、恭華がビクッと反応し、硬直する。

「仕方がないですね。では僕が蟹を注文して参りますので、稲荷お手伝いして差し上げてください」
恭華をそっと稲荷に差し出す。

引き渡す時に何かされるのではと警戒した二人がビクビクしながらお互いに手を伸ばす。

不安に反して、稲荷は恭華を無事に受け取り、恭華は稲荷の首に腕を巻き付けることに成功した。

お互いがホッと力を抜き、顔を見合わせてクスリと笑う。

「チッ」

「「え?」」
声を重ねて振り返った時、もうキツネとクーラーボックスはいなかった。

「あいつ舌打ちしていかなかったか?つーかあんなボックス持ってても音しないのかよ・・・」
怖い奴と恭華が呟く。

「舌、打っていったね・・・」
嗚呼、もう本当に怖い。

今のすれ違いざまに殺されてもおかしくない状況だったということではないだろうか?

無事に恭華を洗い上げ、ホカホカニコニコの状態の恭華に浴衣を着せ、戻ってきた頃には蟹が全て出そろっていた。

「わぁ!美味しそうっ!」
小学生がヒーローショーを観に行ったかのような興奮と輝きを見せる。

キツネに席を勧められるままに座り、渡された箸を素直に受け取る。

席はキツネの隣。普段ならば不機嫌さを隠そうともせずに遠い席に座りなおす恭華だが、もう蟹しか見えていない。

「ありがとう、キツネ」
満面の笑みを浮かべてお礼を言われたキツネは、目に見えてデレデレしていた。

ああこんな表情もできるのかと思うが、最近は驚くことも減った。

恭華を前に、何が起こるか全く予測できず、何が起こっても不思議ではない。
それだけ大きくキツネに変化があったということだ。

しかし、上機嫌の恭華とキツネを前に、稲荷だけは楽観していなかった。
お風呂に入れた恭華の身体には薔薇の花弁を散らしたように至るところにキツネの刻印が刻まれていた。

それとは別に相当数の火傷の痕も見つけた。

恭華曰く、キツネの相手をさせられている時、眠ったり意識を失った際に、強制的にスタンガンを押し当てられて起こされたそうだ。

朝、随分とぐったりしていたことも納得できる。

目を覚ます程度の弱めのスタンガンだったとしても、あれだけ当てられれば衰弱から生命だって脅かされる。

キツネは人の生かし方が分からないがゆえに、いつか願ってもいない殺しをしてしまうのではないか。

そしてその時、キツネは一体どうなってしまうのか・・・それを稲荷は懸念する。

「稲荷?どうした?美味いぞ?一緒に食べよう?」
難しい顔をしてこちらを見つめている稲荷に恭華が無邪気に微笑む。

その両手にはしっかりと蟹が握られている。

そしてその横!

その何とも言えない姿に稲荷はププッと笑いをこぼす。

あの依頼成功率100%、その正体を知った人間で生存者はいないと恐れられているキツネが。

悪徳金融業者の行いが幼稚園の銀行ごっこに見えるほどに膨大な金とあくどい手口を使い、依頼者から金を巻き上げると噂されるあのキツネが。

直面した人々に口さえ開けなくなる恐怖と、残虐な暴力と、絶対的な死を与えるあのキツネが。あの殺人鬼が。

今恭華の横で恭華のために、必死に蟹の殻をむき続けているのだ。

人を殺す事より迅速に、精密に殻を剥いていく。

「稲荷、何突っ立ってるんですか!?早くこちらに来てお手伝いなさい!」
キツネが既に吊り上がっている細い目を吊り上げて稲荷を呼ぶ。

それでも恭華がもりもりと蟹を平らげていくスピードには追いつかないらしく、あくせくしている。

笑いが治まらずに、はいと返事をして殺蟹鬼になるべく、キツネの隣に腰を下ろした。

平穏に包まれたこの日がいつまでも、そう願いながら。
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