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犬生活編
人形は哀しみに諦めをおぼえた-10 ◆
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今日もキツネの仕事はお休み。恭華が表情を失い、失声症になってからというもの、キツネは仕事量を減らした。
少しでも恭華と同じ時を過ごし、感情を共有するためだ。
「恭華さん、飴食べますか?」
キツネの言葉に、ヒョコっとソファから恭華が顔を覗かせた。
そしてキツネの手に収められている飴を凝視している。
「フフッ、メロン味です」
恭華の意図するところが分かったキツネがニンマリと笑いながら答えた。
恭華がコクッと頷き、飴を取りに来る。
相変わらず殆ど食事をしない恭華だが、飴を口の中に含めておくのは好きなようだった。
キツネだけではなく、それを知った稲荷、揚羽、九尾が大量の飴を買ってきたのだ。その中で最も早い減りを見せたのがメロン味、逆に殆ど減らないのがハッカ味とレモン味。
恭華はメロン味を一番好む。だが果物のメロンはさほど好きではない。フルーツでは白桃が好きだ。
泣きそうになると口をへの字に曲げ、涙を堪える。
シャワーは驚くほど短いが、風呂に入ると驚くほど長い。湯船の中でウトウトすることもしばしばある。
ドラマやアニメは流し観だが、お笑いは真剣に観る。
不思議なことに恭華とコミュニケーションが取れなくなってからの方が、恭華を知ろうと努力し、その知見を深めていった。
それは外部から集めた情報では得られなかった事実。共に生活をし、相手を知ろうと歩み寄った結果得られた些細な事実。
キツネから飴を受け取ると口の中でコロコロ転がし、定位置のソファに戻って目を閉じた。
「恭華さん、美味しいですか?」
真上から降り注いだ声にビクッとする。
飴を受け渡し、キツネは奥のキッチンへと消えていったはずだ。それが目を開けたすぐ先にいたために驚いた。
だが目が合ってしまった手前、逸らすこともできずに、コクンとうなずく。危うく飴玉を呑み込むところだった。
「恭華さん、笑ってください」
またか。また今日もだ。毎日のように繰り返されるキツネの言葉、『笑って』『喋って』『ごめんなさい』別にそのような言葉など意味がないのに、何度も何度も。
もう、恭華には不要なのだ。生きていく上で切り捨ててしまったものなのだから。笑うことも喋ることも、もちろん謝罪も。
何でも願いを叶えてくれるとキツネが言った。だから迷わず恭華は「殺せ」と書いた。
だがそれはあっさり却下された。何でもと言ったくせに。
キツネが恭華に無理矢理笑みを作るよう、うに~っと頬を吊り上げる。
強制的に上げられた口角は、キツネ同様のニンマリとした笑みを作った。
「恭華さん・・・」
だが無反応な恭華を見て、眉を下げたキツネが手を離す。
もういいだろ、という一瞥をキツネにくれ、恭華が立ち上がり寝室へと歩き出した。
「あ、恭華さん、ダメですよ!歯を磨かないと!それに薬の時間です」
ペタペタ歩く恭華の後ろを、キツネが薬と水差し、コップをお盆に載せて追う。
迷わずベッドに潜り込み、早くも眠りにつこうとする恭華に薬を飲めとキツネが言う。
イヤイヤと恭華が首を振った。
薬を飲む水でさえ、摂取することを嫌うのだ。
「歯磨きセット持ってきますから、薬飲んでおくんですよ。戻ってくるまでに飲んでいなければ、口移しですからね」
やれやれ首を振りながらも、どこかウキウキとしたキツネは寝室を後にした。
「恭華さん、飲みました?」
寝室を開け、開口一番キツネが尋ねる。
恭華はすっかり布団を被り、眠りについている様子だ。恭華に猶予を与え過ぎてしまった。
薬を・・・水を飲む決心をと、数十分離れていた。
歯磨きもしないで・・・とキツネは小言を漏らしながらベッドに近付く。
しかし薬は服用したようだ。
今日はいつになく水の量が減っている。ガラス製の水差しの量が目に見えて減っていることなど、まずない。だが1Lの水差しの半分以上が減っている。
「恭華さん、今日は随分喉が渇いていらしたんですね」
微笑ましさにニンマリと口元に笑みを浮かべながら、恭華の顔を覗きこむ。
顔が普段より白い。おかしい。
すぐにその頬に触れる。冷たい。
寝台のサイドテーブルに置かれた薬の袋を見て、手にしていた歯磨きセットを落とした。ガシャンと音を立て、コップが割れる。
だがそれどころではない。
「恭華さんっ!!恭華さんっ!!」
その口元から珍しく笑みを消したキツネが激しく恭華を揺する。
薬は精神安定剤と睡眠薬、丸々二ヶ月分はあった。だがそれらは全て空になっていた。
サイドテーブルの上には乱雑に開封された大量の薬の空袋が散らかっている。
慌てたキツネがインターフォンを鳴らす。
『どうしたッスか?』
画面越しに上手に映っていない稲荷の顔が左半分だけ覗く。いつまで経っても上手に映れないのだ。
「至急、九尾に連絡してください。恭華さんが薬全部飲みました」
瞬時に理解した稲荷が青くなり、返事もせずに九尾に連絡を取り始めた。
キツネは硬く目を閉ざした恭華を抱えると、バスルームへ運んだ。
「まったく、何を考えているんですか、貴方は!!こんな量では死ねませんよ!胃洗浄、苦しいんですからね!」
意識のない恭華を、目を吊り上げて叱り付ける。こんなバカなことをしたのだからそれぐらいは我慢しろと、キツネが叱咤する。
意識のない恭華の頬をベチベチと数回強めに叩く。
「うっ」と呻いたのを確認し、ホースよりも僅かに細い、チューブを口から挿入していく。
大量の水を胃に流し込み、全てを吐かせるのだ。
苦しさに覚醒し、パニックを起こして暴れる恭華を押さえ付ける。
「大人しくしなさい!自業自得ですっ!!」
何度も嘔吐く恭華を押さえ付け、チューブを手早く胃まで挿入すると、水を流し込む。
目を見開き、涙をボロボロとこぼす恭華の肩を押さえながら、容赦なく水を流し込んでいく。
「苦しいですか?これに懲りて二度とこんな真似するんじゃありません!」
ただ、苦しみはここで終わらない。
パンパンに膨れた腹を見てキツネが、もういいでしょうとつぶやく。
胃より低い位置にチューブが引かれ、胃の内容物が一気に溢れ出した。
全て流し終え、チューブを取り出した後も、ゲロゲロと吐き続け、恭華のすすり泣く声がバスルームに響き渡る。
「恭華さん、何考えてるんですか?この程度のODで死ねると思ってるんですか!?所詮、胃洗浄されて苦しむ程度ですよ」
いつになく厳しく、熱い口調で恭華に詰め寄る。
だが、恭華の背中を摩り続けている手はとても優しい。冷たい手であることは普段と変わりないのだが、何故か温かさを感じる。
恭華は涙目のまま無言で風呂の排水口一点だけを見つめ、キツネの小言を大人しく聞く。
「分かりました?」
恭華を覗き込み、その目を開眼させて脅す。
コクッと小さく恭華がうなずく様子を見て、キツネがおやっと驚く。その表情は無であるが、僅かに落ち込んでいるようだった。
そんな恭華を見て、キツネの眉も下がる。
「恭華さん、お願いします。もう自殺しようとしないでください。本当に僕が馬鹿でした」
吐き気を堪えるように小さく震える恭華をギュッと抱きしめる。
いつも言われている台詞だが、今日は普段と異なる点がある。
普段はその細いキツネ目で、恭華の目を見て真っ直ぐ言うのだ。そんな男が今日は恭華を見ていない。代わりに抱きしめ、肩に置かれた顔から聞かされる。
そしてその男が小刻みに震えているのだ。最初は自分が吐き気を堪える振動だと思った。だが恭華の震えはとっくに止まっていた。
「どうして僕は殺人しかしてこなかったのでしょう?分からないんです。分からないんですよ。どうしたら恭華さんが笑ってくれるのか、どうしたら恭華さんが喋ってくれるのか」
人の殺し方ならば簡単に分かるのに。人から笑顔を奪うことなど容易いのに、分からない。人を喜ばせることが、幸せにする方法が分からない。
人しか殺してこなかったから、嗜虐を好み、泣き顔や苦痛に歪む顔に興奮してきたから、喜びを得てきたから。
普通の人がどのように喜びを得て笑うのか・・・人の上手な愛し方、愛され方が分からない。
声まで震えている男の背中に手を回すべきか・・・
慰めるようにポンポンと叩くべきか・・・
結局恭華が何もできずにキツネに抱き着かれていると、ドタドタと稲荷が駆け込んできた。
「恭華ちゃんっ!!!・・・・って、あれ?何か元気そうだね・・・」
確かに顔は陶器のように白いが、意識がしっかりしている恭華を見て、稲荷がホッとする。
それより・・・
「何やってんッスか、キツネさん?」
具合の悪そうな恭華に抱き着いて一体何をしているのだと、非難する。
まさかこのまま寝ているのか?と稲荷がキツネの顔を覗きに、恭華の背後へと回った。
そして稲荷はフリーズした。口をあんぐり開けてフリーズした。声もなくフリーズした。再起動不可能な程にフリーズした。
「?」
背後に回ったまま、うんともすんとも言わない稲荷を不審に思い、恭華が振り返る。
フリーズしている稲荷は何も言わないが、その目は明らかにキツネの顔を見つめている。恭華が顔を見せろとばかりにキツネの両肩を掴み、剥がすと顔を突き合わせた。
「っ!!!!!!!!!???」
驚愕を顔に浮かべた恭華は見事なまでにシンクロし、稲荷と全く同じ顔をする。
泣いている。泣いているのだ。
キツネがポロポロと涙を流して泣いているのだ。
驚きに目を見張り、キツネを見つめている恭華の顔は無表情ではなくなっていた。
その目は既に虚ろではなく、しかとキツネを映し出していた。
ようやく声が出せるようになった稲荷は「嘘だろ?」としきりに呟いている。
今や恭華よりも顔が青白い。世界の終わりとでも本気で思っているのだろう。
稲荷がウロウロ、オロオロと浴室を歩き回っている時、バンッと乱暴に扉が開かれた。
「恭華っ!!!お前っ、何考えてっ!!!・・・・・・っておい、何やってんだ?」
怒鳴り込んでみたものの、不自然な三人の様子に九尾が眉をひそめる。
第三者の登場に恭華と稲荷がビクッと肩を揺らした。
「セ、センセー・・・残念なお知らせがあるッス。今日で俺達の地球は滅亡を迎えるッス・・・」
さめざめと泣きながら訴える稲荷に、九尾は最高に冷たい顔でこう言った。
「は?」
少しでも恭華と同じ時を過ごし、感情を共有するためだ。
「恭華さん、飴食べますか?」
キツネの言葉に、ヒョコっとソファから恭華が顔を覗かせた。
そしてキツネの手に収められている飴を凝視している。
「フフッ、メロン味です」
恭華の意図するところが分かったキツネがニンマリと笑いながら答えた。
恭華がコクッと頷き、飴を取りに来る。
相変わらず殆ど食事をしない恭華だが、飴を口の中に含めておくのは好きなようだった。
キツネだけではなく、それを知った稲荷、揚羽、九尾が大量の飴を買ってきたのだ。その中で最も早い減りを見せたのがメロン味、逆に殆ど減らないのがハッカ味とレモン味。
恭華はメロン味を一番好む。だが果物のメロンはさほど好きではない。フルーツでは白桃が好きだ。
泣きそうになると口をへの字に曲げ、涙を堪える。
シャワーは驚くほど短いが、風呂に入ると驚くほど長い。湯船の中でウトウトすることもしばしばある。
ドラマやアニメは流し観だが、お笑いは真剣に観る。
不思議なことに恭華とコミュニケーションが取れなくなってからの方が、恭華を知ろうと努力し、その知見を深めていった。
それは外部から集めた情報では得られなかった事実。共に生活をし、相手を知ろうと歩み寄った結果得られた些細な事実。
キツネから飴を受け取ると口の中でコロコロ転がし、定位置のソファに戻って目を閉じた。
「恭華さん、美味しいですか?」
真上から降り注いだ声にビクッとする。
飴を受け渡し、キツネは奥のキッチンへと消えていったはずだ。それが目を開けたすぐ先にいたために驚いた。
だが目が合ってしまった手前、逸らすこともできずに、コクンとうなずく。危うく飴玉を呑み込むところだった。
「恭華さん、笑ってください」
またか。また今日もだ。毎日のように繰り返されるキツネの言葉、『笑って』『喋って』『ごめんなさい』別にそのような言葉など意味がないのに、何度も何度も。
もう、恭華には不要なのだ。生きていく上で切り捨ててしまったものなのだから。笑うことも喋ることも、もちろん謝罪も。
何でも願いを叶えてくれるとキツネが言った。だから迷わず恭華は「殺せ」と書いた。
だがそれはあっさり却下された。何でもと言ったくせに。
キツネが恭華に無理矢理笑みを作るよう、うに~っと頬を吊り上げる。
強制的に上げられた口角は、キツネ同様のニンマリとした笑みを作った。
「恭華さん・・・」
だが無反応な恭華を見て、眉を下げたキツネが手を離す。
もういいだろ、という一瞥をキツネにくれ、恭華が立ち上がり寝室へと歩き出した。
「あ、恭華さん、ダメですよ!歯を磨かないと!それに薬の時間です」
ペタペタ歩く恭華の後ろを、キツネが薬と水差し、コップをお盆に載せて追う。
迷わずベッドに潜り込み、早くも眠りにつこうとする恭華に薬を飲めとキツネが言う。
イヤイヤと恭華が首を振った。
薬を飲む水でさえ、摂取することを嫌うのだ。
「歯磨きセット持ってきますから、薬飲んでおくんですよ。戻ってくるまでに飲んでいなければ、口移しですからね」
やれやれ首を振りながらも、どこかウキウキとしたキツネは寝室を後にした。
「恭華さん、飲みました?」
寝室を開け、開口一番キツネが尋ねる。
恭華はすっかり布団を被り、眠りについている様子だ。恭華に猶予を与え過ぎてしまった。
薬を・・・水を飲む決心をと、数十分離れていた。
歯磨きもしないで・・・とキツネは小言を漏らしながらベッドに近付く。
しかし薬は服用したようだ。
今日はいつになく水の量が減っている。ガラス製の水差しの量が目に見えて減っていることなど、まずない。だが1Lの水差しの半分以上が減っている。
「恭華さん、今日は随分喉が渇いていらしたんですね」
微笑ましさにニンマリと口元に笑みを浮かべながら、恭華の顔を覗きこむ。
顔が普段より白い。おかしい。
すぐにその頬に触れる。冷たい。
寝台のサイドテーブルに置かれた薬の袋を見て、手にしていた歯磨きセットを落とした。ガシャンと音を立て、コップが割れる。
だがそれどころではない。
「恭華さんっ!!恭華さんっ!!」
その口元から珍しく笑みを消したキツネが激しく恭華を揺する。
薬は精神安定剤と睡眠薬、丸々二ヶ月分はあった。だがそれらは全て空になっていた。
サイドテーブルの上には乱雑に開封された大量の薬の空袋が散らかっている。
慌てたキツネがインターフォンを鳴らす。
『どうしたッスか?』
画面越しに上手に映っていない稲荷の顔が左半分だけ覗く。いつまで経っても上手に映れないのだ。
「至急、九尾に連絡してください。恭華さんが薬全部飲みました」
瞬時に理解した稲荷が青くなり、返事もせずに九尾に連絡を取り始めた。
キツネは硬く目を閉ざした恭華を抱えると、バスルームへ運んだ。
「まったく、何を考えているんですか、貴方は!!こんな量では死ねませんよ!胃洗浄、苦しいんですからね!」
意識のない恭華を、目を吊り上げて叱り付ける。こんなバカなことをしたのだからそれぐらいは我慢しろと、キツネが叱咤する。
意識のない恭華の頬をベチベチと数回強めに叩く。
「うっ」と呻いたのを確認し、ホースよりも僅かに細い、チューブを口から挿入していく。
大量の水を胃に流し込み、全てを吐かせるのだ。
苦しさに覚醒し、パニックを起こして暴れる恭華を押さえ付ける。
「大人しくしなさい!自業自得ですっ!!」
何度も嘔吐く恭華を押さえ付け、チューブを手早く胃まで挿入すると、水を流し込む。
目を見開き、涙をボロボロとこぼす恭華の肩を押さえながら、容赦なく水を流し込んでいく。
「苦しいですか?これに懲りて二度とこんな真似するんじゃありません!」
ただ、苦しみはここで終わらない。
パンパンに膨れた腹を見てキツネが、もういいでしょうとつぶやく。
胃より低い位置にチューブが引かれ、胃の内容物が一気に溢れ出した。
全て流し終え、チューブを取り出した後も、ゲロゲロと吐き続け、恭華のすすり泣く声がバスルームに響き渡る。
「恭華さん、何考えてるんですか?この程度のODで死ねると思ってるんですか!?所詮、胃洗浄されて苦しむ程度ですよ」
いつになく厳しく、熱い口調で恭華に詰め寄る。
だが、恭華の背中を摩り続けている手はとても優しい。冷たい手であることは普段と変わりないのだが、何故か温かさを感じる。
恭華は涙目のまま無言で風呂の排水口一点だけを見つめ、キツネの小言を大人しく聞く。
「分かりました?」
恭華を覗き込み、その目を開眼させて脅す。
コクッと小さく恭華がうなずく様子を見て、キツネがおやっと驚く。その表情は無であるが、僅かに落ち込んでいるようだった。
そんな恭華を見て、キツネの眉も下がる。
「恭華さん、お願いします。もう自殺しようとしないでください。本当に僕が馬鹿でした」
吐き気を堪えるように小さく震える恭華をギュッと抱きしめる。
いつも言われている台詞だが、今日は普段と異なる点がある。
普段はその細いキツネ目で、恭華の目を見て真っ直ぐ言うのだ。そんな男が今日は恭華を見ていない。代わりに抱きしめ、肩に置かれた顔から聞かされる。
そしてその男が小刻みに震えているのだ。最初は自分が吐き気を堪える振動だと思った。だが恭華の震えはとっくに止まっていた。
「どうして僕は殺人しかしてこなかったのでしょう?分からないんです。分からないんですよ。どうしたら恭華さんが笑ってくれるのか、どうしたら恭華さんが喋ってくれるのか」
人の殺し方ならば簡単に分かるのに。人から笑顔を奪うことなど容易いのに、分からない。人を喜ばせることが、幸せにする方法が分からない。
人しか殺してこなかったから、嗜虐を好み、泣き顔や苦痛に歪む顔に興奮してきたから、喜びを得てきたから。
普通の人がどのように喜びを得て笑うのか・・・人の上手な愛し方、愛され方が分からない。
声まで震えている男の背中に手を回すべきか・・・
慰めるようにポンポンと叩くべきか・・・
結局恭華が何もできずにキツネに抱き着かれていると、ドタドタと稲荷が駆け込んできた。
「恭華ちゃんっ!!!・・・・って、あれ?何か元気そうだね・・・」
確かに顔は陶器のように白いが、意識がしっかりしている恭華を見て、稲荷がホッとする。
それより・・・
「何やってんッスか、キツネさん?」
具合の悪そうな恭華に抱き着いて一体何をしているのだと、非難する。
まさかこのまま寝ているのか?と稲荷がキツネの顔を覗きに、恭華の背後へと回った。
そして稲荷はフリーズした。口をあんぐり開けてフリーズした。声もなくフリーズした。再起動不可能な程にフリーズした。
「?」
背後に回ったまま、うんともすんとも言わない稲荷を不審に思い、恭華が振り返る。
フリーズしている稲荷は何も言わないが、その目は明らかにキツネの顔を見つめている。恭華が顔を見せろとばかりにキツネの両肩を掴み、剥がすと顔を突き合わせた。
「っ!!!!!!!!!???」
驚愕を顔に浮かべた恭華は見事なまでにシンクロし、稲荷と全く同じ顔をする。
泣いている。泣いているのだ。
キツネがポロポロと涙を流して泣いているのだ。
驚きに目を見張り、キツネを見つめている恭華の顔は無表情ではなくなっていた。
その目は既に虚ろではなく、しかとキツネを映し出していた。
ようやく声が出せるようになった稲荷は「嘘だろ?」としきりに呟いている。
今や恭華よりも顔が青白い。世界の終わりとでも本気で思っているのだろう。
稲荷がウロウロ、オロオロと浴室を歩き回っている時、バンッと乱暴に扉が開かれた。
「恭華っ!!!お前っ、何考えてっ!!!・・・・・・っておい、何やってんだ?」
怒鳴り込んでみたものの、不自然な三人の様子に九尾が眉をひそめる。
第三者の登場に恭華と稲荷がビクッと肩を揺らした。
「セ、センセー・・・残念なお知らせがあるッス。今日で俺達の地球は滅亡を迎えるッス・・・」
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