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第2章 寵愛の檻 藤壺の主
第17話 引き裂かれた恋文
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香子は悲鳴を上げ、反射的に手に持っていた「お守り」を胸元に隠そうと身を縮めた。
さきほどまで、中将の無事を案じて握りしめていた、母から託された小さな錦の袋。
だが、その「隠す」という動作こそが、狩人の目を引きつけてしまう。
「……その手にあるものは、何だ」
彰仁が一足飛びに距離を詰め、香子の手首を掴み上げる。
「い、いえ、これは……ただの厄除けのお守りで……っ」
「嘘をつけ! 私の目を盗んであの男と会っていたお前が、今さら神頼みだと? ……それとも、あの男に何か渡されたのか!」
嫉妬に理性を焼かれた彰仁は、香子の指をこじ開け、美しい錦の袋を奪い取った。
「返して……っ! お願いです、それだけは……!」 香子が必死に縋り付く。
その過剰なまでの執着が、彰仁の疑念を確信に変えた。
「何を渡された、、?」
ビリッ、と乾いた音がした。
彰仁は中身を改めることすらせず、ただ香子を絶望させるためだけに、その袋を両手で引きちぎったのだ。
破れた布の隙間から、畳の上に落ちたのは、木札ではない。
何重にも折り畳まれた、一枚の「料紙(りょうし)」だった。
部屋の時間が、凍りついた。
そこに踊っていたのは、流麗な筆致で綴られた、狂おしいほどの愛の言葉。
許されざる男の、許されざる情熱。それが白日の下に晒された瞬間、部屋の時間が凍りついた。
「……は……?」 彰仁の口元が引き攣る。
美しい相貌から血の気が失せ、代わりに鬼のごとき激情が噴き上がる
香子は震える唇を噛み締め、ただ、獲物を前にした小鳥のように、その場に平伏した。
「……殿下……あ、あぁ……」
言葉にならない悲鳴が漏れる。
目の前の男が、今、自分を殺すとしても、あるいは愛という名の極限の拷問にかけるとしても、それを受け入れるしかないのだと、香子は魂の底で悟っていた。
「答えろ!!」 雷のような咆哮が、静寂を切り裂く。
彰仁は足元の恋文を草履で踏み躙(にじ)り、香子の細い肩を乱暴に掴み上げた。
「……毎夜、私の腕に抱かれながら! 心ではずっと、あの男を想っていたのか!?」
手は、腰に佩いた剣の柄を、みしりと音を立てて握りしめていた。
もし、この御簾の影に、あるいは几帳の向こうに、あの男の指先一つでも残っていたなら。
この床は瞬時に朱に染まっていただろう。
「……あやつと、何を話した。この肌の、どこにあやつの視線を触れさせたのだ」
低く、震える声。
彰仁の指先が、香子の震える首筋に、まるで鋭利な刃物のように冷たく押し当てられた。
香子は喉がカラカラに乾き、心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに響いた。
「恐れ多くも……殿下、それは……」 消え入りそうな声で、なんとか言い募ろうとしたその時。
「黙れっ!!」
「……答えろ! 貴様、ずっとあの男を想い続けていたのか!?」
彰仁の手から、引き裂かれた手紙の切れ端が、あざ笑うかのように畳の上へと散らばる。
「こんな手紙を……あやつの想いがこもったこんな物を、肌身離さず持っているような間柄だ。 まさか久方ぶりに会って、ただ言葉を交わして語り合うだけで済むはずがないだろう!?」
「ち、違います……っ! 決してそのような……!」
香子が必死に首を振るが、彰仁は聞く耳を持たない。
彼の顔が、鼻先が触れ合うほどの至近距離に迫る。
その瞳は、裏切りの痛みと、自分だけを見てほしいという狂おしいほどの渇望、そして何よりも恐ろしい「王としての猜疑心」で、どろどろに濁っていた。
「私の目を盗んで密会し、想い人の手紙を抱いて祈っていた女だ。……その腹に宿すものまで、私を欺くつもりか?」
彰仁の視線が、香子の腹部へと鋭く突き刺さる。
「言え……っ! 貴様、私に『不義の子』を抱かせるつもりだったのか!」
香子の柔らかな肌に、彼の指が食い込み、鋭い痛みが走る。
彰仁は、香子の震える唇を、まるでその中にある「頼嗣への想い」を抉り出すかのように、自分の親指で強く、乱暴に圧(お)し潰した。
さきほどまで、中将の無事を案じて握りしめていた、母から託された小さな錦の袋。
だが、その「隠す」という動作こそが、狩人の目を引きつけてしまう。
「……その手にあるものは、何だ」
彰仁が一足飛びに距離を詰め、香子の手首を掴み上げる。
「い、いえ、これは……ただの厄除けのお守りで……っ」
「嘘をつけ! 私の目を盗んであの男と会っていたお前が、今さら神頼みだと? ……それとも、あの男に何か渡されたのか!」
嫉妬に理性を焼かれた彰仁は、香子の指をこじ開け、美しい錦の袋を奪い取った。
「返して……っ! お願いです、それだけは……!」 香子が必死に縋り付く。
その過剰なまでの執着が、彰仁の疑念を確信に変えた。
「何を渡された、、?」
ビリッ、と乾いた音がした。
彰仁は中身を改めることすらせず、ただ香子を絶望させるためだけに、その袋を両手で引きちぎったのだ。
破れた布の隙間から、畳の上に落ちたのは、木札ではない。
何重にも折り畳まれた、一枚の「料紙(りょうし)」だった。
部屋の時間が、凍りついた。
そこに踊っていたのは、流麗な筆致で綴られた、狂おしいほどの愛の言葉。
許されざる男の、許されざる情熱。それが白日の下に晒された瞬間、部屋の時間が凍りついた。
「……は……?」 彰仁の口元が引き攣る。
美しい相貌から血の気が失せ、代わりに鬼のごとき激情が噴き上がる
香子は震える唇を噛み締め、ただ、獲物を前にした小鳥のように、その場に平伏した。
「……殿下……あ、あぁ……」
言葉にならない悲鳴が漏れる。
目の前の男が、今、自分を殺すとしても、あるいは愛という名の極限の拷問にかけるとしても、それを受け入れるしかないのだと、香子は魂の底で悟っていた。
「答えろ!!」 雷のような咆哮が、静寂を切り裂く。
彰仁は足元の恋文を草履で踏み躙(にじ)り、香子の細い肩を乱暴に掴み上げた。
「……毎夜、私の腕に抱かれながら! 心ではずっと、あの男を想っていたのか!?」
手は、腰に佩いた剣の柄を、みしりと音を立てて握りしめていた。
もし、この御簾の影に、あるいは几帳の向こうに、あの男の指先一つでも残っていたなら。
この床は瞬時に朱に染まっていただろう。
「……あやつと、何を話した。この肌の、どこにあやつの視線を触れさせたのだ」
低く、震える声。
彰仁の指先が、香子の震える首筋に、まるで鋭利な刃物のように冷たく押し当てられた。
香子は喉がカラカラに乾き、心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに響いた。
「恐れ多くも……殿下、それは……」 消え入りそうな声で、なんとか言い募ろうとしたその時。
「黙れっ!!」
「……答えろ! 貴様、ずっとあの男を想い続けていたのか!?」
彰仁の手から、引き裂かれた手紙の切れ端が、あざ笑うかのように畳の上へと散らばる。
「こんな手紙を……あやつの想いがこもったこんな物を、肌身離さず持っているような間柄だ。 まさか久方ぶりに会って、ただ言葉を交わして語り合うだけで済むはずがないだろう!?」
「ち、違います……っ! 決してそのような……!」
香子が必死に首を振るが、彰仁は聞く耳を持たない。
彼の顔が、鼻先が触れ合うほどの至近距離に迫る。
その瞳は、裏切りの痛みと、自分だけを見てほしいという狂おしいほどの渇望、そして何よりも恐ろしい「王としての猜疑心」で、どろどろに濁っていた。
「私の目を盗んで密会し、想い人の手紙を抱いて祈っていた女だ。……その腹に宿すものまで、私を欺くつもりか?」
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「言え……っ! 貴様、私に『不義の子』を抱かせるつもりだったのか!」
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彰仁は、香子の震える唇を、まるでその中にある「頼嗣への想い」を抉り出すかのように、自分の親指で強く、乱暴に圧(お)し潰した。
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