カーネーション

月羽ミホ

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第1章「ハーデンベルク王国編」

3話「お預け」

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あっちを見てもこっちを見てもヒューマン族が行き交う。子ども連れから何かを売る者まで、様々な人達がいる中でも武器を背負う者達が一番目につく。
あまり多くはないけど、慕わられているのか他の人々と親しげに見えた。

「あれはなんだ?」
「ヤンビー肉の串焼きだな、あそこのはタレが美味いんだ。俺のおすすめはあそこのリブロス肉のスープだ。さっぱりしたスープと柔らかく煮込んだリプロス肉のジューシーな旨味が最高なんだ!」
「おいおい、これからうちの食堂に行くっつーのに勧めてどうすんだよ…ったく。ここらでおすすめっつったらフィロット肉のサンドイッチだろ!どっしりした肉の旨味が甘いパンと濃厚なタレに合う!しかもあの太っ腹な量で安い!!最高だろ!」

人混みの中から漂ってくる色んな食べ物の匂いに喉が鳴る。
今すぐ食べてみたいけど、ハインさん自慢の料理に期待して今は我慢する事にした。けど2人の言うおすすめはどちらも美味しそうに聞こえて、早くも揺らぎそうになってしまった…。
上げていたフードを深く被り直し、なんとか見ないふりして我慢していたら花のような匂いに変わった。高さのある建物がいくつか見え初めていた。

「…ハンディーロープスのプチー煮込みも捨て難いが……。」
「———っ———!」
「煮込みも良いが、パイ包みもうめぇぞ」
「——かいち———!!」
「なに?!」
「お前が居ねえ間に出来た料理もあるからな…」
「テイッ…会長待ってく……!」

行き交う人混みの中を走り、何かを叫ぶ1人の若い男性の姿が目につく。
それはハインさんも同じだったようだ。荷車を人の少ない端に寄せて停めた。

「…シュヴィック、迎えが来たみてえだぞ」
「げっ……いや、俺はこのままお前んとこで飯を…。」
「テイラー会長……!」

シュヴィックさんの名を呼ぶ声に舌打ちする音が聞こえてきた気がして振り向くと、面倒だと言いたげなシュヴィックさんと目が合った。横目に人混みの中から何かを叫び続ける男性を見る。走るのが苦手なのか今にも躓きそうだ。その様子を見てか、頭を掻いて立ち上がった。

「…あー、仕方ねえ」

また後でな!と言い残したシュヴィックさんは颯爽と荷車から降り、人混みに紛れて去っていった。
その姿を見送ったハインさんが荷車を走らせる。ふと振り返れば、歩く人混みと同じぐらいの速さで走る男性が躓いてバランスを崩したところを抱き止めたシュヴィックさんの姿が一瞬、見えた気がした。


「ここがウチの食堂だ!こいつを置いてくっからここで待っててくれ」
「分かった」

大きな通りから少し離れた通りをしばらく進んだ先にハインさんの食堂があった。荷車を置きに行ったハインさんを見送り、邪魔にならないように1人階段の端で待つ事にした。
知識にある食堂とはだいぶ違った見た目の食堂には見上げる高さの緩やかな階段に、大きな窓ガラスが見えて食堂というよりレストランみたいだ。もっとも、ハインさんが言っていたように人気のお店なのは出入りする人の多さを見れば納得だ。よっぽど美味しいんだろう。以前ハインさんが作ってくれた簡単干し肉スープを食べた時はこんなにも肉が美味しいものだったなんてと驚いたのを思い出す。にしても、ハインさん遅いな…

「ちょっと、誰ぇ?ここにあんな汚い奴を連れてきたの……?」
「あら本当」
「貧乏人が来るところじゃないのよ」

背中側から複数人の大きめな声が聞こえて、またハインさんのお店から出てきたんだろう。
きっとあれが美味しかった、これが美味しかったと話しているに違いない。

「ちょっと!あなたよっあ、な、たっ!!」
「自覚が無いのかしら?」
「普段から汚い格好してると分からなくなるのでは??」

近付いてくる足音と声に振り返ってみればそれぞれ青、黄、赤の華やかな色の服を着た三人の女性が階段を降りてきていた。
階段の幅は広いのにわざわざ端っこにいる僕の方へ来る事に不思議に思っていると、

「ウギャアァ?!?」
「「きゃああぁあ?!」」
「!!?」

黄色の服を着た女性が階段から転げ落ちてきた。
咄嗟に落ちてきた女性を受け止めると、相当怖かったのか僕にしがみつき震えている。

「………おい、怪我は」
「あっ…イヤアァ!触らないで!!」

ちょっと待っても動かない女性に怪我があるのではと声をかけたが、かえって驚かせてしまったみたいだ。僕の腕の上で触られたくないと暴れられ、落ち着くように言っても益々暴れる女性をとにかく立たせようと、足を地面に触れさせる。

「こんな汚い男に触られたくない!放しなさいっ!!このっ……?!」
「っ…大丈夫か?」

足を捻ったのか、言葉が不自然に止まった事に慌てる。問いかけながら上を向くが、そこに痛みで歪む様子は無い。どちらかと言えば何かに驚いた様子だ。
このまま立たせて良いものか分からない。かと言って放すように言っていたから放した方が良いのかと、慌てたように階段から降りてきた2人の女性達を見て思う。知っている者の方が安心するだろう。
現に安心したのか、暴れなくなった様子に安堵する。あのまま暴れると怪我が悪化するかもしれなかった。

「…怪我をしているかもしれないが、触られたくないらしい。あとは君達に任せるが、頼めるか?」
「「……はい」」
「あ、いや…」
「良かった。君も2人の方が安心するだろう。今、手を放すから」
「放さなくて良い!放さなくていいから、貴方様のお名前を」

驚きに頬を赤らめたままの2人の女性達が小さく何度も頷くのを見て、これで安心するだろうと爪先だけついたままになっていた足をしっかり地面につけて立たせようとしたらなぜか真逆の事を言われた。さっきまで暴れるほど僕に触れられたくないと言っていた女性が今度は僕の腕を握りしめてくる。

「おい、なんの騒ぎだ……!って兄ちゃんじゃねえか。どうしたんだ?」

さっきより増えた人の気配の中からハインさんの声が聞こえた。振り向いたら目があった。

「あっあの、私…」
「こちらの女性が階段から落ちてきたんだ。怪我をしたかもしれないが、触れられたくないと言われ」
「いえ、いいえ!そんなっ…私、貴方様ならば」
「あー…なんとなく分かったわ」

話の途中で遮られたけど、ハインさんには通じたらしい。
さっきよりも顔を赤くしている女性から手を放し、その両腕を支えられて立っている様子に笑みが浮かぶ。

「あっ…あの!お礼だけでもっ!」
「気にしなくて良い。それより、綺麗な肌に傷が残らないといいな。お大事に」
「…は、はぃ」

ヒューマン族の女性は肌や髪を命のように大事にする者が多く、肌に傷が残っただけで生きていけない者もいるらしい、あの女性も傷が残らないといいな。
別れを告げてハインさんの元へ行くと、何故か呆れたような顔をされた。周りに集まっていた人々や女性達も、ハインさんの後ろにいたヒューマン族の中でも体格の良い男性3人に言われて去っていくのを見送った。

「兄ちゃんも罪な男だな…」
「何がだ?」
「いや、何でもねえ。それより待たせてすまねえな、早速ご馳走するぜ!」

へんな様子のハインさんを不思議に思いながら、美味しい料理が食べられると期待が膨らむ。
おすすめは何かと話しながら連れ立って階段を上って行くと、お店から出てくるヒューマン族の身綺麗な格好が目についた。

「悪いが先に宿へ行っても良いか?」
「なんだ、食っていかねえのか?」
「この格好は汚いらしいから風呂に入ってくるつもりだ」
「…言うほど汚れてねえぞ。誰が言ったんだそんな事…まあいい、風呂付きの宿っつったらレストリフの宿がおすすめだ。他より高えが部屋に風呂が付いてて他よりは安全だ。何より飯がうめぇ。ウチの方がうめぇがな?」

今もハインさんのお店に入って行く者達を横目に捉え、誇らしげに胸を張る様子はどこか嬉しそうだ。
折角だから案内してやると来た道を戻ることになった。
荷車で通った時とは違って地面に敷き詰められた石の隙間から飛び出る花を見つけたり、さっきは気づかなかった横道があったり、こう言うのをゲームって言うんだよな。

「そういや、もう隠さねえのか?」

問いかけられた言葉の意味が分からず、横から覗き込むように見上げていたハインさんと目が合う。
僕の様子に苦笑いしたあと、頭を指差した。

「顔、隠してたんじゃねえのか?」
「……あ…」

言われてみればフードが取れてはっきりと見えている。上を見ればお店の看板と旗がユラユラと風に煽られ、そのはるか先に真っ白な雲がぷかぷかと気持ちよさそうに浮かび流されている。
ふと右を見れば窓ガラスに僕の黒い服と白い髪がぼんやりと映っていた。

「隠してたんなら早く言った方が良かったか……?」
「いや、ありがとう」

いつ取れたんだと思いつつフードを被り、そうか?と照れ臭そうな声を上げるハインさんのあとを追った。
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