錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

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第4章

危険な一夜(2)

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「へ~、あんた、動物、さばけるんだ?」

 背後からタイトの手許を覗き込みながら感心したようにツグミは云った。
 ツグミが森の中で捕まえて来た野うさぎのような小動物をタイトが手際よく解体しているところだった。

「もちろんだ。動物の解剖くらいは当然出来る」

「解剖って……。食欲がなくなるからその表現はやめてくれる?」

「何故だ? どう云っても同じことだろう?」

「そもそも手術用の手袋をしてメスを使って捌いてる時点で、食欲がなくなるんだからさあ」

 もう、こいつは、と、ツグミが不満を洩らす。

「食欲がなくなるのはダイエットにいいんじゃないのか?」

「誰がダイエットしてるって云ったのよ?」

「何? してないのか?」

 驚愕の表情――。
 え? と、固まるツグミ。

「え? え? ちょ……ちょっと待ってよ。何、その反応? あの、あたしがダイエットしてるように見えるっての? あ、あたしにはダイエットが必要だって、そう思ってるの?」

「そうか。勘違いだったようだ。すまない」

 タイトは解剖、でなく、獲物を捌く手を止めずに、至極冷静にそう云った。

「……ショック」と、お腹の肉を指でつまむツグミ。

(ふむ、本当にからかいがいのある奴だな)

 完全に遊んでいた。

  ***

 数分後、ふたりの前には捌かれた小動物の肉が並んでいた。几帳面に切り分けられ、ビーンズ型をした医療用の膿盆キドニーディッシュに並べられている。

「こ、これ……、タイト、あんた、ちょっと、他に皿がなかったの? これって手術とかで使う奴でしょ?」

「ああ。消毒してあるから問題ない。そもそもおれは医学は専門ではないから、人体解剖とかで使った訳ではないので安心しろ。新品を皿代わりにするために医療局の知人から分けてもらっただけだ」

「あ、あんた、わざとやってるでしょ?」

 その言葉にタイトは、いつもよりもさらに無表情な顔で、ツグミを見た。

「……実は新品と云うのは嘘で死体置き場モルグから掠めて来たのだ。おかげでいろいろと憑いているようで、ほら、皿の底に人の顔が浮かんで見えるだろう?」

「ひえええ!」

 彼女は飛び上がると、近くの巨木にしがみついた。がたがたと慄えている。

「うむ。良い反応だ。怪談は苦手か?」

「う、う、う、うっさい!」

 ツグミはまた泣いていた。



 食事を終えると小屋の前に火を焚いて、満天の星空を眺めながらふたりは近くで見つけたアガベの樹液を飲んでいた。
 多少青臭いがかすかな甘みととろみがありこの惑星では清涼飲料や蒸留酒などの原料となる樹木である。

「やはりおまえは面白い。怪談が苦手で傭兵が務まるのか?」

 タイトがアガベの樹液を飲みながら口で云うほどは面白がっているふうでもなく、いつも通りの無表情で訊ねた。

「お、大きなお世話よ。傭兵の相手は人間なんだから。お化けじゃないんだからね」

 ツグミが口を尖らせて答える。

「〈銀髪の狂戦士バーサーカー〉の名が廃るな」

「うるさい!」

「まあ、人には苦手なものもあるから仕方ない。それはそれで人間味がある」

「え? あ、う、うん」

 何か嫌味でも云われるのかと思ったのに拍子抜けだ、と、ツグミは思った。
 何だか優しい。

(おかしい……。男が急に優しくなるのは下心があるからだ、って、特務局の先輩女子に聞いたことがある)

 ツグミは怪訝そうな視線でタイトを見る。
 タイトにいつもと変わった様子はない。

(ああ、やっぱり、こいつ、考えてること、わかりにくい!)

「あ、あんたは苦手なもの、ないの?」

 とりあえず話を続ける。

「苦手? 天才には苦手はない」

「ムカつく」

「と、云いたいところだが強いて云えば……、女性だな」

(え?)

 何故か胸が、どきん、と鳴った。

「じょ、女性?」

「そうだ」

「そ、その割にはあたしにずいぶんなこと、してくれるじゃない?」

「ん? 何を云っている? 気づいてないのか?」

(え? 気づいてって……何?)

 さらに胸がどきどきと高鳴る。

「そうだ。つまり」と、タイト。
 ごくり、と、ツグミが唾を飲み込む。

「おまえのことは女性として見ていない、と、云うことだ」

「……!」

 ツグミは手近の松ぼっくりをタイトに投げつけた。

「何をするんだ?」

「うっさい、バカ! もう寝る」

 そしてツグミは立ち上がる。

 いや、立ち上がろうとして、眩暈を憶えた。

(え?)

 よろよろと手をついた。

(あれ? 何? 体が云うことを利かない?)
(ま、まさか?)

 彼女は焚き火の向こうに座っているタイトを睨みつけた。
 かれの姿が歪んで見えていた。

(ま、まさか、こいつ、あたしの食事に一服盛ったの……?)

「どうした?」

 タイトが訊ねる。

「……あ、あんた」

「様子が変だぞ?」

「あんた、食事に何か、入れた……?」

「何?」

 そのままその場に倒れこむ。

「おい、どうしたんだ?」

 タイトが立ち上がって駆け寄って来たのが見えた。
 意識が朦朧としている。かれが自分を抱えたのがわかった。

(ま、まずい……。油断、した……かも……)

 そのまま抱え上げられる。
 と、思いきや。

「重い。とてもおれの力では持ち上げられない」

(な、何? お、重い? 重いって?)

 その一言で我に返った。少しだけ意識がはっきりする。

「し、し、失礼しちゃうわね! これでも平均体重……」

 何とか声に出す。

「む? 意識はあるのか?」

「あ、あんた、食事に何か……盛ったわね?」

「何を云っている? 何故、そんな必要がある?」

「あ、あたしを……て、手篭めに……」

「バカかおまえは? そんなことしておれにどんなメリットがある?」

「え? メリットって……」

(えええ? 何かメリットがないとあたしには手篭めにする価値もないっての?)

「ともかくバカなことを云うヒマがあったら、肩くらいは貸してやるから小屋に入って横になれ」

(バ、バカなことって……それって、あんまりだし)

 と、思いながらも、苦しさのあまり「う、うん」と答えるのがやっとのツグミだった。
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