錬金術師と銀髪の狂戦士

ろんど087

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第4章

危険な一夜(3)

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 小屋の中で横になっても、ツグミの意識はまだ朦朧としていた。
 タイトがオトマタさんに装備してあった救急セットと彼女の旅人トラベラーマントを持ってくる。
 しかし――。

「う~ん、絆創膏の他にはキ〇カンとセイロ〇ンしか入ってない」

「お、おばあちゃんの救急箱かい?」

 ツッコミを入れたら、また、ふらついた。

「発熱しているようだな」

 タイトがツグミにマントをかけてくれた。
 マントから少し埃臭い匂いがした。
 そう云えばしばらく洗濯もしてなかったことを思い出す。
 食事もタイトに作ってもらったし、女子力低いな、あたし、と、こんな時に思いながら、ツグミはタイトに訊ねた。

「あんたじゃ……ないの?」

「何がだ?」

「食べ物に何かを……」

「見損なうな。そんなことをするはずがないだろう。本当にバカだな。おまえは大事な護衛なのだぞ」

「そうか……。ごめん」

「わかればいい」と、タイト。
「それよりもおれの知らないところで何かあったのではないか? 毒虫に刺されたり、何かを口にしたり……」

 判然としない意識の中でツグミは考えた。
 そして。

「思い出した」

「何をした?」

「さっき、狩りに行くときに……」

 タイトが頷く。

「道端に、オレンジ色に水玉模様の可愛いキノコがあったんで……思わず食べた」

「……」
「もしかして、それ?」

「……」
「ねえ、タイトってば……」

「……」
「こ、答えてよ。不安じゃない?」

 タイトは長い長い、誠に雄弁な溜息をひとつ。

「……初めてキノコを見た人間でさえ毒キノコだとわかるような代物を、どうしてサバイバルに長けている傭兵が口にするんだ?」

 普段、無表情のタイトの目が本気で怒っていることに、ツグミは気づいた。
 彼女が初めて見る感情的なタイトだった。
 ツグミの目に見る見る涙が溢れる。

「ご、ごめんなさい……」

 タイトは今度はあきれ顔を見せた。
 それも彼女が初めて見るタイトの表情。

「バカにつける薬はないと云うが」と、タイト。
「とりあえずキノコが原因だとすれば注射一本で中和出来るだろう」

「注射? だってさっきキ〇カンと……セイロ〇ンしかない、って……」

「ああ。仕方ないのでキ〇カンを注射する」

「えええ?」

「冗談だ。おまえは騙されやすいな。あるいは、からかい甲斐がある、と云ってもいいが、どちらがいい?」

「どっちも……イヤ」

「じゃ適当に使い分けることにしよう。おまえが気に入らなそうな方をその時々で選ぶようにする」

 そしてタイトは救急箱から取り出した薬をツグミに注射した。
 どうやらキ〇カンとセイロ〇ンしかない、と云うのもタイトの得意なわかりにくい冗談だったようだ。

「ありがと」

 少しすると薬が効いて来たようで、ツグミの体は随分と楽になってきた。
 タイトが注射したのは即効性の有機毒用解毒剤ニュートライザのようであった。

「頼りない護衛だ」

 薬の効果があったことを認めると、タイトがぽつりと云う。

「ごめんなさい」と、ツグミ。それから――。
「タイト……、優しいね?」

「よせ。褒めても何も出ない」

 くすっ、と、ツグミが笑う。

「照れてる?」

「馬鹿馬鹿しい」

 ツグミがさらに、くすくすと笑い声を上げる。
 タイトは黙って小屋の中の囲炉裏に薪をくべる。

「タイト……」

「何だ? 薬が効いてくれば落ち着くからさっさと眠ってしまえ」

「うん。じゃ、何かお話してよ」

「はあ? 子供か、おまえは?」

「いいじゃん。具合が悪いときくらい」

「自業自得だ」

 冷たいなぁ、と、ツグミ。
 当然だ、と、タイト。

「あのさ……。タイトって好きな人、いるの?」

「おまえはおれにどんな返事を期待している? 子供の時から研究所で研究の日々を送っていたと云っただろう」

「だって女性が苦手だって、さっき云ったよね?」

「もう忘れた」

 話が続かないなあ、もう、と、ツグミ。

「じゃあさ。夢ってある?」

「夢?」

「うん。大きくなったら何になる、みたいな」

「……キノコの毒が脳に回ったのか?」

「ひどいよ、それ」

「おれはそう云う人間だ。おまえみたいな奴と話すのに慣れてない」

「毒舌は十分過ぎるよ。……じゃ、会話じゃなくていい。ただ喋ってくれれば」

「おれはBGMか?」

「まあ、それくらいのつもりで話してくれれば、それでいいよ」

 それくらいのつもり、の意味がよくわからんが仕方ないな、と、タイトは呟く。
「夢、と云うのかどうかはわからないが」と、かれは話し始めた。

「〈賢者の石〉、ラピスの話をしただろう? ラピスと云うのはまさしく様々な可能性を秘めたものだ。連邦でも最重要機密であるからその応用技術はごく一部を除いて一般の研究者には届かないが、それでもいろいろな分野で活用が期待されている。だが現時点ではその活用は主にエネルギー分野と兵器に限られている。おれはラピスにはもっと違う可能性があるのではないか、とそう思っているのだ」

「何か、眠くなるというよりは、頭が痛くなるような話だね?」

「じゃ、やめるか?」

「ううん。いいよ。続けて。で、違う可能性って?」

「ああ。それは特に医療分野での話なんだが、さっき説明した〈精神同期サイコリンク〉もそのひとつ。それを応用すれば精神障害、特に先の大戦からの帰還兵たちだ。かれらの多くは心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDを抱えているが、この技術はその治療などに役立つのではないか、と考えている。
 他にも事故などで途切れてしまった神経回路を復旧させたり、〈生体換装バイオナイズ〉での生体とのリンクを補完したり、と、そんなことも考えられるのだ。
 ともすればエネルギー結晶としての価値ばかりに注目されているが、むしろラピスはそちらの方面での応用に期待が高い、と、おれは思っている。もっともそれには連邦が今までの研究成果や情報を開示することが前提となるのだが……」

 そこでタイトは、ツグミがいつの間にか寝息を立てていることに気づいた。

「なんだ? もう眠ってしまったのか? 本来ならば金を払ってでも聞いておくべき話だと云うのに、天才の言葉を何だと思っているのだ、この娘は?」

 かれは不愉快そうにツグミの寝顔を見下ろす。
 それから彼女のトレードマークの銀髪を優しく撫でてやった。

「優しくするのはこれっきりだ。おれは気紛れで気難しい〈錬金術師アルケミスト〉なのだからな」


     ***


 朝の光が森に差し込んでいた。ふたりが一泊した小屋から少し離れた場所。そこでツグミはフォン端末に耳を傾けていた。

『……それでターゲットの様子はどうだ? 記憶は戻っているのか?』

 少佐の冷徹な声であった。

「まだ断定できませんが、一部の記憶が残っていることは間違いありません」
 と、ツグミはやはり抑揚のない声で答える。

『そうか』

「ただ完全に回復しているのではないようです。ターゲット自身も戸惑っている様子が見受けられます。それから……」

『それから?』

 そこでツグミは口を閉ざした。
 タイトが語るラピスの話をかれに報告した方が良いのかどうか、と、一瞬、ためらった。
 別人格が前面に出ている今の状態でそんなふうにためらうこと自体が不思議だった。
 少しばかりの逡巡の後、結局彼女はそのことに触れるのを止めた。

「……いえ、それだけです」

 そう答える。
 その様子を特に気にしたふうもなく、少佐は続けた。

『わかった。――私はサイトンの村で合流することになりそうだ』

「はい。それまでには判断材料は揃うかと思われます」

『頼むぞ。期待している』

「了解しました。では」

 通話はそこで終わった。
 ツグミの意識表層に浮かび上がっていたエージェントとしての人格が嘘のように消えて行く。

(いつもながらにこの感覚はしんどいなぁ……)
(まあ、それはそれとして……)
 と、彼女は小屋に戻りながら考えていた。

 特務局では要注意人物として位置づけられているターゲット。通称〈錬金術師〉。
 だが実際のタイトはそんな前情報とは似て非なる人物だった。

 多くの兵器を開発し、多くの機密をその頭脳に蓄積し、そしてそれらをあっさりと捨ててしまった男。
 記憶を失うこと、知識を失うことを恐れなかった男。
 そして医療に貢献することこそが必要だ、と、無表情な目で力説する男――。

 天才の考えていることはわからない、とはよく聞く言葉ではあったが、少なくともツグミにはタイトが連邦に害することをするとは、どうしても思えなかった。
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