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第8章 リステリアス宮のトラブル
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一面に象嵌が施された分厚い高級木材の扉。
それが厳かに開かれるとラスバルトの居室であった。
足首まで埋まるほどの毛足の長い絨毯。
高い天井には、ただの執務室と聞いていたのに、素人目にも目玉が飛び出そうに高価であることがわかる巨大なシャンデリアがぶら下がっている。
ラスバルトはサンタと羽衣に居室の中央にでんと配置されたゴシック様式のソファに腰掛けるように促すと、警備の騎士たちに部屋の外で待つように申し渡す。
それから、いかにも、と云う年代物のワインを侍女に運ばせた。
「五十年物のワインです。お口に合えばよろしいのですが」
かれはそれを自らワイン・グラスに注ぎサンタと羽衣の前に置いた。
「ワインを自慢するために呼んだのか?」
サンタが挑戦的に問いかける。
しかし、ラスバルトはその言葉を笑っていなした。
「これは失礼しました。……余計な話はいいから本題に入るように、と?」
「まあ、そう云うことだ。あんたらと違って時間で金を稼いでいるんでね。こうしているだけで今夜の宿のランクがひとつ下がっちまうんだよ」
「なるほど『今夜の宿の心配』ですか……。わかりました。では、本題に入りましょう」
ラスバルトは少しばかり気になる返事をするとふたりの正面のソファに腰を下ろした。
それからひとり控えていた侍女にも、別室に下がるように告げる。
完全な人払い。
それが意味するところは、その本題があまり楽しい話ではない、と云うことに他ならない。
侍女が下がると、まず口火を切ったのはサンタの方であった。
「あんたの名前はセロリから聞いている。確かマグダラのバス・ステーションからの電話に出たのが、あんただな?」
「確かにそうですね」
「その直後にバス・ステーションにアズナガ神父から依頼された地区警察の連中がセロリの追っ手として現れた」
「それが?」
「つまり、アズナガに、あるいは、地区警察にセロリがそこにいる情報を流したのはあんたってことだな?」
ふふ、と、ラスバルトは笑った。肯定も否定もしない。
「もう少し早く気づけば今頃ここにはいなかったんだがな」
「仮にそうだとすれば残念でしたね」
「まったくだ……。ご自慢のワインをもらってもいいかい?」
「どうぞ、ご遠慮なく」
サンタは乱暴にワイングラスをとると一気に飲み干す。
「……確かに、自慢するだけはあるワインだな」
「そうでしょう? 私もいただきましょう。そちらのお嬢さんも、どうぞ」
ラスバルトは満足そうに羽衣に微笑みかける。
羽衣はそれに対して無感情な視線を返しただけだった。
その反応にラスバルトは肩を竦めると、自分のワインに口をつける。
もちろん一気飲みするような真似はしない。
「さて、ウイードさん」と、ラスバルト。
「それでは、こちらのお話を。まずは、セルリアをここまでお連れいただいたこと、改めてお礼を云わせていただきます。彼女が教会から逃亡してレクスの森に逃げ込んだ、と聞いた時は本当に驚きました。不本意ながらも慌ててアズナガ神父に捜させましたが……。そもそもあの愚かな神父が、高がちょっとした秘密を見られたくらいでうろたえて余計なことをしたおかげでセルリアが逃げ出してしまったのですから、根本的にかれの失態なのですがね」
ラスバルトは言葉を切ると、くっくっ、とおかしそうに笑って見せる。
「そしてそのアズナガを見事に欺いてセルリアをこのリステリアス宮まで無事に送り届けていただけるとは、あなた方には本当に感謝の言葉もありません」
かれはワイングラスを高く上げて乾杯の仕種をして見せる。
「実は彼女がアズナガ神父のところに永いこと人質になっていたのをとても気に病んでいたのです。神父は連邦警察に拘束されたそうですね? そちらもお礼を云わなければならないでしょう」
「大事な仲介者じゃなかったのか?」
「仲介者? アズナガが? 面白いことを云いますね」
本当に面白そうにラスバルトはくすくすと笑って見せる。
「あなたは面白い方だ、ウイードさん。実は私の話の本題と云うのはあなたのことなのですよ」
「おれのこと?」
いぶかしげにサンタが問い返す。
「ええ、そうです。単刀直入に云わせていただけば、この国のお抱え『運び屋』になっていただけないか、と。あなた方のような有能な『運び屋』が欲しかったのです」
今度はサンタが笑う番であった。
かれは、こんなおかしなことはない、とでも云うように肩を震わせる。
「そいつは、どんなジョークだい、ラスバルト卿?」
「真摯に申し上げているつもりですが?」
「悪いが……」
サンタはそこでラスバルトに冷たい視線を向けた。
「亜人売買なんて犯罪の片棒を担ぐのは、ごめんだね」
サンタは核心をついた。
カマをかけた、と云ってもよい。
それで、ラスバルトがどのような反応をするか?
「なるほど」
ラスバルトは頷くと少しだけ目を伏せ、ワイン・グラスの残りを一気に喉に流し込んだ。
「そうですか。あなた方もセルリアの見たリストをご覧になっているのですね? ただ何か勘違いをされているようです」
「そうかい?」
「ええ。そうです。私のしているのは犯罪などではありません。ただの亜人の輸出ですよ、ウイードさん」
それが厳かに開かれるとラスバルトの居室であった。
足首まで埋まるほどの毛足の長い絨毯。
高い天井には、ただの執務室と聞いていたのに、素人目にも目玉が飛び出そうに高価であることがわかる巨大なシャンデリアがぶら下がっている。
ラスバルトはサンタと羽衣に居室の中央にでんと配置されたゴシック様式のソファに腰掛けるように促すと、警備の騎士たちに部屋の外で待つように申し渡す。
それから、いかにも、と云う年代物のワインを侍女に運ばせた。
「五十年物のワインです。お口に合えばよろしいのですが」
かれはそれを自らワイン・グラスに注ぎサンタと羽衣の前に置いた。
「ワインを自慢するために呼んだのか?」
サンタが挑戦的に問いかける。
しかし、ラスバルトはその言葉を笑っていなした。
「これは失礼しました。……余計な話はいいから本題に入るように、と?」
「まあ、そう云うことだ。あんたらと違って時間で金を稼いでいるんでね。こうしているだけで今夜の宿のランクがひとつ下がっちまうんだよ」
「なるほど『今夜の宿の心配』ですか……。わかりました。では、本題に入りましょう」
ラスバルトは少しばかり気になる返事をするとふたりの正面のソファに腰を下ろした。
それからひとり控えていた侍女にも、別室に下がるように告げる。
完全な人払い。
それが意味するところは、その本題があまり楽しい話ではない、と云うことに他ならない。
侍女が下がると、まず口火を切ったのはサンタの方であった。
「あんたの名前はセロリから聞いている。確かマグダラのバス・ステーションからの電話に出たのが、あんただな?」
「確かにそうですね」
「その直後にバス・ステーションにアズナガ神父から依頼された地区警察の連中がセロリの追っ手として現れた」
「それが?」
「つまり、アズナガに、あるいは、地区警察にセロリがそこにいる情報を流したのはあんたってことだな?」
ふふ、と、ラスバルトは笑った。肯定も否定もしない。
「もう少し早く気づけば今頃ここにはいなかったんだがな」
「仮にそうだとすれば残念でしたね」
「まったくだ……。ご自慢のワインをもらってもいいかい?」
「どうぞ、ご遠慮なく」
サンタは乱暴にワイングラスをとると一気に飲み干す。
「……確かに、自慢するだけはあるワインだな」
「そうでしょう? 私もいただきましょう。そちらのお嬢さんも、どうぞ」
ラスバルトは満足そうに羽衣に微笑みかける。
羽衣はそれに対して無感情な視線を返しただけだった。
その反応にラスバルトは肩を竦めると、自分のワインに口をつける。
もちろん一気飲みするような真似はしない。
「さて、ウイードさん」と、ラスバルト。
「それでは、こちらのお話を。まずは、セルリアをここまでお連れいただいたこと、改めてお礼を云わせていただきます。彼女が教会から逃亡してレクスの森に逃げ込んだ、と聞いた時は本当に驚きました。不本意ながらも慌ててアズナガ神父に捜させましたが……。そもそもあの愚かな神父が、高がちょっとした秘密を見られたくらいでうろたえて余計なことをしたおかげでセルリアが逃げ出してしまったのですから、根本的にかれの失態なのですがね」
ラスバルトは言葉を切ると、くっくっ、とおかしそうに笑って見せる。
「そしてそのアズナガを見事に欺いてセルリアをこのリステリアス宮まで無事に送り届けていただけるとは、あなた方には本当に感謝の言葉もありません」
かれはワイングラスを高く上げて乾杯の仕種をして見せる。
「実は彼女がアズナガ神父のところに永いこと人質になっていたのをとても気に病んでいたのです。神父は連邦警察に拘束されたそうですね? そちらもお礼を云わなければならないでしょう」
「大事な仲介者じゃなかったのか?」
「仲介者? アズナガが? 面白いことを云いますね」
本当に面白そうにラスバルトはくすくすと笑って見せる。
「あなたは面白い方だ、ウイードさん。実は私の話の本題と云うのはあなたのことなのですよ」
「おれのこと?」
いぶかしげにサンタが問い返す。
「ええ、そうです。単刀直入に云わせていただけば、この国のお抱え『運び屋』になっていただけないか、と。あなた方のような有能な『運び屋』が欲しかったのです」
今度はサンタが笑う番であった。
かれは、こんなおかしなことはない、とでも云うように肩を震わせる。
「そいつは、どんなジョークだい、ラスバルト卿?」
「真摯に申し上げているつもりですが?」
「悪いが……」
サンタはそこでラスバルトに冷たい視線を向けた。
「亜人売買なんて犯罪の片棒を担ぐのは、ごめんだね」
サンタは核心をついた。
カマをかけた、と云ってもよい。
それで、ラスバルトがどのような反応をするか?
「なるほど」
ラスバルトは頷くと少しだけ目を伏せ、ワイン・グラスの残りを一気に喉に流し込んだ。
「そうですか。あなた方もセルリアの見たリストをご覧になっているのですね? ただ何か勘違いをされているようです」
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