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第10章 リステリアス宮、脱出大作戦
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ようやくセロリが落ち着きを取り戻し、一行が再び石造りの隠し通路を通ってその出口に辿りついたのはそれからたっぷり一時間以上たった後だった。
セロリは目を赤く腫れ上がらせて、落ち着いてからも一言も発することはなかった。
羽衣も俯いたまま、彼女には似つかわしくないほどがっくりと肩を落として歩いていた。
ラフィンは、ただぶつぶつと祈りの言葉を口にするばかり。
(まるで葬送行列だな)
サンタはうんざりとしてそんな三人を見つめていた。
しかしいつまでもこの調子だとこの先が不安である。
ぼやぼやしている暇はないのだ。
サンタは隠し通路の出口から外の様子を窺った。
隠し通路の出口はリステリアス宮の裏庭に続いていた。
通路の出口はこんもりとした木々に隠されていたが、その前には一面の芝生を潅木が囲っている庭園が広がっていた。
夜更けである。
さすがに周辺に人の姿は見えないが、右手の潅木の脇には馬車小屋があり正面に見える裏門のあたりには不寝番の小屋があった。明かりが灯っている。
(何とかあそこをうまく抜けないことには城からは出られない)
(だが……)
三人の様子を見て眉間に皺を寄せる。
もはや三人ともただの厄介なお荷物でしかない、と云った有様である。
だがこのまま朝までもたもたしていれば、確実に発見されて連れ戻されるだけだろう。
サンタと羽衣に至ってはあっさりと処刑されるかも知れないのだ。
何とか今夜中に城を出てなるべく遠くまで逃れなければならない。
(セロリとラフィンはまだしも羽衣も相変わらず元気がない。……羽衣だけにはしっかりしてもらわないと、後々困っちまうんだが、あのお調子者がこんな状態ってのも重症だな)
サンタはしばらく考えた末に、仕方ない、と呟くと、俯き加減で落ち込んでいる羽衣に近づきその腕をつかんだ。
「え?」
ぼんやりとした視線で彼女はサンタを見た。
サンタはラフィンに、セロリを見ていてくれ、と伝えるとそのまま羽衣の手を引いて今来た通路を引き返した。
「どこ、行くの?」
「黙ってついて来い」
その言葉にまるで借りてきた子猫のようにおとなしく従う羽衣。
サンタは入り口から見えないあたりまで羽衣をつれて行く。
それから彼女を乱暴に壁に押しつけた。
「痛いよ、サンタ……」
しかしその言葉もいつもの羽衣のそれではない。
どこか力ない声音である。
「ったく、困った奴だな」
サンタは云いながら羽衣のルビー色の瞳を見つめる。
「いつものおまえらしくないぞ」
「だって……」
羽衣は目を伏せて唇を噛んだ。
「だって、あたし……、セロリのことを、あたしが無神経なことを云ったから、セロリが怒っちゃった……。そんなつもりじゃなかったのに……」
「わかってる」
「どんな酷いことを云っても、サンタなら全然大丈夫なのに……」
「おれは鈍感扱いか?」
サンタは、ふっ、と、ため息をつく。
いったい今日は何回ため息をつけばいいんだ、と思いながら。
そして。
「え? サンタ? ……ん……」
サンタの唇が羽衣の唇を塞いでいた。
一瞬、驚いた表情を見せる羽衣。
しかし、サンタの唇の感触を確かめるように、そっと目を閉じる。
胸が高鳴っていた。
今まで味わったことのない感覚。
頭の中が混乱していた。
でも。
サンタとの初めてのキス。
それはこの五年間、羽衣がずっと待っていた瞬間。
(そうか。《バイオ・ドール》のあたしでもこんなにドキドキ出来るんだ。人間じゃないあたしでも、こんなに……)
どれくらいそうしていたのか、やがてサンタの唇が離れる。
(あん、もう終わり? もっと、もっと、こうしていたかったのに……)
羽衣がゆっくりと目を開く。
目の前にサンタの顔があった。
口許がかすかに笑みを浮かべている。
かれの額が羽衣の額に触れた。
「サ……ンタ……?」
「特別サービスだ。おまえの元気のない顔なんて見ていられないから」
「あ、う、うん」
「元気になったか?」
「う、うん……うん、うん、うん」
羽衣は何度も頷くと、サンタに抱きついた。
「うん、うん、ごめんね、ごめんね、サンタ。あたし、元気出す」
それでいい、とサンタは笑った。
(世話が焼けるな……と云うより、おれもヤキが回ったか……)
苦笑する。
「ねえ、サンタ」と、羽衣。
「これであたしも《愛玩人形(ペットドール)》の階段をひとつ昇ったんだね」
「いや、『大人の階段』みたいなノリで云うな。そう云う意味じゃないからな!」
(ったく、こいつときたら……)
「ところで、羽衣」
「何?」
羽衣がサンタの顔を覗き込む。
その目はいつもの羽衣だ。
ある意味、現金なものである。
サンタはほっとひと息ついた。
「おまえ、セロリに謝りたいんだろ?」
「え? う、うん。セロリを怒らせちゃったから」
再び、羽衣の表情が少しだけ曇った。
「じゃ、謝れ」
「え? あ、ああ、うん……、でも、セロリ、許してくれるかな?」
「それは謝ってからだ。謝ったあと、許すか許さないかはセロリの問題だ」
羽衣が、そうだけど、と呟く。
「納得できないか?」
「そうじゃないけど、許してもらえなかったら、あたし……」
「許すか許さないかはセロリの問題だが、あいつが素直に謝っている相手を許さないような、そんな奴だと思うのか?」
「え?」
「もしもそんな奴だったら、それまでだ。だけどおれはあいつはそんな奴じゃない、と思うんだけどな」
羽衣は真顔でサンタを見つめる。
それから、くすっ、と笑う。いい笑顔だ。
「そうだね。あたしもそう思う」
「よし。それでいい」
人の心はそんなに簡単ではないように思えるが、案外、そんなに簡単なものでもあったりする。
少なくとも、きっとふたりはそんな間柄のはずだ。
ここ数日のふたりの様子を見ていれば、それは間違いない、と、サンタは思った。
「それじゃ、戻るぞ、羽衣」
「うん、サンタ」
セロリは目を赤く腫れ上がらせて、落ち着いてからも一言も発することはなかった。
羽衣も俯いたまま、彼女には似つかわしくないほどがっくりと肩を落として歩いていた。
ラフィンは、ただぶつぶつと祈りの言葉を口にするばかり。
(まるで葬送行列だな)
サンタはうんざりとしてそんな三人を見つめていた。
しかしいつまでもこの調子だとこの先が不安である。
ぼやぼやしている暇はないのだ。
サンタは隠し通路の出口から外の様子を窺った。
隠し通路の出口はリステリアス宮の裏庭に続いていた。
通路の出口はこんもりとした木々に隠されていたが、その前には一面の芝生を潅木が囲っている庭園が広がっていた。
夜更けである。
さすがに周辺に人の姿は見えないが、右手の潅木の脇には馬車小屋があり正面に見える裏門のあたりには不寝番の小屋があった。明かりが灯っている。
(何とかあそこをうまく抜けないことには城からは出られない)
(だが……)
三人の様子を見て眉間に皺を寄せる。
もはや三人ともただの厄介なお荷物でしかない、と云った有様である。
だがこのまま朝までもたもたしていれば、確実に発見されて連れ戻されるだけだろう。
サンタと羽衣に至ってはあっさりと処刑されるかも知れないのだ。
何とか今夜中に城を出てなるべく遠くまで逃れなければならない。
(セロリとラフィンはまだしも羽衣も相変わらず元気がない。……羽衣だけにはしっかりしてもらわないと、後々困っちまうんだが、あのお調子者がこんな状態ってのも重症だな)
サンタはしばらく考えた末に、仕方ない、と呟くと、俯き加減で落ち込んでいる羽衣に近づきその腕をつかんだ。
「え?」
ぼんやりとした視線で彼女はサンタを見た。
サンタはラフィンに、セロリを見ていてくれ、と伝えるとそのまま羽衣の手を引いて今来た通路を引き返した。
「どこ、行くの?」
「黙ってついて来い」
その言葉にまるで借りてきた子猫のようにおとなしく従う羽衣。
サンタは入り口から見えないあたりまで羽衣をつれて行く。
それから彼女を乱暴に壁に押しつけた。
「痛いよ、サンタ……」
しかしその言葉もいつもの羽衣のそれではない。
どこか力ない声音である。
「ったく、困った奴だな」
サンタは云いながら羽衣のルビー色の瞳を見つめる。
「いつものおまえらしくないぞ」
「だって……」
羽衣は目を伏せて唇を噛んだ。
「だって、あたし……、セロリのことを、あたしが無神経なことを云ったから、セロリが怒っちゃった……。そんなつもりじゃなかったのに……」
「わかってる」
「どんな酷いことを云っても、サンタなら全然大丈夫なのに……」
「おれは鈍感扱いか?」
サンタは、ふっ、と、ため息をつく。
いったい今日は何回ため息をつけばいいんだ、と思いながら。
そして。
「え? サンタ? ……ん……」
サンタの唇が羽衣の唇を塞いでいた。
一瞬、驚いた表情を見せる羽衣。
しかし、サンタの唇の感触を確かめるように、そっと目を閉じる。
胸が高鳴っていた。
今まで味わったことのない感覚。
頭の中が混乱していた。
でも。
サンタとの初めてのキス。
それはこの五年間、羽衣がずっと待っていた瞬間。
(そうか。《バイオ・ドール》のあたしでもこんなにドキドキ出来るんだ。人間じゃないあたしでも、こんなに……)
どれくらいそうしていたのか、やがてサンタの唇が離れる。
(あん、もう終わり? もっと、もっと、こうしていたかったのに……)
羽衣がゆっくりと目を開く。
目の前にサンタの顔があった。
口許がかすかに笑みを浮かべている。
かれの額が羽衣の額に触れた。
「サ……ンタ……?」
「特別サービスだ。おまえの元気のない顔なんて見ていられないから」
「あ、う、うん」
「元気になったか?」
「う、うん……うん、うん、うん」
羽衣は何度も頷くと、サンタに抱きついた。
「うん、うん、ごめんね、ごめんね、サンタ。あたし、元気出す」
それでいい、とサンタは笑った。
(世話が焼けるな……と云うより、おれもヤキが回ったか……)
苦笑する。
「ねえ、サンタ」と、羽衣。
「これであたしも《愛玩人形(ペットドール)》の階段をひとつ昇ったんだね」
「いや、『大人の階段』みたいなノリで云うな。そう云う意味じゃないからな!」
(ったく、こいつときたら……)
「ところで、羽衣」
「何?」
羽衣がサンタの顔を覗き込む。
その目はいつもの羽衣だ。
ある意味、現金なものである。
サンタはほっとひと息ついた。
「おまえ、セロリに謝りたいんだろ?」
「え? う、うん。セロリを怒らせちゃったから」
再び、羽衣の表情が少しだけ曇った。
「じゃ、謝れ」
「え? あ、ああ、うん……、でも、セロリ、許してくれるかな?」
「それは謝ってからだ。謝ったあと、許すか許さないかはセロリの問題だ」
羽衣が、そうだけど、と呟く。
「納得できないか?」
「そうじゃないけど、許してもらえなかったら、あたし……」
「許すか許さないかはセロリの問題だが、あいつが素直に謝っている相手を許さないような、そんな奴だと思うのか?」
「え?」
「もしもそんな奴だったら、それまでだ。だけどおれはあいつはそんな奴じゃない、と思うんだけどな」
羽衣は真顔でサンタを見つめる。
それから、くすっ、と笑う。いい笑顔だ。
「そうだね。あたしもそう思う」
「よし。それでいい」
人の心はそんなに簡単ではないように思えるが、案外、そんなに簡単なものでもあったりする。
少なくとも、きっとふたりはそんな間柄のはずだ。
ここ数日のふたりの様子を見ていれば、それは間違いない、と、サンタは思った。
「それじゃ、戻るぞ、羽衣」
「うん、サンタ」
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