星海の運び屋~Star Carrier~

ろんど087

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第12章 トラブル、トラブル、トラブル

(2)

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 地下牢の重々しい扉が開き甲冑の兵士がはいってくると、肩に担いでいた荷物を乱暴に床に放り投げた。

「う……ぐ……」
 荷物が悲鳴にもならない声を上げる。

 サンタである。
 かれはずた袋のようにそこに横たわったまま苦しそうに呻き声を上げた。
 兵士はわずかに開いた甲冑の隙間からそんなかれを感情のない目で見つめた。

「可哀想にな。ラスバルト卿の拷問趣味の玩具になるとは」
 大してそう思っている訳ではないのはその口調からも明白であった。
「だが、あと一日だ。明日の昼には刑が執行される。まあ、最後の夜を満喫するんだな。もっとも……」

 兵士は壁に金属製の器具で固定され、磔のようになっている娘、羽衣に一瞥をくれた。
 彼女が固定された壁の前には黒光りする鉄格子が据えられ、石の床に転がされたサンタと隔てられている。
 彼女は磔にされた状態で首を垂れ、口からは涎を垂らしていた。
 意識があるのかどうかさえ判然とはしない。
 ときおり彼女を固定している器具から青白い火花が出ているのを見ると、どうやら四六時中電流が彼女の体を流れそれが彼女に苦痛を与え続けているらしい。

「……ご自慢の美人のお人形はあの通りだし、鉄格子で振り分けられているから触れることさえ出来ないがな」

 兵士は少しだけふたりに対して同情的な様子を見せたが、すぐに自らそれを打ち消すと、甲冑のブーツでサンタを蹴飛ばした。

 サンタは思わず顔をしかめ口から血の混じった唾液を迸らせた。
 兵士はそれを満足げに見下ろし、気が済んだ、とでも云うようにそのまま後も見ずに地下牢を出て行った。
 がちゃり、と、錠前が下りる音がして兵士が通路を遠ざかって行く。
 それが聞こえなくなると地下牢はしんと静まり返った。

「畜生、好き勝手やりやがって……」
 それまでずた袋のようにそこに転がっていたサンタが仰向けになって天井を見上げた。

 ぐっ、と、呻き声を上げる。
 床に触れた背中がずきずきと痛んだ。鞭打たれた傷である。
 口許からは血の糸が頬をつたい、その頬にも、目の周辺にも、青黒い痣が浮かんでいた。
 ごほっ、と、咳き込むと、血の味が口の中一杯に広がった。

「サ…ンタ……、だいじょ……ぶ……?」
 壁に固定された羽衣が掠れ声で訊ねるとゆっくり顔を上げた。
 どろん、とした目からは涙が溢れ口からは涎が糸を引いている。
 ときおり、ジジジ、と、固定器具から嫌な音がしていた。

「おまえは休んでろ……。人の心配を……してる場合じゃ、ないだろ?」
「あ、あた……し、は、……元気……だよ」
 無理やり笑顔を見せる。

(羽衣……)
 サンタは寝転がったまま唇を噛んだ。
(おれはあいつを守れなかったのか)

 後悔はしていない。
 セロリを助けてここまでやって来たことに悔いはなかったし羽衣もそれは同じだろう。
 所詮は『運び屋』など無法者である。
 いずれ星海の片隅でボロ切れのように死んでいく。
 そんな運命なのはサンタも羽衣も十分に理解していた。
(ラスバルトのクソ野郎に負けっぱなしってのが気に食わないが)

 ただ羽衣に関してはチャンスはある、と、サンタは思った。
 処刑される前に羽衣があの戒めを解かれる瞬間は必ず訪れる。
 そこが彼女が自由を取り戻す唯一のチャンスであるはずだ。
 ラスバルトは羽衣が自動人形であることには気づいているかも知れないが、高性能を誇る《バイオ・ドール》の傑作であることまでには思い至っていないだろう。
 ラスバルトは羽衣がどんな機能、性能を持っているのかは知らないはずである。
 それが羽衣に残されたわずかなアドバンテージであった。

「羽衣……」
「な、なに……?」
「力を、残して……おけ」
「え?」
「おまえには、チャンス……がある。そのときには、……おれは……気にせずに……逃げろ、わかるな?」
「あは……」

 羽衣が笑った。

「そ……んな、こと……、できる訳……ないよ……」

 無理やりの笑顔でそう答える羽衣のうつろな目をサンタはじっと見つめる。目一杯の意志を込めて。
 それが通じたのか羽衣は真顔を作ってサンタを見つめた。

「命令……だ……、羽衣。云う通りに……しろ」

 そこまで云うのがやっとだった。
 小さな明かりとりの窓の向こうには星々が美しく輝く夜空が見えていた。薄れて行く意識の中でサンタはそんな星空をぼんやりと眺めていた。

  ***

 サンタが目を覚ました時にはすでに陽は高く昇っていた。

 体を動かしてみる。
 全身に痛みは残っていたが、とりあえずは夕べよりは随分と回復しているようだ。
 少なくとも、倒れたまま動けない、と云うことはなかった。

 上体を起こして腕を回してみる。
 あちらこちらが痛むが、骨が折れている、などの深刻な状態ではなさそうである。
 もちろん鞭打たれた全身の傷口にはまだ血が滲んでいるし、顔や体の腫れも一晩では治まってはいなかったが。

 鉄格子の向こうの羽衣に目をやると彼女は夕べのままであった。
 電流が彼女の体を随時駆け巡り彼女の身体制御機能を阻害している。
 一部の神経繊維は灼き切れているかも知れないし、AIに重大な障害を与えている可能性もないとは云えなかった。

「サン……タ、起きた……の?」

 サンタが見つめているのに気づいたのか羽衣が気丈に話しかけた。
 本来ならわずかに声を上げることさえも苦痛を伴うはずである。

「喋るな。喋らなくていい……、お前は休んでいろ」

 夕べに較べれば口を利くのも少しはマシになったが、口を動かすたびに唇や頬の傷が痛んだ。
 もっとも昨晩の兵士の言葉を信じれば今日には処刑されるらしい。
 痛みに苦しむのもあと数時間と云うところだろうか。

 サンタは自嘲的な笑みを漏らす。
(せめて羽衣だけでも、どうにか逃げるチャンスを作ってやらないとな。それがおれの最後の責任だ)

 かれがそんな算段をしていると――。
 石畳の廊下を歩いて来る甲冑の音が聞こえた。

(もう来たのか? 気が早い連中だな)

 とは云え、実際のところ今が何時くらいなのかは知る術もない。
 明かりとりの窓から見える母星太陽の位置からおそらくまだ昼には届かない時間だろう、と推測するだけであった。

 やがて、錠前が外れる音。
 扉がゆっくりと開かれるといつものように甲冑姿の兵士が入って来た。
 三名である。そのうちのふたりは電磁槍を構えていた。

「宮の庭で刑の執行だ。心の準備をしておけ」
「宮殿の庭で、か。悪趣味だな」

 それには答えずその兵士が他の兵士に合図を送る。
 後ろの兵士のひとりが歩み出ると、サンタを無理やり立たせその手に物々しい鉄製の手錠をかける。
 さすがにこれは力でどうにかできるような代物ではない。

 もうひとりが壁の隠しスイッチに触れる。
 嫌な金属音を立てながら部屋を区切っていた鉄格子がゆるゆると持ち上がって行く。
 それが完全に天井に収納されると、かれは羽衣に近づき彼女の機能を奪っていた電源のスイッチを切った。

 ぴくり、と、羽衣が反応しその兵士をぼんやりと見つめる。
 見つめられた兵士は少しばかりうろたえた様子を見せると、羽衣から目を逸らした。
 それがどんな感情からなのかは、顔を隠した甲冑の上からでは窺い知ることはできなかった。

「手錠をかけるまでおとなしくしていろよ。彼氏の命が惜しければな」
 かれは腰に吊り下げていた物々しい手錠を手に取り、羽衣と目を合わせないようにして事務的に作業を始めた。
 リーダー格の兵士がサンタの喉元に腰から抜いた剣を突きつけていた。
 羽衣に対する用心のためにサンタを人質にとったつもりらしい。

 兵士が羽衣の戒めを外しにかかった。
 サンタはそれをじっと見つめる。
 羽衣の足の戒めが解かれ続いて両手の戒めが解かれる。

 ラストチャンスだ。
 サンタは、今だ、と、羽衣に目配せする。

 だが……。

 羽衣は悲しそうに首を振った。

「……ダメだよ、サンタ」
(ひとりで逃げるなんて無理だよ)

 彼女は目に涙をためてサンタに笑いかけた。
 兵士の無慈悲な手錠が羽衣の両手にかけられ、かちゃり、と錠が下りる乾いた音が地下牢に響いた。
 サンタはただ黙ってそれを見守るだけだった。

(羽衣、おまえ……)
「ごめんね、サンタ。でもずっと一緒だよ」
 今までずっと体を流れていた電流の影響があるのか、少しよろめきながら手錠をかけられた羽衣が歩き出す。
 サンタも兵士に促されて立ち上がるとゆっくりと歩き出した。

(ノーチャンス、か……)

 せめて羽衣だけでも、と、思っていたが、羽衣の性格を考えればこれも仕方ないことだった。
 彼女がサンタを置いて逃げるなどあろうはずがなかった。

(もう少し違った性格に育てればよかったな。まあ今さらだが……)

 そうしてかれらは刑場に向かうために地下牢から地下通路へと足を踏み出したのだった。
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