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第七話
しおりを挟む鉱山では、三つの決まり事があった。
ひとつ、鏨《たがね》を空打ちしてはいけない。
ひとつ、口笛を吹《ふ》いてはいけない。
ひとつ、百足を殺してはいけない。
常に落石や転落の危険にさらされている坑夫たちにとって、鉄の掟であった。
曰く、鉱脈の走る様子が百足に似ているから。
百足の一足が一福神という信仰と結びつき、金山繁栄をもたらす神の使いとして信じられている。
鉱山が崩れないように、と決められたことだ。
「おーい! 聞こえるかー?」
「こりゃもうだめじゃ」
「舞人殿、なんとかならんか?」
清恒が舞人の背負う箱をチラと見ながら言う。
「なぜ私に?」
「お主、以前親父を不思議な力を使って助けてくれたじゃろ。俺は見ていたぞ。お前が舞うと、背負っている箱が光って親父に向かって飛んできた矢が全部はじき落されちょった。お前、ただの舞い手じゃねぇだろ?」
「と、申されますと?」
「……本当は陰陽師とか……?」
清恒の真面目な顔に、きょとんとする舞人。数秒経ち、舞人は笑みをこぼした。だけでは足りなかったらしく、笑い声まで出てきた。
「清恒殿は面白い方ですね。私が陰陽師? その発想はありもしませんでした」
「いや、真面目な話! それなら舞人殿はこの状況も何とかできようにと思っちょるんやけど!」
ひとしきり笑い終わった舞人は、
「ここで恩を売ってみてもいいかもしれませんね」
と、鉱山を見上げた。
「では、人助けをいたしましょうか」
しかし舞人が崩れた鉱山の入り口に近付こうとすると、男が睨み付けながらその行く手を阻んだ。
「何するつもりだ? 危ねえから離れてろ!」
「中の方々を助けます。あなたこそ退いてください」
「はあ? 無理に穴でも掘ったら余計に崩れるだろうが!」
二人が睨み合う。そこを、シンが割り込む。
「おい、なんでここで険悪になるんだよ!? 手を貸すっつってんだろ? ここはひとつ舞人殿にやらせてくれ! この人なら、中の人をきっと助けられる」
「そんなの、にわかに信用しろと言う方が無理だろ!」
「わかった!」
突然叫んだのは清恒だ。
清恒は、シンと舞人に下がるよう言うと、男を阻む手を押し下げた。
「あんたの言う通りにする。ここは一旦離れよう。皆を巻き添えにはできん。早くここから離れよう」
「清恒殿、よろしいのですか?」
「郷に入っては郷に従え、だ。あいつの方がここに詳しい。その詳しいやつが『危ないから離れろ』と言うんだ。あー……助かるかもしれない中の人が犠牲になるのは~、俺も心苦しいが~、仕方がない!」
「清恒殿……」
後半、声が大きくなった清恒にシンと舞人は大きくため息をつく。
「そうさな~。仕方ないな~。舞人殿のすごいものが見れるかと思っとったんだがな~。危なくて離れなきゃならんなら仕方ないな~!」
シンのねちっこい物言いに、男もさすがに不快感を露にする。が、それ以上に、仲間を助けたい気持ちが勝っていた。
「……本当にできるのか?」
「私ならできます」
「信じ……られるのか?」
「別に信じなくてもええ。これで中の人たちが助かれば幸運、でなければ命運。どちらにせよ、ここで働く者は、それなりの覚悟があるんじゃろ?」
「もし、お助けできなかった場合の私への罰は、あなたがお好《す》きなように決めてください」
「…………」
「……では、参ります」
言って、舞人は背中の箱を下ろし、塞がれた入り口に置く。
「こちらの信仰神様に祈ってみましょう」
「おいっ!」
呼ばれた舞人が振り向くと、男が舞人に頭を下げていた。
「よろしく……頼む!」
「おまかせを」
扇を片手に持ち、舞を始める。
舞うというより、何かに呼びかけているようにみえる。
しばらくすると、箱の中から光の粒が漏れ始め、地面へと消えていった。
「なんと幻想的な――」
見ているもの全員がうっとりしていると、その光が消えたところから、百足がひょっこりでてきた。
「え? 百足?」
地面から一匹出ると、そこからまた二匹、三匹。あちこちでそれが繰り返される。
その数たるや、百足に見慣れている村人たちも鳥肌が立つほどであった。
「ひいぃっ?」
「さすがにこれは……」
「キモ……」
百足たちは、崩れ埋もれた炭坑の入口に向かっていく。すると不思議なことに、埋まった土がどんどん消えていった。
「すげぇ……!」
「どうなってるんだ?」
「穴が開けばいいってもんじゃねーだろ。また崩れたら――」
断続的に小さな地響きが起こる。崩落を心配する人々をよそに、百足たちは坑道の壁や天井を這っていく。
ボロボロ崩れ始める場所で百足はどんどん消えていき、やがて地響きもおさまった。
坑道はすっかり元通りの佇まいに戻り、奥の闇から人の姿がおそるおそる出てきた。
「出口か……?」
「……助かった?」
「出口だ……!」
抗夫たちは、肩を抱き合い喜んだ。
男は、怪我人がいないか確認させ、全員が無事であることを知ると、舞人たちに頭を下げた。
「ありがとう……ございます!」
「ありがとう! あんたたちのおかげで、旦那が助かったよ!」
炭鉱に閉じ込められた人の妻らしき女性が、涙ぐんで礼を言う。
「本当に……ありがとう。助かったよ」
「あんたすごいねどうやったんだい?」
村人たちは口々に舞人へ感謝の言葉をかけた。
次々にくる人に、舞人たちはもみくちゃにされてしまった。
助かったことへの嬉しさと、助かってくれた人への安堵と、助けてくれた人へのお礼とで、その場はしばらくの間賑わいが消えることはなかった。
そして、気づけば、もうとっぷりと日が暮れていた。
「草鞋はまた明日じゃな……」
「おい、そこの……玄信の子」
「寝たろ……清恒じゃ。縄田清恒」
「俺はマコトだ。あんたに話があるんだが、いいか?」
「おう。今いいで。何や?」
「ここでは……あっちの岩場で話したい」
「? わかった」
二人は、人知れず賑わいの中から抜け出していった。
静かになったのは、浜辺へ出て、岩礁の連なった海岸に着いたころだ。
人の横顔にも似た、二十七尺はあろうかという巨岩がある。
「……来ましたね」
こっそりと二人を覗き見ているのは、舞人とシンであった。
何をどうやったのか、清恒とマコトより先に来ていた。
「あいつら何やってんだ? 決闘か?」
「浪漫がないですよ、シン殿。これは逢引きですよ」
「あ、逢引き? 男同士だぞ!?」
「好き合うのに性別は関係ないんですよ」
「そ、そーゆーものなのか?」
野次馬のようにのぞき込む二人。
清恒とマコトは、互いに向かい合っている。清恒は背の低い方ではなかったが、それでもマコトの方が清恒より頭二つほど身の丈が高かった。
先に口を開いたのはマコトだ。
「改めて言う。助けてくれてありがとう。鉱山が埋もれたら、まず助からないのが常だから、本当に感謝している」
「お礼なら、舞人殿に言ってくれ。俺はなんもしちょらんし」
「あんたがあの中で引率者だとお見受けしてのことだ。
――ところで、草鞋はどれくらいあるのか?」
「ああ、数は数えてないが、ざっと見たところ、あんたの村全員分でも余りがでそうだ」
「ならば、それをもって早く故郷へ帰った方がいい」
「は?」
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