舞いし者の覚書

仕神けいた

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第八話

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「あんたら、商人というのはうそだろう?」
「!」

「この島に来たのは金山かられる金が目的もくてきだろう? わたしてやりたいのは山々だが、バレたらしばり首だ。恩人おんじんをそんな目にわせるわけにはいかない」

 清恒きよつねは頭をぼりぼりいて返事にまる。
「んー……まぁ、そうだな。
 それに、だんまりも誤魔化ごまかしも、やったってバレるときゃ、バレるしな。
  ――その通りだ」

「なぜ金《きん》がいる?」
かりに、村のみんなのため、と言ったら、あんたは金をくれるのか?」
「いや……無理むりだ」
「そうだろうな。砂金さきんどころか、つち一握ひとにぎりでも持ち出したら打ち首だしな」
質問しつもんの答えがまだだ」
「ああすまん。ただ、おれらがやることを、あんたが見逃みのがしてくれるか先に知りたかったんだ」
「?」
「あんたさっき、金をくれるかって聞いたら『駄目だめ』じゃなくて『無理むり』と言ったろ。まるに、あんたも実は金を持ち出したいが方法ほうほうがなかった、と言うところか?」
「……」
「図星だろ」

 マコトの表情ひょうじょうかたくなったのを見て、清恒きよつねはにやりとする。

おれは空気読める人間だからな」

 『うそつけっ』と、かげかくれているシンが思わずらす。

「あんた、かったらおれらの村に来んか?」
「なぜそうなる?」

 そこで質問しつもんの答え、と清恒きよつね人差ひとさし指をピッと立てる。

おれらの村は、今、旱魃かんばつにやられて死に村の一歩手前だ。舞人まいひと殿どの雨乞あまごいでも雨がらんかった。近くに川があるんだが、水路をひくには金がいる。毎年年貢ねんぐはらうだけでせいいっぱいなんだが、次はもう年をせん村人がほとんどなんだ。だから、金を分けてもらうためにここへ来た。
 だが、あんたらのり出したもんを横取りしようとかじゃねぇ。草鞋わらじについてるのだけでいいんだ」

草鞋わらじの――?」
 マコトは少し考えこんだが、なるほど……と得心とくしんした。

たしかに、草鞋わらじを持ち出してはならぬというほうはない。なるほど、使わなくなった草鞋わらじ処分しょぶんするのだからつみではない、ということか」

「それに、水路を引くには金だけでなく人もいる。そこで、あんたにも来てもらって手伝てつだってほしいんだ。一人でも多くの手がほしい」

「……あまいな」
「ん?」
「いや……奉行所ぶぎょうしょもそこまでは考えてなかっただろう。ボロボロの草鞋わらじ利用りようする者がいるなんて」
 マコトは心なしかうれしそうに言った。

「それと、お前知っているかもしれんが、島からの脱走だっそう重罪じゅうざいだ。だからおれは島を出ない」
脱走だっそうなら、じゃろ? この島に住んでいるのだって、島流しのやつだけじゃない。ここで生まれて死ぬやつもいる。お奉行ぶぎょう様の命令でもなんでも、島から出るやつだっているはずだろ?」

「お前……たまに面倒めんどうくさいとか言われないか?」
 マコトは苦手なものを見るような顔をした。

 『言ってる! おれが言ってる!』
 シンは舞人まいひとかたたたきながら言った。
 舞人まいひとたたかれたかたをさすって、やれやれ……とため息をつく。

「まあ、考えといてくれ」
 清恒きよつねはニカッとわらった。

「ところで、舞人まいひと殿どのというのは――」
 マコトがちらちらとしげみをうかがいながらたずねる。
「ああ、あそこにかくれてる人だ」
 清恒きよつね正確せいかく舞人まいひとのいるしげみを指差ゆびさす。
「ついでにシンもおるな」
「なに? いつから……」
最初さいしょっからいたようだな」

 ばつが悪そうに木の葉をはらい落として姿すがたあらわす二人。
「なぜあなたたちはそうかんするどいのですか」
「てか、おれのことついでにしないでくれ……」

 こうして夜がけていく。


 ■ ■ ■


「と、ゆーワケで!」
「何が『と、ゆーわけ』だ?」
「細かいことは言わない約束やくそくだシン! さあ、草鞋わらじ大交換会だいこうかんかい開催かいさいじゃあ!」

 新しい草鞋わらじの山を前に、清恒きよつねは朝から村人を集めて声をり上げた。

「仕事に行くちょいとの時間! 視線しせんは取ってもお手間は取らない!
 艱難辛苦かんなんしんくあかつきに、ようやくついたが佐渡さどの島! 一等二等とある中で、おれ草鞋わらじが一等だぁ!
 くよくよと何がく? 佐渡さどの港に船が着く! お寺のぼうさんかねく!
 舞人まいひとまいなみはずれ、三年寝太郎ねたろうは世間ずれ、足がいたいは鼻緒はなおれ!
 ところがどっこい! うちの草鞋わらじ丈夫じょうぶやわい!
 旦那だんなは早めに手をげて。おんな子供こどもと同時ならそちらを優先ゆうせん交換こうかんだ! さぁ交換こうかん交換こうかん!」

 清恒きよつねのあまりに饒舌じょうぜつな語りに、思わず一歩引いたシン。

「……なんだその口上は?」
舞人まいひと殿どのから教わったんよ。早くさばくためにはこのくらいはした方がいいって」

「お前、どっちかってーと引きこもりな感じだったのに一晩ひとばんでそのノリ……。
 しかもその口上、なんかにてるような……」

「さぁさ来い来い! ひとふさなんぼのたたき売りぃ!
 今ならおまけに草鞋わらじ一足つけちゃうぞ!」

「バナナのたたき売りかぁっ!」

 シンは思わずツッコんだが、村人たちは聞きのがさなかった。消費しょうひするがわとしては重要じゅうようなその一言を。

「おまけ?」

 先ほどまで、聞くだけだった人々も、一斉いっせいにざわめきだした。

「さぁみなさん、今から仕事なんじゃろう? 今はいてるのと交換こうかんでええから草鞋わらじどうじゃ?」
 清恒きよつねの声に、ざわめきがす。

「おれのを交換こうかんしてくれ」
 一人の中年の男がいだ草鞋わらじし出してきた。

昨日きのう、おれの弟もあの炭坑にもれて、でも、あんたらのおかげで助かったんだ。ありがとうな」

「それ言うならわしもじゃ」
「アタシもよ」

  一人交換こうかんに申し出ると、たがが外れたように、次から次へと村人がむらがった。

「お、さんといて!」
「早くえてくれ!」

「一気に来んでならんでくれ!」

 対応たいおう戸惑とまどったのは水夫すいふたち。

 寝太郎ねたろうに言われるがまま草鞋わらじを持ってきたら、島の人たちにもみくちゃにされたもんだからたまったものではない。

 ある者は足をまれ、ある者はよごれた草鞋わらじを顔にけられ、ある者はなぜか身ぐるみをがされた。

「お、お前たち……! 落ち着け!」
 おくれて様子を見に来たマコトは、我先われさきにと草鞋わらじ交換こうかんしてもらっている村人たちをなだめようとするが、はじめて見るみな異様いよう熱気ねっき圧倒あっとうされてしまった。

 そんなマコトのとなりにきたシン。
「……なんというか、言い方悪くてすまんが……がっつりしてるな……」
「……すまん」
 マコトが頭を下げた。

 しばらくおさまらない熱狂ねっきょうながめていたシンとマコト。そこへ二人をぶ声がとんできた。清恒きよつねだ。熱狂ねっきょううずまれ、今にもおぼれそうな中、一生懸命いっしょうけんめいに手をっている。

「人の波にもまれているな……」
「あいつ、猫背ねこぜだから実際じっさい背丈せたけよりちっさいんだよなー」

「見てねぇで……助けてくれよぉ……」
 もみくちゃの中から、やっとのことで二人のもとへたどり着いた清恒きよつね

「シン! 二、三日したら島をはなれるんで、出航しゅっこうできるよう準備じゅんびをしといてくれんか? それからマコトどの! すまんがここで木の実や山菜さんさいれるところを教えてもらえんか?」

「それはいいが、唐突だな。なぜだ?」
 マコトは不思議ふしぎそうな顔をした。

 ヨレヨレの着物を整えながら、清恒きよつね説明せつめいする。
「ほれ、おれたちはお奉行ぶぎょう様に言わんでここへ来た、いわゆる密入国者みつにゅうこくしゃじゃ。当然とうぜん買い出しなんてできん。魚は海へ出ればれるが、山のものがどうしてもしくてな」

「それなら、おれがなんとかしよう」
「ええんか? 助かる!」
「ああ、まかせろ」


 ■ ■ ■





健作けんさくや、こまったな……」
 幾松いくまつつぶやく。
「じっちゃん、こまったな……」
 健作けんさくつぶやく。
 どろだらけによごれた草鞋わらじの山を見上げてつぶやくのは水夫すいふ老人ろうじんまご

 昨日きのうの朝から、寝太郎ねたろうの意図がわからないまま、水夫すいふたちは草鞋わらじ風呂敷ふろしきつつんでは村人たちの古い草鞋わらじ交換こうかんする作業を何度もり返した。
 健作けんさくなんか、身ぐるみまでがされて大変たいへんだった。

 それでもおこる気がしないのは、この村に来たばかりの清恒きよつねを知っているからだ。

 戦火せんかのがれか追われてか。

 血にまみれどろにまみれ、人目をしのんで父親と命辛々いのちからがらやってきた長州の小さな村の片隅かたすみ

 村人は他者を簡単かんたんには受け入れることができず、父・玄信げんしんもまたしかりだった。
 疲弊ひへいしきってまわりの人も何もかもが信用しんようできなくなってしまった玄信げんしんに、清恒きよつねはにっこりわらったのだ。

 ――人は、自分以外いがいしんじることができる唯一ゆいいつの生き物です。
 と。

 それからというもの、玄信げんしん積極的せっきょくてきに村の手伝てつだいをし始め、村の庄屋しょうやになった。

 二、三か月前までは、てばかりで愛想あいそをつかされていたが、最近さいきん清恒きよつねは、村に来たばかりのころと同じ雰囲気ふんいきを感じ取ることができた。少なくとも、健作けんさくにはそう感じた。

寝太郎ねたろうさんのすることは、どこまでも思考が読めんから気が滅入めいるよな、なあじっちゃん」
「だな、健作けんさくや……これじゃあ、旦那だんな様に合わせる顔がないわい。死んでおびでもせにゃならんぞ」

こまったなー……」
こまったな……」

 二人は青色吐息といき。ほとんど生きている心地もなく清恒きよつねを心配したが、当の本人はつゆ知らず元気であった。

「こんなどろだらけの草鞋わらじ、一体どーするんだか。てにいくのも大変たいへんだで……」
  健作けんさく草鞋わらじを手に取りどろをはたく。

「ん?」

 視界しかいにキラッと光るものを見つけた。

「何か光った」
「そりゃあ鉱山こうざんはたらいちょった人がいてた草鞋わらじじゃ。金の一粒ひとつぶくらい――」

 幾松いくまつが言いかけて、はっとする。
 健作けんさくと顔を見合わせて、おたがいに同じことを考えているとわかった。

「あーっ!」
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