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11.死合

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 羅門――

 武乱炎上祭の跡取りということは、武乱羅門ということなる。
 しかも、羅門は由良の姉であるというのだ。
 であるならば――

 鎖々木究ささききわむは思考する。めまぐるしく思考する。

「ちょっと待て、もしや最強の忍者って……」

「由良姉上様に決まっておるだろうが! この不埒者がぁッ! 天上天下唯姉独尊! 我姉にくらぶれば俺など塵芥ちりあくたにすぎぬ、しからば貴様はぁぁぁ、貴様という奴は、もしや、我姉上様と……」
 
 覆面の奥の眼玉はますます狂気を帯びてきた。
 ぶつぶつと「殺してやる」「死合だ」いいながら、ときどき「けけけけけけ」と笑っているのだ。

「あの炎上祭殿……」

 あまりの急展開に鎖々木は、炎上祭をすがるようにして見つめた。
 炎上祭は「あーあ、やっっちゃったのぉ。あーあ」って感じで鎖々木を見つめる。

「この羅門の姉好きは、常軌を逸し、もはや信仰レベルよ。また、それがあるゆえ羅門は強いともいえる。が、姉がいない今は、その強さも半減というところか……」

 鎖々木が聞きもしないことを淡々と説明する炎上祭。
 事態はなんら解決に進んでいかない。

「あ――!! 姉上様ぁぁぁ!」

 天空に向け咆哮する野獣のように、羅門は空気を震わす。
 
「貴様、私は由良姉上が好きだ。貴様、私は由良姉上が好きだ。貴様、私は由良姉上が大好きだ。
 瞳が好きだ。黒髪が好きだ。唇が好きだ。胸が好きだ。腰が好きだ。
 家の中で、仕事先で、海中で、森林で、山岳で。
 この地上に存在するありとあらゆる由良姉上が大好きだ。
 俺は由良姉上が好きだ。
 俺の戦う姿を見てもらうときなど心がおどる。
 由良姉上が好きだ。
 姉上が敵を殴り殺したときなど胸がすくような気持ちだった。
 由良姉上が好きだ。
 姉上が敵に蹴りをぶち込んでいるときなど感動すらおぼえる。
 姉上が密偵の拷問するときなどもうたまらない。
 クナイで眼球をほじくりだすのは最高だ。
 ひひひひひひひひ。
 貴様は姉上を望むか?
 よろしい。死合だ。
 一心不乱の仕合を!」

 羅門は言った。ぐっと顔を近づけた。
 その布の下には鬼の貌があるのは確実だった。
 すーっと息を吸い込み。「絶対に殺してやる」と――

 鎖々木究にそう言った。

        ◇◇◇◇◇◇
 
 鎖々木究は状況を整理する。
 つまり、宿場で出会った、女忍者・由良こそが、求める『最強忍者』であった。
 そして、今――
 姉上様大好きの由良の弟――
 羅門と死合うことになってしまっている。
 
 ――まて、ここのところがよく分からん。なぜだ?
 と、鎖々木は思う。
 
「仕合」ではなく「死合」と言っているんじゃないかというのをひしひしと感じる。

 鎖々木が従うに値するかどうか?
 それを試すための人物かどうかを試すとは言っているものの、当事者の羅門は確実に「ぶっ殺す」という気を放ちまくっている。
 その程度は武士であるから鎖々木にも分かる。
 
 書類仕事中心の勤番侍であるが、決して弱い男ではない。
 剣の腕は免許皆伝。しかし、心に負った傷で人を斬るなど考えただけで反吐がでそうな体質だ。
 刀を抜いて構えただけで、吐き気がしてくる。

 今は木刀を構えている。
 しかし、木刀とてまともに当たれば、骨は砕け出血は避けられない。
 そもそも軽量な分、真剣よりも速度は速くなる。
 打撃という点から見たエネルギー量《力積》は下手すれば真剣以上だ。

 屋敷の外――
 そん庭で、鎖々木究と武乱羅門は対峙していた。
 それは、ある意味ひとりの女をかけた戦いであったかもしれないが、当事者にはそんな意識は皆無だった。
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